理由(山崎+土方)

「沖田せんせ、沖田せんせー?」


 焦りながら沖田を探す山崎の前に、曲がり角から土方が突然現れた。

 小走りだった為、つんのめりそうになる肩をそっと手で制し、動きを止められる。


「どうした」


 必死の形相と慌てた足取りから、何があったのかおおよその予想ができたのか、土方は少しでも落ち着かせようとしてくれたのか、いつもよりゆっくりとした口調で問いかける。

 その言葉にハッと顔を上げて、たった今ぶつかりそうになっていた人物が誰なのかを確認した山崎は、反射的に膝を折った。


「す、すんませんっ」

「報告は、簡潔に」

「は、はい。あの……」

「なんてな。悪い山崎、総司はさっき山南さんが、連れて行った」

「は……、へ?」


 我ながら、間抜けな声が出た。

 山崎が、そう思いながら掛けられた言葉の意味を図りかねて、若干首を傾げながら視線を上に向けると、思いもしないほど近くに、その捕らえるべき瞳があって驚きに目を見開く。

 新撰組の鬼副長である土方歳三の、めったにお目にかかれない、悪戯の成功した子供のような笑顔が、自分と同じ視点にあった。


「茶でも、飲むか」


 突然思いついた様にそう呟き、山崎の返事など聞く事もなく立ち上がって、土方はさっさと歩き出す。

 いまいち状況の把握ができず、呆然とその場で膝をついたまま、固まっている山崎を一瞬振り返る。

 早くついて来いとばかりに向けられた視線を受け、山崎は反射的に立ち上がった。


 山崎のその姿に満足したかの様に、土方は再び前を歩き出す。

 辿りついた先は、壬生の屯所からそう遠くもない、変哲もない小さな茶屋。

 あまり客もいないこの店の前には、一本の早咲きの桜が立っていた。


「こんな場所、屯所の近くにあったんやなぁ」

「監察方とは思えねぇ台詞、吐くんじゃねぇよ」


 桜の美しさと、儚さ。

 大きくそびえる佇まいに、その場に立ち尽くしたまま思わず漏れた言葉を拾った土方から、苦笑交じりの相槌と「隣へ座れ」という動作が返される。


 至極ご尤もな指摘に頭を掻いて、ぺこりと頭を下げつつ、山崎は勧められるまま土方の隣に腰を下ろした。

 座るとほぼ同時に運ばれて来たお茶を啜りながら、やっと先程から抱えたままの疑問を口にする。


「あの、沖田せんせは?」

「さっきも言っただろ、山南さんが連れて行った。お前に、すぐに伝えなくて悪かったな、随分捜しただろ」

「いえ。俺の事は、ええんですけど」


 池田屋の一件以降。

 具合のあまりよくない沖田の、看病という名の「見張り」を務めていた山崎としては、確かに目を離した隙に突然消えられて、焦ったのは事実だった。

 けれどそれは、ある意味日常的な事であるとも言える。


 「かくれんぼみたいですね」等と言いながら、どんどん脱走が上手くなっていく沖田を「どうにかしてくれないか」と、土方に相談しようかとさえ、本気で思っていた矢先だったのだ。

 見つけるまでの時間がかかればかかるほど、心配は募ったけれど、それだけ元気があるのならば、逆にもう安心だという気持ちもあり、看病をする立場である山崎としては複雑な心境である。


 それでもやはり、調子の悪い日は数日に一回は訪れた。

 完全に元気になるまでは、まだもう少し時間がかかるだろう。

 そんな状態の沖田を、あの優しい山南が連れ出すとは到底思えない。

 それに山南自身も、まだ本調子ではなかったはずだ。


 けれど、土方がここで嘘をつく理由も、それ以上に思いつかない。

 首をかしげる山崎に、種明かしをするように、別に聞いていなくても構わないと言う様に、まるで桜にでも話しかける様にして、土方は視線を遠くに言葉を紡ぐ。


「あいつは、医者に行きたがらねぇからな。山南さんの付き添いっていう名目で連れて行って、ついでに診てもらおうって訳さ」


 俺が、山南さんに頼んだんだ。

 総司は、あいつの言う事はちゃんと聞きやがるからな。


 続けられていく言葉が、どんどん拗ねた様相を醸し出し始めて、思わずくすりと笑ってしまう。

 わかりにくいけれど、本当は優しい人なのだ。


 沖田の事もだけれど、きっと山南の事も心配していたのだろう。

 だからこそ、今回双方にとって一番良い「理由」を提示した。

 そしてそれを、隊士に聞かれない様に場所まで移して、面と向かってではなくとも、伝えてもらえる立場にいる事が、素直に嬉しい。


 いつか、種明かしをしてもらわなくても、察することができる場所に、そっと手助けしてあげられる場所に、辿り着く事は出来るだろうか。

 器用な様でいて、とても不器用な部分があるこの人の両側は、もう埋まってしまっている。

 だからせめて、後ろには控えていられるように。


「何でもないと、良いですね」


 土方と同じ場所へ視線を向けて、桜に願う様に言葉を返した。

 隣で「あぁ」と、かすかに頷く気配。

 穏やかに流れる時間に飲み込まれる様に、山崎はゆっくりとお茶の残りを口に運んだ。




 数刻後。

 茶屋に山南と沖田の姿が現れた事で、土方の本当の心境に、気付くことになる。


 上手く隠されていて気付かなかったけれど、本当は心配で堪らなかったのだ。

 少しでも早く、そして誰にも気付かれない様に結果を確認する為に、ここへ足を向けた。

 二人が帰り際、この場所に寄り道する事さえ、予想して。


 自分の事は、そこにちょうど現れただけの、偶然だったかもしれない。

 出来ればせめて、きっかけであって欲しいとは思うけれど。


 穏やかな山南の表情と、少し呆れたような沖田の表情は、まるで土方が仕掛けた「理由」に、気付いているように感じられた。

 二人は全てを見通して、それでも騙された振りをして、その「理由」に乗ったのだ。

 心配してくれているのが、わかっているからこそ、素直に心配を口にできない土方の為に。


 「まだまだ敵わない」と、思い知らされるばかりだけれど。

 それでもいつか、山南や沖田とは違う位置で、土方の傍にいられるように。一歩でも、近づけるように。


 その為にはまず、土方に泣きつくのはもう少し後にして、明日からも続くであろう沖田との「かくれんぼ」に勝ち続けることから始めよう。


 山崎の隣に座り、まるで何もかもを察しているかの様に、そっと背中をぽんっと叩き、何食わぬ顔で団子を食べ始めた、大きな子供の無邪気な笑顔を前に苦笑を返しながら、そう心に誓った。





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