第4話 ホセ村の一日

◇ ホセ村 ◇


 私は目覚めたら見知らぬ海岸だった…。


 そこで助けてくれたのは女性と老人だった。


 行く宛てのない私を不憫ふびんに思った二人は、自分たちの村へと連れて行ってくれた。


 木造の家は質素しっそだったが、暖かみがあった。


 そこは二人だけの住処すみかだ。


 雨はしのげるだろうが、隙間すきまから風が入ってくる。


 この辺りの気候はどんなものか知らないが、冬はきびしいだろう。


粗末そまつな食事ですが、召し上がって下さい。」

  

 女性が運んできた食事は、麦ご飯と焼き魚だった。


 彼女たちの生活レベルからすれば贅沢ぜいたくなものは出されないだろうと思っていたが、予想以上に美味しかった。


「ええと…ジュリアさんでしたよね?本当に美味しいですよ。」

 

 海からげられたばかりの魚は新鮮で、脂がのった身は甘みがあってふっくらとしていた。


 長い間食事とえんだった私は、思わず感動してしまった。


 涙がこぼれるのも気づかず無心でほおった。


「あ…ジンさん、涙…?そんなに美味しかったですか?それなら一生懸命作った甲斐かいがありました。おかわりもありますよ。」


「ありがとう。」


 ジュリアさんは私の涙に気づいて微笑ほほえんでくれた。


 彼女の笑顔は優しくて清らかだった。


「お二人だけで暮らしているのかな?」


 私は家の中を見回しながら、彼女に疑問を投げかけた。


「そうですよ。私のお父さんは私が小さい頃に盗賊に襲われて亡くなっちゃったんです。お母さんはその時に連れ去られてしまって…。」


 ジュリアさんは言葉を切り、私から視線をそらした。彼女の瞳にはあわい悲しみが浮かんでいた。


「あ…これは配慮はいりょが足りなかったね。言いにくいことを聞いてしまって申し訳ない。」


「いえ、大丈夫ですよ。もう昔のことですし、私にはおじいちゃんがいますから。」


 彼女は私が気まずそうにしていると、必死に笑顔を作って見せてくれた。


 アシュアさんは部屋の片隅で黙々もくもくと魚の干物ひものを作っていたが、ジュリアさんの話を聞いていたらしく、私たちに温かい目を向けながらうなずいていた。


「ジンさん、あんたはこれからどうするつもりなんじゃ?」


「そうですね…。」


 私は床に座って二人の暮らしを見つめながら、自分の将来を考えた…。


(ふむ…。記憶もこの世界の知識もなく、行き場もない。どうすればいいのだろう。)


「まあ、あんたの身の上じゃ途方とほうれるじゃろう。うちは迷惑じゃないから、やりたいことが見つかるまでここにいてもいいんじゃぞ。」


「そうね、私も賛成さんせいよ!」


「アシュアさん。ジュリアさん。本当にありがとうございます。」


 二人の優しさに触れて、私はしばらくの間、彼らと一緒に暮らすことにした。


 その後、アシュアさんにホセ村の村人たちを紹介され、温かく迎えられた私は、新しい生活に胸をおどらせた。


 大都会東京でサラリーマンとして働いていた頃とはまるで別世界のような日々が始まったのだ。


 毎日、食べる魚や獣を狩り、山菜や果物をみ、野菜や穀物こくもつを育てる。自給自足のサバイバル生活だ。


 テレビや冷蔵庫、洗濯機などの電化製品はもちろん、スマホや蛍光灯といった便利なものもない。


 朝日が昇ると共に起きて活動し、日が沈むと眠る。そんなシンプルな暮らしだ。


 私は、この村で多数派を占める人狼じんろう族にとっては珍しい存在であるヒューマンだったが、徐々に村人たちと仲良くなっていった。


「ほう…。ジンさんは記憶を失われたんか。それは大変なことだなぁ。」「トネリコさん、ありがとうございます。記憶がないのは大変ですが、村の皆さんが優しいので平気ですよ。」

 

「ヒューマンは初めて見たけど、お主はなかなかの男前じゃのう。うちの娘にとつがせてやっても構わんぞ!」「マチムラさん、アギータちゃんはまだ12歳でしょ?とても可愛いと思いますが、流石に若すぎますって!」「まだ早えぇか。ワハハ!」


「ジンさん、お前さんとこのジュリアはどうだい?美人だし、ナイスバディだろ?」「ガンザスさん。あまりいやらしい目で見ているとアシュアさんに怒られますよ!」「アハハ!ちげぇねぇ。」


 こんな調子で村人から酒宴しゅえんに誘われた時は楽しく酒を飲み交わした。


 村の名産である果実酒は甘くて香り高く、今では時折ときおり開かれる酒宴は私の楽しみの一つになっていた。


 私はよくジュリアさんと一緒に山菜や薬草を採りに出かけた。


 この辺りは獣が多く住んでいるらしいが、魔物はほとんど現れない比較的安全な地域だったので、危険にうことはなかった。


 今日は二人で『山の実』という果実をりに北の山へ向かった。


 山には見慣れない不思議な木や虫がいて、私はその神秘しんぴ魅了みりょうされながら歩みを進めた。


 険しい獣道を通り抜けて目的地に着くと、そこは山頂付近で村や海や島々が一望できる場所だった。


「これは凄いな!絶景だよ!」


「ええ。ここからは村だけじゃなくて、海の向こうにある島まで見えますよ!」


「そうなんだね。素晴らしいな…。ユーザリア大陸はどの辺りにあるんだい?」


「え…っと。この大陸がユーザリア大陸なのですよ。そしてここは、大陸南部のイースラン公国になります。」


 ジンディオールのわずかな記憶の中に残された知識がよみがえる。


 私はユーザリア大陸もイースラン公国も知っていた。


 私はてっきり海を渡って別の大陸にいるのだと思っていたが、実は大陸沿岸えんがん海流かいりゅうに乗って大陸を半周していたことがわかった。


 時間はかかるだろうが、帰ろうと思えば故郷であるレーナス帝国に帰ることも不可能ではないのだ。


(しかし、死亡したことになっている私が再び軍部に戻っても大丈夫なのだろうか?)


 そんな疑問が脳裏のうりを過ぎるが、あわてて帰る必要もない。ジンディオールは死んだことになっているのだから…。


「ジンさん?」


「ん?ああ!失礼した…。少し考えごとをね。ジュリアさん、『山の実』はどこにあるのかな?」


「あそこですよ!」


 ジュリアさんの指さす先に巨大ながあった。


 緑が生い茂る葉の根元には、橙色だいだいいろの果実がぎっしりと見えた。果物も村の重要な食料である。


 私は木によじ登って、果実をそっとジュリアさんの元に落とす。


 ジュリアさんのエプロンは、山の実を上手に受け止める最高の働きをしていた。


 私たちは、持てるだけの量を確保して村に帰ったのであった…。

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