第6話 本日のお勉強

皆さんは学生の本分と言ったら何を考えますか?青春?部活?勉学?学習?授業?

そうですね勉強しかありませんね。


学校にはテストという、弱者と強者を選別し淘汰する聞くも恐ろしいシステムが存在しまして、一度でも弱者側に回ろうものなら何もかもが手遅れ。補習という、どん底に落ちた人間に手を伸ばす様に見せかけて更に谷へと突き落とすボーナスまで付いてきます。


ところで皆さんはちょこっとだけでしたがここまで聞いて何を思いましたか?

あ、こいつ赤点取ったんだなばっかで〜。とか思いませんでしたか?

血の涙を流しながら震えて眠る俺を想像してほくそ笑んだりしませんでしたか?




はい残ね〜ん。




「…勉強を教えてください」


今、深々と頭を下げているのは俺ではない。燕である。

俺の。目の前で。燕が。頭を下げているのである。ゆめゆめ勘違いしないように。


何を隠そう、いや隠すまでもないか、もう全身からインテリ溢れ出てるもんね。そう、俺はこう見えて万年成績上位者なのである。それを知った皆は何故か一様に首を傾げるのだけど成績上位なのである。である。ある。まる。

知識・人格・美貌。この晃、どれをとっても死角無し。まさにパーフェクト。

私は力ある立場として、か弱き下々を守らなければならない。のぶれすなんちゃーら。


「『どうか卑しい私めに勉強を教えていただけませんでしょうか晃様』の間違いではあぁあ?」

「ぐっ………!!」


まぁ、それはそれとしてマウントは取るけどね。しゅばっと足を上に上げると、俺は大仰に足を組んでふんぞり返る。

人生は短い。人間五十年。今この時にしか取れない頂きがある。

…器が小さい?うるせぇ。大きければ良いってもんじゃないし。大きすぎたら逆に零しても気付けないからね。自分が大切なものだけ掬えれば万事OKなのよ某。


「…どぅ゙が……!!い゙や゙じい゙っ……!!!わ゙だっ…わ゙だぐじめ゙っに゙ぃ゙い゙い゙…っ!!」

「怖い怖い怖い怖い」


口元と手元からメキメキやばい音が聞こえてるんですが。

やめてよ。絶対用が済み次第、即座に後ろから首をへし折ってくる人の殺意じゃん。


「…雲雀の世話で勉強する余裕無かったんだろ?いいよ教えるよ」

「…あの子を理由にする気は無いわ。全ては私の未熟さ故よ」

「男前…」


とぅんく。そして件のヒバリーヒルズといえば、本日は大変珍しくも父親殿がお休みらしく、久々に父娘で交流を深めていらっしゃるとのこと。勿論、燕も誘われた様だが秒で『晃の家で勉強するから。』と言って断ったらしい。まぁ本当にやばくて余裕無かったんだろうけど、その時のおじさんの顔見てみたかったなぁ。


「で、具体的にどれがやばいの?」

「どれがやばいのか分からないからやばいの」

「それはやばい」

「やばいでしょ」


誤解しないでほしいが、燕の成績は決して悪いほうではない。いや、寧ろ良い方だろう。そりゃそうだ。幼い妹の面倒をみて、僅かに出来た自分の時間は勉強や家事にあてて。これで成績悪いとか言うなら学校の方が間違っているというものだ。

そんな彼女がこの有様。


「どうしちゃったのよジャック」

「誰がスパロウよ。…いやそれ雀じゃないの。…まぁ、ちょっと、ね…」

「?」


もじもじと、可愛らしく口を尖らせながら何か燕がボソボソぼやいている。

生憎と俺の耳は硬貨が地面に落ちる音以外は一般ピーポーレベルなので、致し方なく燕に顔を寄せる。そして俺が珍しくこんなにも相手に寄り添ってやっているというのに、燕は肩を震わせながら仰け反りだす。


「ちょっと…最近、家庭科の授業にヤマ張りすぎたというか…?」

「ねぇよ家庭科のテスト」

「くっ……!」


本当どうしちゃったのよ。まさか夜な夜なお料理の練習してる訳でもあるまいし。

…ん?そう言えば最近、やけに燕に弁当作ってもらっている気がする。というか、母さんに『ねえねえお弁当は〜?きゅるん』とか可愛らしく聞いても『無いわよ〜きゃぴ』『うわキツ『どごぉっ!!!』』としか返ってこない。また知らない内に僕が何か粗相をしてしまったのでしょうかとずっと気がかりだったし、諦めて自分で作ろうかと思ったら笑顔のまま無言で卍固め極められるし。


もしかして本当にそういうことなのだろうか。俺に食べさせるために料理の修行しすぎて肝心の勉強が疎かになったと?




…まさかね。


それなら寧ろ、俺に勝つために武者修行しているとかの方が遥かに分かりやすい。

ふん。身の程知らずが。バイトが店長に勝てる訳が無いだろうが。もしそんなことがあったらそれは立派なバイトテロだ。即通報。


「ま。やるならとっとと始めようぜ」


何て馬鹿な事をいつまでも考えていたら、覚えられる公式も覚えられない。俺は改めて燕の向かいに座り込む。



「………」

「お?」


いそいそと、徐ろに立ち上がった燕が俺の隣へと移動してきた。


「何だよ」

「え?」


俺の問いかけに、けれど燕はきょとんと不思議顔。


「…?隣に座った方が教えやすいでしょ?」

「………」

「ならわざわざ向かいあって座る理由、無いわよね」


…ま。それもそうかもね。ま、ね。まぁね。でもね。ちょっと距離が近くないかね?いやね?肩と肩が触れ合うどころかね、こっちに身を乗り出してノートを一緒に見ようとするのはね、おかしくないかなと思わなくもなかったりってね?太腿に手置かないでほしいわね、や〜ね最近の若者、爛れすぎ。ね。


普段、雲雀といる時はぶーぶー口うるさいくせに、二人きりだと距離感ぶっ壊れるのは何なんだよ。


「――晃、聞いてる?」

「聞いてねー」

「何でよ」


俺の空返事が大層ご不満だったのか、更にぐいぐいっと、そしてずいずいっと、燕の顔が距離を詰めてくる。


「もう。私、真剣に困ってる」

「俺だってそうだよ」

「…晃もテストまずいの?」


まずいよ。このままだと道徳赤点だからね。人としてのモラルがね。

別にこのポンキュッボンに興奮するような趣味は全くもってこれっぽっちも指先の薄皮レベルも有りはしないけど男っていうのはね女って漢字がくノ一って文字が絡み合って出来ているのを想像するだけで興奮出来る生物だから色々と危なくてね。


「…というか、晃、昔はこんなに頭良くなかったわよね?お馬鹿の極みというか」

「失礼の極み」

「…何かー…やってらっしゃる?」

「人を薬中みたいに言うな」


跳ねた髪に軽くチョップ。本当失礼オブ失礼。一から十まで健全極まりない弛まぬ努力の成果だっつの。


そもそも俺がこんなにも勉強頑張ったのは…何でだっけ。


えー…確か……






『つばめ、じぶんよりおばかなひときらい』






「…………」


…………何だ????今の存在しない記憶。魔晄中毒かな?

おかしいな。俺は己の底から溢れて止まらない知識欲を満たすために、日々机にしがみついて元々優秀なブレインを更に磨き上げていただけのはずなのに。

それがこんなタイミングで妙ちくりんな記憶捏造しちゃったら、まるで俺が燕に振り向いてもらうために勉強頑張りまちた♡みたいな大いなる誤解をされてしまうではないか。誰に?知るか。


「ま、やれば出来る子なのよ僕」

「それは知ってるけどー……」


何か納得いかないー……などと、人を傷つける台詞をぶつぶつ言いながら、燕は教科書と向かい合う。何で頑張ったことに対して解釈違いみたいなこと言われなくてはならないのか。晃が頭良い?えー原作とキャラ違うんですけどーって?我、原作者ぞ。


ペンを唇に当てて考え込む燕の横顔をそっと窺う。いついかなる時も真面目に、真剣に取り組むその姿勢、これは解釈一致。

仄かに熱を感じる顔を冷ますように、俺は一息に水を呷ると後ろに倒れ込んだ。

音に反応し振り向いた燕は呆れ顔を隠しもしない。


「ちょっと…」

「分かんないとこありゃ、都度聞けば教えるよ」

「む……」


晃先生はのびのびやらせるスタイルだから。


「…ちゃんと見ててね」

「いつも見てるっつの」

「…………そ」


そう小さく言うやいなや、何故か燕はまた直ぐに顔を戻してしまう。

そして結局、集中しゾーンに入ってしまった出来の良い生徒から質問が来ることはついぞ無かったのだった。


…俺いる?











「雲雀もきょうおとうさんにべんきょうおしえてもらったんだよ」

「へ〜。どんなこと教えてもらったのか、お姉ちゃんにも教えてくれる?」

「ぼーたいほー」

「お父さーんちょっとこの超極悪足つぼマットの上に正座してくれる?」

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