青空(沖田+土方)

「土方さん」


 背後からかけられた声に、びくっと一瞬だけ身体が緊張するのがわかった。

 その僅かな反応からでも、呼びかけが聞こえなかったはずはない事は、丸分かりだったけれど、あえて気付かない振りをしているのだろう土方さんの行動を尊重して、そのまま近付く。

 頑なに無言を示す背中に、自分の背中を合わせ、天を仰いだ。


 きっと今、自分とは目を合わせたくないのだろうから。

 きっと今、自分ばかりを責めているんだろうから。


 手に取るように、土方さんの気持ちが読める。

 そしてそれは多分、間違っていない。

 でなければ、何でもない事の様にいつものわざとらしい厳しい表情で、冷たく言葉を紡いだそのすぐ後に、こんな人気のない廃寺で一人ぽつんと、寂しそうにしているはずがない。


 損な性分だな、と思う。

 それが土方さんの良いところでもあるけれど、あまりにもそれを貫きすぎるから、見ているこっちが辛い。


 こんな日くらい、みんなと一緒に、悲しいなら「悲しい」と言って、唯一弱みをさらけ出せる近藤さんの傍で、泣いてしまえばいいのに。

 きっと近藤さんなら、そんな土方さんの想いを受け止め、一緒に泣いてくれる。一緒に悩んでくれる。

 そしてきっと、一緒に進んでくれるはずなのに。


 どうして、一人で抱え込んでしまおうとするんだろう。

 どうして、荷物を分け合ってくれないんだろう。

 だからいつも無理矢理、荷物を奪いに来なければならなくなるのだ。


 受け止めることに慣れている近藤さんは、伸ばされた手を掬い上げる力を持っていても、頑なに拒む手を無理矢理引きずり出す力は持っていない。

 だから、近藤さんには出来ない事。これは、自分の役目だ。


「良いお天気ですねぇ」


 天に広がる青空への感想と共に、合わせた背中に体重を預けた。


「重い」

「日向ぼっこには、最適ですね」


 文句をそのまま受け流して、預ける体重はそのままに、言葉を続ける。

 周りにはよく、土方さんと自分との会話は噛み合っていないと指摘を受けるのだけれど、自分ほど土方さんとの「会話」を成り立たせている者はいない。


 京に来てから、土方さんは一体どれくらいの「会話」を、交わしているだろうか。

 くだらない事でいい。いや、くだらない事がいい。

 庭の桜が綺麗だとか。雨の匂いが落ち着くとか。真ん丸の月が眩しいとか。

 そういう、誰もが日常に呟く様なそんな事が、今の土方さんには必要に思える。

 本当の土方さんは、そういう会話こそを好むのを、知ってるから。


 ふと、遠くを見つめて季節の匂いに浸っている横顔は、悲しみに暮れている。

 多摩にいた頃の笑顔を、早く取り戻すといいのに。


(そうだな……。早く、豊玉宗匠が復活すると良い)


 必死に隠そうとするから、ついついからかってしまうけれど、本当は下手くそなあの作品の数々が、自分は結構好きなのだ。

 土方さんらしさが素直に滲み出ていて、安心する。


 難しい顔で、だけどやけに楽しそうに句作に没頭している時。鬼の副長は、人間に戻る。

 奥底に潜む、優しい菩薩が垣間見える瞬間だ。


「恨んでいるか、俺を」


 問いかけというよりは、呟きと言っていい程、力ない言葉。

 ただ漏れただけの、確認を必要としないその言葉に、ため息をつく。


 勝手に恨んでいる事にされては、たまったものではない。

 いい加減、無条件に土方さんを信じている者が、ちゃんと傍にいるのだという事に、気付いてくれてもいい頃だろう。


 きっと、それを言葉にして伝えようとしても、失敗することはわかっている。

 だから、土方さんが自分で気付くまで、どうしようもないし、どうするつもりもないけれど。


 それでも時々、もどかしくなる。

 組の事に関しては、誰よりも冷静な判断と把握が出来るのに、何故自分の事に関してだけは、こんなに疎いのだろう。


「そうして欲しいなら、そうしますけど」

「っ!」

「土方さんは、そうされた方が楽なんでしょう? ならいいですよ、私はそれで」

「……悪ぃ」


 決して、後ろは振り向かない。

 土方さんはきっと今、自分を見て欲しくないだろう。

 だから、青い青い空を見上げたまま、それでもわかる落ち込んだ顔と、いつもは自分に対してめったに紡がない謝罪の言葉を、こんなに素直に発してしまうその心境を思うと、もどかしい。


「辛いのは、私の方なのに……とか、思ってるでしょう?」

「……思ってない」

「本当ですか?」

「うるさい」

「そんな風には思ってませんよ。一番辛いのは誰か、私はちゃんと知っています」

「知ったような口、聞いてんじゃ……ねぇよ」


 ぽつりぽつりと、一言ずつだけでも、ちゃんと答えが返ってくる。

 鼻水交じりのその声に、ほっとした。


「良い天気ですねぇ」

「……そうだな」


 一方的に体重をかけていた背中から、支えあうように重さが移動する。

 雲ひとつない青い空は、きっとその頬に伝う雫を乾かし、癒してくれるだろう。


 最初から、そうやって泣いてくれればよかった。それだけで、よかったのに。

 みんなの恨みを一人で背負って、我慢して、そんな風に誰かが我慢して成り立つものが、すごく脆いものだということに、この人は気付いているんだろうか。


 気付いているからこそ、余計に頑張ってしまうのかもしれないけれど。

 誰かに命令されること以上に、誰かに命令する事が、本当は嫌いなくせに。


 せめて自分だけは、荷物になりませんように。

 ずっと荷物を奪い取れる、存在でありますように。

 そう願わずには、いられない。




 さて、それでは。

 張り切って、土方歳三を浮上させることにしましょう。

 どうやらもう少し「鬼の副長」は、必要な様子ですから。

 みんなにとっても。そして多分、土方さんにとっても。


 力、貸してくれますよね?

 山南さん。





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