節分祭(沖田+土方)

「えいっ」

「……何しやがる、総司」


 投げた豆がものの見事に、皺のよった眉間に命中する。

 けれど土方さんの文句を発する声に、力はなかった。

 ともすれば、怒鳴りつけて来る時よりも恐ろしい、冷静な怒りであると思えなくもないが、今回のそれは多分違うだろうと思う。


 土方さんに指示を仰いでいた隊士達が、怒りのとばっちりを恐れて、そそくさとその場を退散していくのを横目に、手の中の豆を再びこつんと土方さんのより深くなった眉間の皺めがけて、投げてみた。

 今度は、ちゃんとした台詞付で。


「鬼は~外」

「総ぉ司ぃぃぃぃぃ!」

「あはははは、よかった。その方が、土方さんらしいですよ」


 ふるふると怒りに震えるその腕を、白刃取りの格好をして頭上で受け止め、いつもの様に笑って見せる。

 すると、少しだけ悔しそうにその手を下ろし、土方さんはその場にどかっと腰を落とした。


 縁側に腰掛けて、外の景色を見るような季節ではないけれど、隣に座れと言われている事がわかる。

 手のひらに残る豆を一粒口に入れながら、そのまま床に腰を落ち着けた。


「寒いな……」

「そりゃ、今朝は雪も降りましたからね」

「そうだな」

「でも、春はもうすぐそこですよ。食べませんか?」


 のらりくらりと、話題を探すでもなくつぶやかれる言葉に、ただ答えるだけの不毛な会話。

 けれどそれが今、土方さんには、何より必要な事のように思えた。

 だから、その空気を変えてしまわない様に、ただ傍で笑う。


 土方さんは、差し出した手のひらに乗る豆を一粒つまんで、まるで珍しい石でも眺めるように、それを雪の後ろに覗く燦々と大地を照らす太陽に、ゆっくりかざした。

 そして、やっと答えに辿り着いたかのように「あぁ……」と声を漏らした。


「今日は、節分か」

「そうですよ。春への第一歩です」

「で、俺にいきなり豆をぶつけた訳か」

「新選組で鬼といえば、土方さんしかいないでしょう?」

「いい度胸だな、お前はいつも」

「役割を、思い出させてあげたんじゃないですか」

「……っ!」

「ね、鬼の副長」

「総司、お前……」

「そうだ。みんなで久しぶりに豆まきしましょうよ! 私、みんなを集めてきますね」


 土方さんの言葉を遮って、立ち上がる。

 聞かなくてもわかったし、何より言わせてはいけない。

 それこそ、一生懸命演じている鬼の副長が、台無しになる。

 そんなこと、土方さんが一番わかっているだろうに。


 遮られ、唇が開いたままのその口に、鬼を追い払い福を呼び寄せる一粒を、放り込む。

 それこそが、再び優しい鬼を呼び寄せる方法だと思うから。

 そしてまだ雪の残る庭へ、飛び出た。


 苦虫を噛み潰したような変な顔で、豆を噛みしめているだろうなと予想をつけて振り向くと、本当にそのままの顔が見て取れて、思わず噴出しそうになる。

 役割を忘れるなと忠告したものの、私の前でだけはそうあって欲しいと思う。そうでなければいけないと、思う。

 まさに望んだその顔が、そこにあった。


(うん、まだ大丈夫。鬼の副長を、演じられますよね)


「ちゃんとそこで、大人しく待っていて下さいね」

「なっ、本当に俺を巻き込むつもりか!?」

「もちろん。昔から追い払われる鬼の役は、土方さんだと決まっているじゃないですか」

「冗談じゃない。待て、総司」

「お断りします」


 慌てて追いかけてくる土方さんから、逃げるように走り出す。

 まるで鬼ごっこでもしているかのように、屯所中を駆け回った。

 必死の形相で追いかけてきている土方さんに怯みもせず、可笑しそうに笑ってくれる、そんな仲間を小さな合図で、集めていく。


 試衛館での、近くて遠い思い出が甦った。

 近藤さんを始め、永倉さん原田さん平助、いつもは我関せずを貫いている斎藤さんまで、節分の時は皆して鬼役の土方さんに容赦ない。


 ここぞとばかりに、報復の嵐とでも言うのだろうか?

 それは、土方さんが愛されている証拠だと、私は思う。

 けれど皆からの愛情は、本気で痛いみたいで、途中から土方さんの逆襲劇が始まり、最終的には豆まきなんだか鬼ごっこなんだか、訳がわからなくなる行事。

 それが、今日の日。試衛館の節分祭。


 むやみやたらに逃げ回っていると思っているはずの土方さんが、私の企みに気付くのは恐らく、仲間たちに囲まれて逃げ切れない事を、知った瞬間だろう。


(うん。その時が、楽しみだ)


 土方さんとは対照的に、楽しそうな私の姿を、新入隊士達がハラハラした表情で、遠目に見つめている。

 もしかしたら、今回はその新入隊士達をも、巻き込めるかもしれない。

 何せ今日は唯一、鬼を追い払っても文句を言われない日だ。


 何事かと、自室から顔を覗かせてくれた近藤さんをその視界に捕らえて、改心の笑みを浮かべた私を見て、やっと土方さんが異変に気付いた。


(もう、遅いですけどね)


「総司、お前まさか……」

「その嫌な予感。多分、当たりですよ」


 そしていつも、その行事の始まりは、私の一言で幕を開けるのだ。

 さぁ、では始めましょうか。

 それぞれの、役割を。





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