第9話 本日の未来予想図
「君って具体的に柳葉さんのどこが好きなの?」
「…は?」
とあるお昼時。俺がお弁当を黙々もくもく食べていたら、目の前に座っていた我が友・若松がそんなことを言い出した。この男、物腰こそ柔らかいがその実態は走ることが大好きな陸上ゴリラである。3度の勉強より走ることが好き。…ん?普通だな。
まあそれはさておき、聞き捨てならないのは、その質問一言一句に至るまで。
「…誰が、誰を、好きだって?」
「君が柳葉さんを」
「君って?」
「柊晃が柳葉燕を」
呑気そうにどでかい握り飯を頬張りながらこの台詞。困ったな。走りすぎて何処かに脳みそ落としてきちゃったのかな。探せば見つかるかな。大分小さそうだけど。
「若。ちみは一体何を言っているのかね?」
「トキさんが興味あるから聞いておいてって」
「トキ…ああ…とき、ね。…あいつもあいつだな」
直後、脳裏に浮かび上がるのはとあるクラスメイトのご尊顔。俺と違って顔ではなく目が怖い、黒髪美人。前々から変な女だと思っていたが、まさか人間関係すらまともに観察出来ないとは。可哀想に。今度飯でも奢ってやるか。
それはそれとして俺は目の前の筋肉に出来うる限りの呆れた目を返す。
「やれやれ…一体、何処をどう見たらそう思えるんだか」
「因みにだけど、そのお弁当は?」
「燕が作ったやつだけど」
「………」
あいつが朝、何かふんすふんすと渡してきたから。家で渡してきたもんだから現場を見ていたマイマザーが凄くニヤニヤしていたのがやけに鬱陶しかったけど。誤解しないでほしいが、俺はただ味の採点をしているだけにすぎない。決して心の中でブレイクダンス踊るようなオメデタイ頭してないから。まじで。
「ふう。全く。また卵焼きが薄味だぜやってらんねぇな」
「あ、ならそれもらっていい?」
「ぶっ飛ばすぞマラソンゴリラぁ!!」
「陸上を馬鹿にするかぁ!!」
キレるとこそこ?
立ち上がろうとした俺の肩を掴み、単純な剛力のみでいとも容易く元の位置へと戻して見せたマラゴリは、これ見よがしにやれやれと肩をすくめる。…マラゴリってちょっと良くないね。まら、いや何でもない止めておこう。
「全く。君は自分がどれだけ恵まれているのか、少しは自覚した方がいいんじゃないかい?」
「はっ羨ましいならお前も幼馴染作れよ」
「作ろうと思って作れるものじゃなくない…?」
作ろうと思えば作れるだろ。禁忌に手を染めることにはなるだろうけど。そしたらお前はどこを持っていかれるのかな。やっぱり筋肉かな。死ぬね。
「いいんだいいんだ…僕にはこの二人がいる………ね?フグ、ウエスト…」
「己の胸筋を幼馴染扱いするな」
この世に生を受けた時からお前そのものだろうが。
見せつける様に自らの胸を撫でる筋肉まん。まじでやめろ。何が悲しくて雄っぱい揉む光景を間近で見なけりゃならんのじゃ。
そしてそうなると、俺はお前に陸上でなくロードレースを勧めなくてはならなくなる。あぶとか言い出したらいよいよ距離取るからな。
「そう言うんだったら、お前もちょっとは豪血寺氏を見習え。あの性格でめちゃくちゃ女子と仲良しなんだぞ」
いやあの性格だからこそ?女子力ぱないもんね。
俺が指し示した先には、女子のグループに混ざって和気藹々と盛り上がる筋骨隆々な男子…いや、女子?普通に女性が好きなことにがっかりするべきか、ほっとするべきか。いや、女性“も“いけるということか。油断禁物。我が貞操の危機は去っていない。
「ふん……枝葉の様に脆い女体にうつつを抜かすなど、筋肉の風上にも置けない…」
「真っ当な人間様が何を言ってんだよ」
さっきまでの話思い出せよ。彼女がどうこうじゃなかったんかい。
「…何を馬鹿な事話してるのよ…」
「おうスワロー」
そんな馬鹿丸出しの俺らの間に勇敢にも入り込んできたのは、ご存知我が幼馴染。少し前に飲み物を買いに行っていたが、漸くのご帰還らしい。
「誰がスワローよ。若も、あまり変なこと言うようなら、鼻の穴に指突っ込んでそのまま背負い投げするからね」
「広がっちゃう!!」
鬼畜の所業に恐れを為したのか、逃げる様にその場を後にする若。すれ違い様にその肩を叩き、空いた席に座り込んだのは勿論燕。その顔は妙に上機嫌。
「ご機嫌ですな燕さん」
「ん?ふふ」
そう言えば今日は朝から機嫌良かったな。
さて理由を聞こうか、などと迷うまでもなく、燕が机に乗り上げて顔を寄せてくる。どうやら話したくて仕方ないらしい。
「…あのね?雲雀がね、将来の夢を聞かれたんだって」
「おう」
そしてそんな無期限ご機嫌燕ちゃんが、徐ろにそんな事を言い出した。
将来の夢……将来、ね。俺は燕くらいの年に何て答えただろう。そうだな…俺は昔から頭の出来が素晴らしい末恐ろしっ子だったから、未来を見据えて堅実にサラリーマンだったっけな。
「昔の晃は戦隊ヒーロー(ブラック限定)だったっけ」
「………」
…そうだったっけ?…未来は未来でも別の未来見据えちゃったかぁ。人類の未来を救うために己を捧げるだなんて自己犠牲精神の塊ではないか。やっぱ器の違いってのは幼い頃から表れるもんなんだね。
「何て答えたと思う?」
「雲雀が?」
「雲雀が」
そう口にする燕の顔は、かつてないほくほく溢れる笑顔。おかげさまで今横を通過していった山本君が顔を赤くしながら机の角に腰をぶつけていた。いわしてないか僕心配。
「そうだな……」
顎に指を添えて考え込む。普段ぶっきらぼうな燕フェイスがあれ程までに緩み切ってしまうのだから、さぞ素晴らしい夢を語ったということなのだろう。やはり雲雀は賢い子。略してやばい子。
とりまその笑顔から逆算すれば自ずと答えは限られる訳で。自信に満ち満っちーな俺は何てくだらないクイズなのだろうと目の前の小鳥を憐れみながら口を開いた。
「聡い雲雀のことだからでっかく『天下統一』…だろ?」
「あったま悪い答え……」
あれれー?おかしいぞー?さっきまでの笑顔が影も形も無いぞー?
人を憐れんでいる時、お前もまた人に憐れまれているのだ。何かニチャアみたいな名前の人が言ってたよね。あれ?憐れみの視線が多くなった気がする。
割と真面目に傷ついた俺を横目に、燕は小さく咳払いして空気を戻すと、楽しそうにまた笑みを作る。
「『看板娘』だって」
「………ふーん」
………へーえ。
………ほーん。
俺の興味無さそうな反応を目の当たりにして、燕は怒るかと思いきや、逆にどんどん笑みを深く、更に深く。
「さて、一体どこの看板娘でしょう?」
「……さあ?」
「嬉しい?」
「何で?」
「ニヤけてるけど」
「歯に昼飯が挟まってるだけです」
「そ」
あー取れない取れない何か筋みたいのが全然取れないだから口をもにょってるだけでそのせいで顔がちょっとニヤついているように見えるのかもしれないけど本当にただそれだけだから。
「…まあ?俺がさっさと親父殿に軽ーく下剋上を果たしてあの店を我が物にしたら、その時は仕方ないから雲雀にも働かせてあげなくもないけど?」
「晃のお店なんて言ってないけど?」
「………」
途端に口をつぐんだ俺を見て、それはそれはムカつく嫌らしい顔でぷーくすくすと肩を揺らす燕。
「ふふ、冗談じょーだん。…なら私も色々覚えておかないとね?」
「…お前はまずスマイルだろ」
「む。誰が仏頂面よ」
「言ってません」
もとより本気でも無かったのだろう。すぐさま笑顔に戻った燕は机に両肘をつくと、そこに顎を乗せて楽しそうに俺を覗き込んでくる。
「私だったらカウンターにあれ置きたいな。この間一緒に行ったお店にあったあれ」
「…あーあれか…いや、渋すぎないか…?」
「そう?私は良いと思うんだけど…」
「それよりもやっぱあれだろ机のど真ん中にででんと」
「何できん◯君と相席しないといけないのよ」
「私は良いと思うんだけど」
「真似しない」
話せば話すほど興に乗り始める俺達。そのまま暫しの間、それこそ鐘が鳴るまで店の魔改造計画を尽きること無く話すのだった。
「当たり前みたいに一緒に働く事前提なのはツッコんでいいのかな…」
「ここ教室ってこと忘れてるよね…」
「私達は石……私達は石…」
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