第10話 本日の繋ぎ合い

「ぽてち〜チョコ〜あ・い・す〜♪」

「買い過ぎたら駄目よ?」

「りょ」

「りょて」


雲雀と二人、町を仲良く歩きながら何ともなしに周りを見渡せば、私達と同じ様に買い物を楽しむ家族の姿。当たり前だけれども、雲雀くらい小さな子供と共に歩くのは私の様な学生ではなく、もっと大人の、言うまでもなく母親。


「………」


そう、当たり前。子は親が守るもの。雲雀だって本当は私ではなくお母さんと買い物に行きたいはずだ。なのに、この子は文句一つ言うことなく、お行儀良く私の隣を歩いている。幼いながらのその利口さに私がどれだけ救われていることか。勿論、救いは雲雀だけではないけれど。


雲雀に向けた視線を、今一度親子連れに向ける。子供達は皆手を引かれ、笑顔で歩いている。


ちくりと、胸の奥が痛んだ気がした。


それを誤魔化す様に、それから目を逸らす様に、私は前を歩く雲雀に手を伸ばした。


「…雲雀」

「ん?」

「お姉ちゃんがはぐれない様に手、繋いでくれる?」

「ええでー」


誰に教えられたのかすぐ分かる謎の関西弁と共にすぐさま私の手を握るその手は、容易く折れてしまいそうな程に細く、小さい。それなのに何故だろう。とても心強い。そんな気がした。


この心強さ。いつか何処かで感じた気がする。

そうだ、あれは晃の、……晃の――


「(そう言えば、晃と二人きりで手繋いで歩いたこと…子供の頃以来無いな…)」


………。


…………ちくり。


…いやいやちくりじゃないからそれが普通だから。何を考えているの燕。高校生にもなって男女が何の理由も無く手を繋ぐことなんてある訳無いでしょうに。

大体、晃のことだから仮に、もし仮に、本当に仮にだけど私が素直に手を繋ぎたいと言ったところで繋いでくれるはずもない。

気持ちを素直に表すには私達は二人共もう大人になりすぎたのだ。


「(なんてね……)」

「さきいか〜えだまめ〜た・こ・わ・さ♪」

「……知らぬ間にめちゃくちゃオヤジくさくなってる……!」


奔る戦慄。全く、うちの男共は雲雀に悪影響ばかり与えて本当に困ったものである。

この間なんか、珍しく休みが重なったからなんて言って晃のお父さんも交えて昼間から酒盛りしてたし。何故か晃は混ざっているわ雲雀も一緒になってはしゃいでいるわで呆れ果てたものだ。勿論、お酒は呑まなかったけれど。


…そう言えば、晃は今日どうしているだろうか。まただらしない生活していないだろうか。今日はバイトお休みだって言っていたし、家にいるだろうか。何故だろう。目を離すと何だか落ち着かない。………いや、これはあれだ、雲雀が迷子になった時の様な感覚だから。別に何も変なことではないから。


「あ、あきら」

「!?」


そんな折、ある意味意中の人の名前が聞こえてきたことで、思わず情けなく肩を跳ねさせてしまう。

雲雀の視線の先には、確かに件の幼馴染の姿。公園のベンチに座り込む彼の周囲にはやけに鳩が群がっている。

訝しむ間もなく、雲雀が嬉しそうに晃の下へと走りだしてしまう。遠慮の無い足音に反応した鳩達が一斉に空へと羽ばたいていった。


「きらー」

「…何でえ、人を殺し屋みたいに言う童がおると思ったらバリーじゃないかい」

「あいはぶぢす」

「ひゅー↑」


軽妙、いや珍妙か。に繰り広げられる会話の意味はこれっぽっちも分からないけれど、二人は本当に仲が良い。お母さんがおらず、お父さんが仕事に忙しくても雲雀が寂しいと泣かなかったのは、一重に晃のおかげだろう。それは私にとっても同じこと。口に出すのはちょっぴり恥ずかしいけれど。


でもどうせ素直にお礼を言ったところで、きっとお前のためじゃないとか何とか可愛くない言葉が返ってくるのだろうから、今はこれでいいのだ。私は言葉ではなく行動で晃に感謝を示せばいい。


「…何してるの?晃」


走っていった雲雀に追いつくと、私なりの優しい微笑みを作り出して話しかける。

分かっていた事だが、特に珍しいリアクションは無い。


「鳩に囲まれてた」

「何でそんな映画に出てくる海外のホームレスみたいな事態に…」

「な。困るよな。俺ファミチキ食ってるのに」

「…それ懐かれてるんじゃなくて抗議されてるんじゃないの?」


私の呆れた声に、けれど晃は肩をすくめるのみ。


「そういう綺麗所お二人さんは揃って何処へお出かけかい?」

「あらおじょうず」

「せやろ?」

「しかたないからおしえてやろう。われらはこれからとうぶんのほきゅうにゆくのだ」

「スイーツか。流石女子やな」

「せやろ」

「…買い物よ。普通に」


「あきら、いっしょにいこ?」

「ん?」


晃の隣に座り、彼の顔を横から覗き込んだ雲雀がそんなことを言い出した。


「どーせひまやろ?」

「こら雲雀」

「どないしょーかのぉ」

「今日の二人の西キャラ何なの?」


絶対に意味なんて無いだろうけど。


「………いかない?」

「ぉ……まぁ…ちょうどひまやしええで」


曇る雲雀の顔に気づいた晃が慌てて取り繕う様に口を開く姿に苦笑してしまう。

結局、私達は皆、雲雀に弱いのだ。


みるみる笑みを取り戻した雲雀が晃の手を引き、無気力そうな彼を立ち上がらせる。歩き出す二人の手は、そのまま仲良く繋いだまま。恐ろしく自然な動作。げに恐ろしきは純粋無垢ということか。


「………」


別に何を思うわけでも無いけれど、決して思うわけでも無いけれど。雲雀のお姉ちゃんは私な訳だし、雲雀と手を繋ぐのならお姉ちゃんの私と手を繋ぐのもまた自然な事というか礼儀というかあるべき摂理みたいなところが有ったりするのでは無いだろうか。

断じて何を思うわけでも無いけれど、このまま流れでするっと手を繋いだら、何食わぬ顔でやり過ごせたりしないだろうか。なんて。……馬鹿馬鹿しい。


「………」

「どうした雲雀」


そして悶々と悩み続けていたからだろうか。いつからかは知らないがそんな私を無言で見つめる雲雀に、私は気づいていなかった。


「おねえちゃん。あきら」

「………ん?」


「みんなでてーつなごー」

「何だ?輪になって踊るのか?」

「あきらまんなかね」

「「え」」


重なる声。深く考えるまでもなく、晃が真ん中に来るということは必然的に私と晃が手を繋がなくてはならない訳で。……ぐっじょ、じゃなくてどうしたのだろう雲雀は。いつもなら私と晃、二人の手を取る欲張りセットを好むくせに。


「雲雀が真ん中じゃなくていいのか?」

「きょうはいいの」


そう言うと雲雀は左手に持った空っぽのエコバッグを誇らしげに掲げる。

そんな雲雀の右手は晃の左手に。当然空いた晃の右手には


「おねえちゃん」

「え、あ」

「あきら」

「………ほら」


こちらを見ること無く、固い声と共に晃がゆっくりと手を差し出してくる。

その向こうの雲雀は、悪意など欠片も無い無垢な瞳でこちらをじっと見つめるのみ。


訪れる暫しの沈黙。


膠着状態に痺れを切らしたのか、晃が場を誤魔化す様に乱雑に手を引っ込めようとして


「…あ……!」


反射的に私はそれを取った。取ってしまった。ご丁寧に両手で。

思わずこちらを振り向いた晃とばっちり目が合ってしまう。気の所為でなければ、私の都合のいい願望でなければ、その頬は確かに赤く色づいていて


「しゅっぱーつ」

「…おー」

「え、わ、わ」


それを見届けご満悦そうな雲雀の号令と共に、晃がゆっくりと歩き出す。

情けなく横走りしそうになりかけて、慌てて繋いだ両手を離して片手に切り替える。

汗が滲んでいやしないかと、今更ながらそんなことが気になり始めてしまう。


一体、自分達はどの様に映るのだろうか。そんな思いで周囲を見回したところで、私達の様な年代の親子はいない。

誰がどう見たって学生の恋人同士(とどっちかの妹)にしか見られないだろう。


それが恥ずかしすぎて、………それが少しだけ嬉しくて。


「(…あれ)」


そうして今更私は気づく。



あれ程羨望の眼差しで見つめていた家族。喉から手が出る程に羨ましかったその光景が、今の私達と何も変わらないことに。


「雲雀のさいきんのとれんどはたべっこアニマル」

「知っているかひばっ子。上流階級はそれにアイスを付けて食べる禁断のお遊びを嗜むんだぜ」

「なん……だと……っ!?」

「……………」


「(………ああ)」


抑えきれず溢れ出てしまった笑みと共に、雲雀に呑気に笑いかける晃の横顔をちらりと見つめると、私はそっと繋いだ手に力を込めた。


私の感謝が、どうか伝わります様にと、願いながら。

私の想いに、どうか気づかれません様にと、願いながら。


彼が微かに手に力を込めた様に感じたのは、私の都合の良い願望だろうか。


端から見たら歪かもしれないけれど。

けれど、これもまた、間違いなく私にとっての家族の形なのだ。

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本日も隣の小鳥が騒がしい ゆー @friendstar

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