18 求婚

 卒業論文取材旅行の夏休み。僕達はまず、奥能登へ回った。

 奥能登の後は、タクシーや電車を乗り継いでの、例の金沢泊まり。

 金沢の小綺麗なシティホテルで、月乃さんは名乗った。


「ご予約の虹川様ですね。承っております。こちらがダブルルームのキーです」

「えっ? ダブル? シングル二部屋で予約したはずですが……」


 ホテルの人は、お願いを聞いてくれたようだ。


「シングルは空いていないんですか?」

「申し訳ございません。休暇中で全て満室となっております。ダブルの部屋にソファがございまして、ソファベッドにも出来ますが……」


 さすが接客業。すらすらと、僕の頼んだ以上の台詞を言ってくれる。


「いいじゃないですか、ダブルで。その方が安くなりますし、僕、ソファベッドでもいいですから」

「でも……」

「ちゃんと着替えや何かは、脱衣所でやります。他に方法もありませんし」


 首尾よく事が運んだ。これで、月乃さんと二人でダブルの部屋へ泊まれる。



 眺めの良い部屋での夜。外を眺めて感嘆している月乃さんへ、僕は身を寄せた。


「月乃さん」

「何かしら?」


 月乃さんは僕を見上げた。街灯に照らされた顔は、美しい。

 僕は思い切って、婚約指輪の入った箱を差し出した。


「結婚してください」


 月乃さんは、「付き合ってください」と頼んだときよりも驚愕している。しかし僕は、言葉を続けた。


「僕、まだ十七歳ですけど……。十八歳になったら婿に来ていいと虹川会長が言ってくれました。それまで婚約の証として、これをもらってください」


 月乃さんは指輪の箱を受け取ってくれた。蓋も開けてくれた。


「両親に頼んで、出世払いでお金を貸してもらって指輪を買いました。どうか、もらってください。僕、一生、月乃さんを大切にします」


 指輪をはめてくれた。ダイヤモンドが光っている。とても、似合っている。


「……何で、私の指輪の号数知っているの?」

「神田先輩にお願いして聞きました」


 神田先輩がメールで教えてくれた、九号サイズだ。サイズはちょうど合っているようで安心した。神田先輩に感謝だ。


「そのまま、はめていてくれませんか? 月乃さんのこと幸せにします」


 月乃さんは黙り込んだ。しかし、おずおずと口を開いた。


「……幸せに、してくれるの?」

「勿論、します」

「一生? 絶対?」

「一生かけて、絶対幸せにします。僕を信じてください」


 月乃さんは、見ていて眩しい笑顔になった。素晴らしい答えを返してくれた。


「不束者ですが、こちらこそお願いします。一生かけて、幸せにしてね」

「……はい! 絶対に、一生かけて、幸せにします。プロポーズ、受けてくれてありがとうございます」


 思わず目一杯抱きしめてしまった。柔らかい、女性らしい身体。ボディーソープの良い香り。僕は、僅かに涙が滲んだ。


「月乃さん。約束のキスをしてもいいですか? 今度は訊いてから、します」


 前に了承しないでキスする人は嫌と言われた。一応尋ねてみた。


「馬鹿ね。こんなときは訊かなくてもいいのよ」


 月乃さんの言葉に、綺麗で可愛らしい顔に僕の顔を寄せた。柔らかすぎて壊れてしまいそうな唇。あまりに儚げで、少し触れるだけの口付けしか出来なかった。


「……今晩は、月乃さんと離れたくない。何もしないから、一緒のベッドで眠ってもいいですか?」

「何もしないなら、いいわ」


 僕達はベッドへ横になった。月乃さんの愛しい身体を抱きしめた。


「何もしませんから。こうやって、抱きしめているだけですから」

「うん……」

「今日ね、ダブルに変更したの、僕なんです」


 僕は打ち明けた。隠し事は、したくなかった。


「プロポーズしたくて、サプライズでってホテルの人に頼みました。だから他の部屋は満室だったし、ここは眺めのいい部屋なんです」

「そこまでしたの?」

「だって絶対、プロポーズ受けてもらいたかったですから」


 月乃さんの色白の額に自らの額を合わせた。求婚が成功して良かった。


「好きよ……」


 本当に夢見ていた憧れの「好き」。恋人になってから何回か言われたけど、今日は格別だ。僕はすっかり月乃さんに溺れている。


「はい、月乃さん。僕も愛しています」


 きっとずっと、僕の方が愛は深い。重い愛かもしれない。それでも受け止めて。

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