第5話 本日のお人形
「さて、どうしましょうかね…」
俺は自室の机の上、目の前に鎮座するそれを眺めながら腕を組むと、小さく溜息をついた。
決して自ら求めた訳ではない。周りに乗せられるがままに、愚かにも熱くなり、我を忘れ、気づけばそれをその手に抱いていたのだ。
だから決して俺がそういう趣味であるという事実なんかは無くていやでも人の趣味を馬鹿にするつもりも勿論全く無くて取り敢えず今考えるべきは一体これをどの様にしてひ
「晃?」
「うぇっへいっ!?」
「わわ」
考え事に没頭しすぎたせいか、すぐ後ろに誰かが立っていることに全く気づかなかった。素早く振り向いた先にはいつの間にやら、こちらを訝しげに睨みつける、いや見つめている燕の姿。
「つ、燕しゃん…」
「誰が燕しゃんよ。……ん?」
俺の背後に立つということは、当然その後ろにある物にも気づいて当たり前というわけで。ひょこりと俺の肩越しにそれを覗き込んで発見した燕の顔は、さぞかし面白いものを見つけたとでも言わんばかりに醜く歪んでいるのだろうどうせ。
だってそこにおわすのは
「………魔法少女の…フィギュア?」
「これは、…その…」
「ふーん。よく出来てるわね」
そう。俺みたいな大和男子が持つには少々キャピり過ぎているキラキラ乙女。
しかし想像に反して燕はあっさりとした反応を返し、それを雑にひょいっと拾い上げると、しげしげと不躾に眺め始める。
「どれどれ…。わ、意外と……」
そしてすかさず少女をひっくり返して、短いスカートの下の白…秘密の花園を興味津々に眺め始める燕。
…眺め始める燕、じゃねえよ。お前仮にも花の女子高生が躊躇なく覗いてんじゃねえよ。俺だってちょっと葛藤したのに。違うちょっとじゃない物凄く。違う物凄くじゃない俺はそんな事しない紳士だから。
「晃、晃。この子割と大胆よ」
「恥じらいとか無いんです?」
「所詮フィギュアだしね…」
「やだ男前…」
取り敢えずその子の上下戻してあげません?頭に血登っちゃうよ。されど未だ燕の視線は花園に釘付けである。こいつ割とおじさんの素質ある?
捲れない硬いスカートをつまみ、何とか外せやしないかと暫し謎の悪戦苦闘を繰り広げていたが、漸く諦めてくれた燕が机の上にフィギュアを戻した。………仰向けでこっちに足向けて置くんじゃないよ気まずすぎるでしょうが。
「で、これどうしたの?」
「…ゲーセンで取った」
そう。珍しく時間があったので、友人達と盛り上がってついつい散財してしまい、運良く取れたのがこれであって、決してひたすら狙い続けたなんてことはこれっぽっちもございません。
「へぇ珍しいわね。晃がフィギュアなんて」
「………」
そして俺の横に座り込んだ燕は、頬杖をつくと俺の顔を覗き込み、どことなく楽しそうにじーっと見つめ続ける。普通の男子ならばこんなに可愛い女の子に至近距離で見つめてもらえるなんてなんて羨まけしからん、など馬鹿なことを考えるのであろうが、あいにくと今の俺にとってその笑顔は刻々と迫る死の宣告に他ならず。
「ふーん」
「…………」
「ほーん」
「…………」
彼女は決して追求なんてしない。慈愛に満ち満ちた微笑みで俺を見守るだけ。優しい?とんでもない。恐らく、いや絶対俺が吐くまで燕は横で囀り続けるのだろう。ふーんへーえほーん、と。これぞ燕式・ふんふんディフェンス。マジでやめて。
「……笑わないか?」
「笑うような理由なの?」
「違う……、と思う」
「なら笑う理由無いわよ」
なんてことの無い声。だからこそ心から信じられる。燕は如何なる理由だろうと決して馬鹿にしない。人には人の価値観があり、それを尊重することにこそ人と人との和に通ずる道が存在するのだ云々と、何か言ってた気がする。ごめんうろ覚え。
「…最初はき◯に君のフィギュアを取ろうと思ってたんだ」
「そこいる?」
「………」
いらない。
「………………雲雀が」
「雲雀が?」
…けれど、こっちは決してうろ覚えではない。雲雀にせがまれて、彼女の隣でそれを共に眺めていたのはまだ記憶に新しい。
「雲雀が…こないだ…」
「うん」
「このアニメ見てたから…」
「……うん?」
「あげたら喜ぶかなっ…て」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ふふ「はい笑ったぁ!笑わないって言ったのにぃ!!そーゆーことするんだぁ!!!あ゙ー嘘付いたぁ傷ついたぁ!!!!」
「そ、そういう笑いじゃなかったでしょっ!?」
即座に仰向けにぶっ倒れてクソガキと化した俺に、燕が慌てふためき分かりやすくオロオロする。そんな姿を見せられたところで、俺のブロークンされたガラスのハートは元に戻らない。やっぱき◯に君取れば良かったぁ。雲雀もこんな魔法少女より◯んに君の方が喜んだよ絶対。だってきん◯君だもん。力こそパワーだもん。この前やーって言ってたもん。もういっその事大枚はたいて入手したら頭だけすげ替えられないかしら。魔法筋肉少女。
いや、そもそもあの年頃の女の子にフィギュアってどうなんだろう。あの年頃の子供って、人形の頭は一度口に入れるのが礼儀みたいなところあった気がする。俺がそうだった。
いくら聡明な雲雀といえど、もし誤って飲み込んだ結果、魔法少女が丸呑みされるシチュでしか興奮出来ない丸呑みフェチに目覚めたりしたら事では…?
考え事は尽きること無く収まること無く。燕はそんな俺をどう扱えばいいのか絶賛困り果てている。そしてよく見たら、寝たままの姿勢でいるもんだから、しょっちゅう眩しい脚丸出しの燕が角度によってはちょっと危ない。いかん燕の秘密の花園までオープンセサミしてしまう。紳士たる俺は黙って顔を横に向けた。
「…何だよもー結局お前は何しに来たんだよー」
「…何。…用が無きゃ来ちゃ駄目なの?」
駄目ってことは無いけどさー。暇してる時はいつも俺の部屋にやって来るけど他にやることないんですか?もっとお勉強しなさいお勉強。お前と雲雀、どちらかがいると俺はおちおちホラーな某も出来やしない。…いや、ワンチャン雲雀ならいけるか?今の内に耐性をつけてもいいのでは?お姉ちゃんはもう無理そうだけど。
「…でも、思ったよりお兄ちゃんして…くれてるのね」
そのまま膝をついて、上から俺の顔を覗き込んだ燕がぽつりとそんなことを言う。…そういうお前はもうちょっとお姉ちゃんした方がいいんじゃない?どちらかと言うとお前はオカンしすぎている。姉はもっと妹とだらしなくはしゃいでいいものではないだろうか。
けれどそんなことを言ったところで彼女に響きはしない。そう、そんなこと、燕は言われるまでもなく理解しているのだから。
「そーだぞ敬え」
「はいはい。ははー」
だから俺は。だからこそ俺が。
「…てなわけで、とりま、これお前からって言って雲雀に渡してくんない?」
「え。…私が渡すの?晃じゃなくて?」
「察しろよ」
「……ん??」
燕が背負う荷物を肩代わりすることは出来ないし、中を勝手に覗こうとも思わない。他ならぬ燕が望まないから。
けれど、隣を歩くくらいは許してくれてもいいのではないかと、そう思うから。
「……雲雀の前では、俺は何時だって陰のあるミステリアスな、なのに頼れるパーフェクトなお兄ちゃんでいなくちゃいけないだろ…?」
「…………晃………」
これくらいは、させてほしいと思うのだ。
「………………うざっ」
「おい」
人の心無いんか。俺だって言っておいてなんだがうわきつって思ったわ。
そこは普段のお姉ちゃん力発揮して温かく流せよ。そんなんだからオカンなんだよ。
「…ふふふ冗談。ありがと、晃。雲雀、絶対喜ぶから」
「おう」
そう言って俺の頭を撫でてくるので、俺はさっさとその手を振り払う。燕はそれに何ら気分を害すること無く微笑むと、嬉しそうにフィギュアを手に取った。でも頼むから頭を上にして持ち上げてあげてほしいな。見せつけるサービス精神発揮しなくていいからもう少しコレクターとかのお心を理解しようねちょっとでいいから。
結局それ以上何をするでもなく、立ち上がって部屋を後にしようとする燕。本当に俺の顔を見に来ただけだというのか。見物料とるぞ。
「あーー、と、ちょっと待った燕」
「ん?」
彼女が扉に手をかけようとしたところで、俺は僅かに唾を飲み込むと、その背中に静かに声をかけた。声が震えたりはしていないだろうかと、恐る恐るではあるが燕の死角、テーブルの下に手を回し、小さなそれを引っ張り出す。
「お前にも、……これ」
「え」
あくまでいつも通りを装って、俺はぶっきらぼうにそれを差しだす。
小さい頃、燕が一時期妙にハマっていた、よく分からない鳥のゆるいキャラクターのキーホルダー。魔法少女までとはいかずともそれなりに注ぎ込んだ、何ともむかつく顔のそいつを。
「…私に?」
「………」
「……そっか」
「……………そっかぁ……」
それを受け取った燕の顔は……一々語る必要もないだろう。
…まぁ、強いて言うならどこぞの魔法少女よりかは、キラキラしていた。以上。
「雲雀。晃お兄ちゃんからプレゼントよ」
「わーい。………むむ。…しろ、か…」
「(反省しよう)」
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