第7話 本日の跳ねっ毛

「雲雀ー。お風呂沸いたわよ。お姉ちゃんと一緒に入りましょ」

「雲雀いそがしいからあきらとはいっていーよ」

「なんっ……」


開始早々、愛妹のあんまりな台詞に絶句しました燕さん。

けれど何故でしょう。殺気を向けられているのは寧ろ、雲雀のお隣にいる私の方でして。


「駄目だぞ雲雀」

「あきら」


やれやれ仕方あるまい。ここは心を鬼にして、まだまだ人の機微というものに疎い幼子に大切なことをお教えするといたしやしょうか。


「俺にも選ぶ権利はある」

「たしかに」


はい任務完了。いや、俺はね?どうせ入るのなら妖艶でセクシーなぼいんのちゃんねーとピンクな雰囲気で入るって小さな頃から心に決めているの。いくらこいつが可愛かろうとちょっと違うかな。確かに色気は有るんだろうけど、それは健康的な色気であって俺が求めるエでロでスーな物じゃない。後、単純にむ


「二人共正座」


…え、何で?

俺と雲雀は背後で膨れ上がるどす黒い殺意の波動に、揃って身体を震わせると、仲良く顔を見合わせるのだった。







「さっぱり」

「ああ、こら。ちゃんと髪乾かさないと」

「ほっとけばかわく。雲雀はえこのみー」

「…エコロジスト?」


身体からホカホカと湯気を立ち昇らせ、この寒い夜中に、薄い部屋着に身を包んだ小鳥達がどたばたと帰還する。

俺がいるんだからもう少し危機感というものを培った方が良いのではないだろうか。タオルを首にかけた燕が、惜しげもなく太腿を曝け出したまま、どかりとベッドに座り込む。何故女子の中には頑なに脚を出さねば気が済まない猛者がいるのか。その鋼鉄の意思、僕は敬意を表する。…いや、よくよく考えたら、こいつらが風呂に入る時間帯に俺がいるっておかしくない?俺、男だよね?


「あきらー」

「何かね?」


等と考える隙もろくに与えず、風呂に入っている間、俺に『周回してひたすらアイテムを集める』という苦行を強いていた雲雀が、すぽりと膝に収まって下からこちらを見上げてくる。


「しかたないからかわかして」

「お姉ちゃんはいいのか?」

「おねえちゃんはながい」

「…ははは〜……」


後ろを見る。そこには枕を胸に抱いて横になり、頬を膨らませながら恨めしそうな目でこちらを睨む仕事の遅い、いや丁寧な美容師さんが。


「…かしこまりました、お嬢様」

「よきにはからえ」


まあ、これもいつものことである。

姉ちゃんの所々跳ねた髪と同じく、雲雀の頭にも跳ねっ返りは存在する。試しに頭を撫でてみても、手を離した瞬間ぴょっこりんと。

いくら撫でつけようとも己の生き方を貫き通すその姿勢は尊敬に値するが、そのせいで彼女らの朝は愉快痛快な有様になること間違い無しなのでもう少し柔軟になってもいいのではないかと思う。…いや、寧ろ柔軟だからこうなっているのか。 


「終わったぞ」

「うぇーい」


「…………ぃぃなぁ………」


雲雀の髪を乾かす作業もちゃちゃっと終わり、気持ちよさそうな彼女を見ていると俺もびばのんのしたい気分になってしまう。なので、この身を焦がす衝動のままに膝を揺らしてみる。しかし彼女に動く気配は無し。完全にうごかないせきぞうと化している。俺がここでトイレ行きたいとか言い出したらどうなるんだろう。漏らしてとかいうのかな。


「…なぁひばちん。俺も風呂入りに行きたいんだけど」

「えー」


分かっていたことだが色好い返事は無く。仕方ないので救いを求めるべく、後ろを振り向いてみる。


「っ…!」


燕が未だに、こちらを指を咥えて羨ましそうに眺めていた。

俺が振り向いたことに気づいて、すぐさま何事もなかったかを振る舞ったけれど俺の瞳は見逃さなかった。

…そんなに羨ましいのか?…なら、もうちょい妹好みの簡単お手軽コースを新しく始めればいいと言うのに、それはお姉ちゃんとしての意地が許さないのだろうか。難儀なものだ。


「おねえちゃんののこりゆのむ?」

「飲まないし自分の家の風呂だよ」 


当たり前でしょうが。何言っちゃてんの。誰が好き好んで鳥のいい出汁が入った湯船に鼻息荒くして入るっちゅうねん。そんなことしたら入るのは風呂じゃなくて院でしょうに。


「なんで?」

「なんで??」


なんでがなんで?それこそなんで??本当に不思議そうに首を傾げるひばのんの。残念だよお前はもう少し賢い子だと思っていたのに。いいからはよのいてくれ。膝の上でまったりしながら徐ろにゲームの電源を入れるな。


またまた仕方ないので、今度こそ後ろのお姉ちゃんに助けを求めるとしよう。


「なぁつばちん「誰がつばち…この流れでちんとか言わないでよ捩じ切るわよ」こっわぁ」


助けを求めたその人がまさに危ない人だったよぉ…。あきちんが一体何をしたんや。

震える腕で雲雀を抱き締めれば、俺をどこぞのアニメみたいな角度で見上げた雲雀がニヤリと悪い笑みを見せていた。成る程、前門の雛鳥、後門の小鳥ということか。


「なんかおもしろいはなししたらどいてもいいのよ」

「ほう。ネゴシエーションとは、随分とやり手になったものだな雲雀よ」

「…レゴ?あれすきだよ」

「絶対踏むなよ」


死ぬから。


そして突如始まった交渉人・柳葉雲雀。いや、この場合俺の方か。交渉人・柊晃。ここから壮大な物語が今、幕を開けるとか何とか。


「……そうだな……」


というわけで、幼子にウケる話題を考えましょうそうしましょう。賢い頭を捻って何とか絞り出しまっしょい。


あ。そう言えば。


「雲雀」

「ん?」

「俺、この度好きな子ができたぜ」

「へー」

「…!?!?!?、?!!!!?」


?何か後ろからドッタンバッタン聞こえた気がする。

雲雀と振り向いても、何か仰け反った姿勢で固まったイナバウアー燕しかいない。なんだいつも通りか。

 

「どんなひと?」

「そうだな…」


そして俺は話す。彼女との運命の出会いを。


「いつだって俺を優しく見守ってくれて…」

「おー」

「………うぁ………」


流れる様な艷やかな金髪。 


「俺が少しでも無理したら柔らかく声をかけてくれて……」

「わー」

「………っ…………!」


底の見えない愛に満ち溢れたその優しい笑顔。

その一つ一つを口にする度に、無意識に心が温かくなる。いつの間にか、俺の顔には微笑みが浮かんでいた。


「そして……」


そう、彼女はいつだって俺を絶望の底から掬い上げてくれる。






「猫耳生えてて回復魔法とか得意だぜ」

「……………あ゙???」


「かきんしすぎちゃめっ、よ。あきら」

「じょぶじょぶだいじょぶ」


嗚呼、全てが俺を魅了して止まない。惜しむらくは次元が一つズレていることだろうか。いや、そんなことは大した問題ではない。世の中画面の向こうの人と結婚する人だっているんだから俺も「ふん!!!」

「いだい!?」


そして背中に遅いかかる激痛。それはまさしく別次元の痛み。

あまりの苦痛に身体を折り曲げる俺。ころころとお腹から雲雀が転げ落ちる。

諸悪の根源と言えば、人に崩拳をぶち込んだ態勢のままで俺を鬼神の如く睨みつけていた。


「いきなり何すんだよ!?」

「紛らわしいのよ!」

「何が!!」

「…何って……ぜ、全部よ!!」

「何が!?」


何でいきなりレイジモード入ってるのかしらん。怖いね、若者。

悲しいかな、長年の付き合いによって、こういう時の燕は逆らうだけ無駄だということは昔からよく理解している。

未だ激しく痛む背骨と戦いながら、俺は燕と向かい合う。因みに、雲雀は転がった態勢の後、シームレスにゲームへと移行していた。凄いね、若者。


「…分かったよ。いやよく分からんが謝ります」

「……む、…、や、……勘違いした私も悪いんだけど……その……」


そして謝るのが早ければ早い程、根が良い子ちゃんの燕は強く出れなくなる。これも長年の付き合いからよく知っている。良い子の皆も自分が悪いことしたと思ったら即座に謝ろうね。1フレーム土下座が理想かな。謝罪は格ゲー。


「何でもします」

「………………何でも?」

「お金は無いです」

「要らないわよ。貰う理由無いでしょ。…あげる理由は有るけれど」


…まだこの間のご飯のこと気にしてるのか。相変わらずだねぇ。


「「…………」」


そして始まる長い沈黙。答えは沈黙、もしくは金なり、ということか。いや、意味分からんて。

そして、燕は徐ろに息を飲み込むと、何故か顔を赤くしてそっぽを向きながら、俺の服をぎゅっと引っ張ってくる。


「……な、なら、私にも……して」

「へ?」


して?…何を?…まずい。やっぱり分からんち。


「………」

「………」

「………何。嫌なの?」


つい黙り込んでしまった俺を見て、俯いてしまう燕。しかしその声色は怒りというよりかは寂しげで。


「(あ)」


だが燕が俯いたからか、彼女が何を求めているのかが何となく理解出来てしまった。


何故だかは分からないけれど、妙にざわつく胸の鼓動を気取られない様に、ゆっくりと、けれどしっかりと、俺は燕の頭に恐る恐る手を置いた。


「…っ」


燕が息をのむ声が聞こえてくる。手の下にある頭が揺れる。けれど決して跳ね除けられはしない。

まだまだ湿り気の残る髪を撫でつけながら、俺はドライヤーに手を伸ばした。


「…乾かさないと、こら。なんじゃなかったんですかね」

「…うるさい」

「へーい」


跳ねっ返りの頭は、実のところ驚く程に柔らかい。これもまた昔から変わらない。


「ふふ。…昔からたま〜にやってもらってたね…」

「無理矢理やらせていたの間違いだろ」

「もう」


何度梳こうと己を主張するアホ毛に苦笑しながら、言葉少なに穏やかな時間は過ぎていく。

結局、雲雀が眠気を主張するまで、終わった後も俺は彼女の頭を撫でていたのだった。






「おねえちゃんさっきからすごいにやにやしてるね」

「え?…そう?……お兄ちゃんに言ったら駄目よ?」

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