月乃さん視点・征士くん視点(妊娠話)

● 月乃さん視点


 妊娠中。車通勤にしてはどうかと、征士くんが提案してきた。


「大丈夫よ。近いし、つわりもないし」


 過保護な夫は心配そうだ。

 大丈夫、と念押しして、電車で通った。

 段々お腹が目立つようになってきた。

 安定期だし立っていても平気、と気軽な気分でいたら、お年寄りの女性に無理矢理席を譲られてしまった。


「……すみません。ありがとうございます」


 お年寄りにこそ、譲るべきなのではないだろうか。葛藤した。

 妊娠していると、よく声をかけられる。


「あら、何か月?」

「七か月です」

「男の子か女の子か、どっちかしらね」


 妊娠中って、何だか今までと世界が変わる感じだ。沢山見知らぬ人とお話したりする。

 ある日、お医者さんに注意されてしまった。ちょっと食べ過ぎ……?


「体重オーバーですよ。歩いてください」


 征士くんがウォーキングに付き合ってくれた。

 おしゃべり相手がいると、歩くのも楽しい。


「学校で面白いことあった?」

「僕に妊娠中の奥さんがいること、気を遣ってもくれるけど、冷やかされてばかりです……」


 彼なりの苦労があるようだ。

 出産予定日が近づくと、病院へ頻繁に通わなくてはいけない。

 私の通っている産婦人科は、誰かお産になると、お医者さんがそっちに行ってしまう。

 だから結構待ち時間が長いことも多い。本を読んで待つ。


「虹川月乃さんー」


 呼ばれた。誰かが無事に子どもが生まれたようだ。良かった。

 私のお産はいつになるか。月の満ち欠けが関係するという話も聞いたことがあるけれど……。

『月乃』だけに月と関係あるかもしれない、なんて。

 結局破水したのは、月とは関係ない出産予定日でした。


 ♦ ♦ ♦


● 征士くん視点


 月乃さんの妊娠中、自治体の両親学級に行くことにした。

 子育て中の先輩方のお話を聞いたり、沐浴体験、妊婦体験などをするらしい。

 赤ちゃんなんて関わったことない。でも良いお父さんになると決めたんだ。頑張ろう。

 そうは思っても、少し恐々行ってみた。


「随分若いパパさんね。しかも男前」


 職員の方に、冗談交じりに話しかけられた。ちょっとリラックスした。

 人形を使い沐浴の仕方を教わったり、抱っこしたり、着替えをさせたりした。

 動かない人形相手でも、結構大変だ。本当の赤ちゃんが生まれたときは、上手く出来るかな……。


「大丈夫よ。生まれてきたら、嫌でも慣れる!」


 先輩ママさんに励まされた。

 それにしても僕が若いからか、注目されているような……。


「おにいちゃん、おなまえなんていうの?」


 子連れで来た夫婦のお嬢ちゃんに「おにいちゃん」と呼ばれてしまった。


「征士だよ。あと、もうすぐパパになるからね。お兄ちゃんでもいいけど」

「ふうん。うちのパパとぜんぜんちがう~。まさしおにいちゃんがパパがいいな~」


 こらこら、パパが見ているよ。それに僕はまだパパじゃないからね。お嬢ちゃんのパパの方が、立派なパパだよ。

 重りが入った前掛けをして、妊婦体験もした。

 ……かなり重い。バランスが悪い。

 月乃さんは毎日こんな思いをしているのか……。

 前掛けをして座ったり立ち上がったり、仰向けに寝てみたり。


「どうです? 妊婦さん、大変でしょう」

「そうですね……。特に寝るのが大変です。絶対仰向けに寝られないです」


 考えてみれば、月乃さんも横向きに眠ってばかりだ。

 普段の生活どころか、眠るときも意識しなくてはならないなんて……世の中の妊娠中の方々を尊敬した。

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