最終話 世界で二番目に愛しい予知姫

 プロポーズが成功して、虹川会長に告げると、大層喜んでくれた。

 結納や結婚式の日取りまで決めて、式場のホテルを押さえてくれた。勿論結婚式は、僕の十八歳の誕生日の四月二日だ。

 披露宴などの詳細を月乃さんと楽しく決めている内に、結納の前日になった。

 結納の前日に、唐突に月乃さんから呼び出された。内密の話ということだ。

 不思議に思いながら、月乃さんの部屋まで行った。

 月乃さんは、絶対秘密の話だから他言無用でと頼んできた。月乃さんに頼まれれば否とは言えない。

 月乃さんは戸締りをしっかり確認した後、小声で話し始めた。


「征士くんを信じて話をするわ。もしこの話を聞いて失望したなら、勿論結納も結婚も取り止める」

「今更どんな話を聞いても、絶対に月乃さんと結婚します」

「どうかしら。あのね、最初に全く他人だった征士くんへ婚約話が持ち上がったこと、不思議じゃなかった?」


 今思い返しても、それは不思議だった。家族中で困惑した。


「そう言われれば不思議でした。面識もないし、十三歳の僕が、何でいきなり婚約なんだろうって……」

「そうでしょう。征士くんが選ばれた理由はね、私が予知夢という夢を視るせいだったの。虹川家直系女子は皆、この予知夢という未来予知の夢を視るの。未来予知の夢を、眠るたび視るのよ。未来予知の的中率を上げる為には、それに合致した『資質』のあるお婿さんを迎えないといけないの。『資質』の素晴らしいお婿さんとの間に娘が生まれれば、的中率が上がるわ。私と征士くんの間に女の子が生まれれば、予知夢の的中率は九割になるそうよ」


 ……――僕は、全く信じられなかった。まるで、以前月乃さんに貸した近未来予想ファンタジーの話だ。しかも未来予知のおかげで、虹川家が資産家になっていたという話を聞いて、更に唖然とした。

 深く突っ込んだ話を聞いてみると、やけに拘っていた『資質』は、予知夢女子の伴侶の『資質』で、それに僕が一番すぐれているなんて……。

 僕は混乱しながら言った。


「未来予知の夢、ですか……。あまり信じられない話ですが。それで僕と結婚して、娘が生まれれば、予知夢の的中率が九割ですか……」

「私の的中率は悪いわ。『資質』のあるお婿さんを迎えなきゃ駄目だったの。予知夢の為だけに、征士くんが選ばれたのよ。失望した?」


 月乃さんの予知夢的中率は、五、六割らしい。

 僕はすぐさま否定した。

 失望なんてしない。月乃さんを愛している。僕に『資質』があって良かった。

 未来予知の予知夢のせいで、志野谷との仲を妙に疑っていたらしい。ハズレの夢だ。おかげで遠回りしてしまった。

 予知夢は、自分に関しての夢は視られないらしい。今となっては笑い話にしかならない。


「こんなに人を愛せる切っかけがあって、良かったです。月乃さんは、僕のこと愛していますか?」


 本来予知夢に関しては、婿入り後に打ち明けられるらしい。それはそうだ。未来予知なんて出来たら、世界中の人々が能力を望むに違いない。


「……予知夢と関係なく、征士くんを愛しているわ。だから結婚前に、この予知夢の話をしたの」


 月乃さんから「愛している」と言われた。重大な秘密まで打ち明けてくれた。これ以上何が望めるだろうか。

 愛し合っている僕達に、予知夢なんて関係ない。いや、むしろ予知夢があって良かった。月乃さんと愛し合えて、喜び以外感じない。


 ♦ ♦ ♦


 その後、僕達は結納を終え、僕の誕生日には結婚式も挙げた。幸せな結納と、結婚式だった。

 新婚旅行先の北欧で、僕達は夜を迎え、結ばれた。月乃さんが綺麗すぎて、可愛らしすぎて、ついついしつこく仲良くしてしまった。新婚旅行中、仲良くしてしまった。

 仲良くしすぎたおかげで、月乃さんはすぐに妊娠してしまった。

 月乃さんが妊娠してしまった為、あまり『仲良し行為』が出来ない。それは残念だけど、僕との子を妊娠してくれて、嬉しいの一言だ。

 生まれてくる子どもの性別は内緒にしてもらっていたけれど、僕は絶対女の子としか思えなかった。女の子の名前しか考えなかった。

 冬に生まれた子どもは、やはり女の子だった。僕は言った。


「本当にお疲れ様でした。月乃さん、僕との子を生んでくれてありがとうございます。僕、女の子だったら、つけたい名前があるんです」

「何て、名前?」

「月乃さんから一文字もらって、知乃。虹川知乃です」


 必ず月乃さんの優しさと、予知夢の力を授かってくれるように。


 ♦ ♦ ♦


 知乃を生んだ後、月乃さんは産後鬱になってしまった。

 産後鬱は、真面目な人がなりやすいらしい。

 今までそんなことはなかったのに、急に泣き喚いて僕に当たり散らしたり、夜も眠れず、食欲もないようだ。


「私なんか、子どもを生む資格なんてなかったわ! 征士くんの馬鹿! どうしてくれるのよ!」

「落ち着いてください、月乃さん」

「落ち着いてなんていられないわ。夜も眠れない。苛々するわ。体重だって五キロ落ちたのよ!」


 あまりに情緒不安定なので、一緒に心療内科へ行った。


「女性ホルモンの影響ですね。抗鬱剤と睡眠導入剤を処方するので、説明した通り、使用してください」


 薬を服用したおかげで、少し月乃さんは回復してきたようだ。

 でも、折角睡眠導入剤で眠っているのを起こすのは可哀想なので、その分僕がほぼ徹夜で子育てした。

 お手伝いさんの豊永さんにお願いしても良かったけど、僕と月乃さんの子だ。子育ては自分で頑張りたい。

 お湯を沸かして、滅菌した哺乳瓶にミルクを作る。ミルクは人肌程度だ。水道水で哺乳瓶ごと冷やす。ミルクを与えて、おむつを替えると、ぐずる知乃を必死であやして寝かしつけた。寝かしつけが一番大変だ。頼る人がいない感覚で、この世で知乃と二人きりになった気がする。知乃が眠ると、また哺乳瓶の消毒だ。

 学校でも必死に授業中は起きていたけれど、眠くて堪らない。ちょっとした休み時間や昼休みも、食事もせず、眠り込んだ。アルバイトもしていたけれど、夢現で、失敗しないようにするだけで精一杯だった。

 帰宅すると、また月乃さんが膝を抱えて泣いていた。


「月乃さん、お薬は飲みましたか?」

「飲んでいるわよ。少しは気が晴れたけれど、涙が溢れて止まらないの。私、一生このままだったらどうしよう」

「大丈夫です。僕がついています」


 宥めすかして、睡眠導入剤を処方通りに飲ませ、月乃さんを眠らせた。


「知乃。今、お父様がミルクを作るからね」


 今夜も僕は眠れそうにない。

 それでも薬のおかげで、段々と月乃さんは落ち着いてきた。まだ薬の量はなかなか減らせないけど、人前で笑えるようになってきた。

 月乃さんが鬱状態から脱出出来て、知乃も生後三か月近くになったので、ようやく僕は夜に眠れるようになった。

 月乃さんも落ち着いてきたので、友達を家に招待し、知乃を披露した。


 ♦ ♦ ♦


 月日が経って、月乃さんは薬を完全にやめられた。


「征士くん。今まで色々ごめんなさい。征士くんのおかげで病気が治ったわ。感謝してもしきれないわ」

「どういたしまして。月乃さんが元気になってくれて、僕も感謝しています。これからも二人で人生をともにしましょう」


 月乃さんが治って、本当にこれ以上の喜びはない。

 また二人で、色々仲良くした。


 知乃は四歳になっていた。

 予知夢を視るようになってきた。しかも、その未来予知は絶対に当たる。的中率九割はおろか、的中率十割だ。

 僕の世界で二番目に愛する予知姫だ。勿論一番愛する予知姫は月乃さんだけど。

 名付けた通り、優しい子で、予知も外さない。願い通りだ。

 そんな知乃姫は、時々月乃さんに内緒で、僕だけに優しい予知夢の話をする。


「おとうさま。おかあさまが、レストランで、せかいでいちばん、おとうさまのことをあいしているって、はなしていたゆめをみたよ」


 僕は嬉しくなって、知乃に笑いかけた。まさか外で、恥ずかしがりやの月乃さんが、惚気てくれるなんて……。

 知乃は、あとね、と話し続けた。


「おとうさま。おかあさまが、あかちゃんだいているゆめをみたよ。ピンクのかわいいふくをきた、おんなのこだったのよ。とてもうれしそうに、わらっていたよ」


 僕はそれを聞いて、ものすごく嬉しくなった。

 今度はきっと、産後鬱にならないに違いない。

 思わず可愛い予知姫を抱きしめる。


「そうか、知乃。僕にまた、世界で二番目に可愛い予知姫が生まれるのか。次の予知姫の名前はどうしよう。夢乃とか、どうかな」


 おかあさまには、ないしょだよ。僕は知乃にそう言って、可愛く赤い頬に、軽くキスをした。

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