第3話 出国

 ひつぎの中でどれくらい眠っていたのだろうか。


 時の流れが感じられないほど、長く長く眠り続けていた…。


 帝国から棺ごと流された私は、海上に出てからほとんどの時間、深い眠りに落ちていた。


 それは、私がジンディオールという男の肉体にれるためのプロセスだったのかもしれない。


 彼の記憶は断片的だんぺんてきに残っているが、ほとんどが失われてしまっているようだった。


 記憶に残っているのは、彼にとって特別なものだけだった。


 夢の中では、強く威厳いげんある父や、優しく温かな母がよく現れた。


 彼らはジンディオールを深く愛しており、ジンディオールも彼らを愛していた。


 しかし、彼らはもうこの世にはいない。そして、ジンディオールも部下に裏切られ殺されてしまった。


 その後、私は女神エルルによってジンディオールの肉体に転生を果たしたのだ。


 棺は大河を超えて海へ渡った。


 海上では、棺の周りで何かが動く音や気配けはいがした。


 外敵から襲われるかもしれないと恐怖する。


 しかし、不思議なことに棺は無事だった。


 エルルさまが守ってくれたのだろうか?


 やがて棺は陸地に流れ着いた。


 ついに長い航海がここで終わったのだ…。

 


◇ ◇ ◇


《コンコン!》


 棺のふたを叩く音で目が覚めた。


「おじいちゃん、これって棺だよね?」


「そうじゃよ。海から来たんじゃろう?火葬されずに棺が海を渡ることなど聞いたこともないがの。ジュリアよ。中に死人しびとが入っているかもしれんぞ。開けない方がいい。」


「うん…。」


 人間の声が聞こえる。どうやら陸地に着いたようだ。


 身体中が痛むし、のどかわくし、お腹も空く。


 きっと、長い仮死かし状態から目覚めたせいだろう。


「あー!あー!」


 声を出してみると、普通に出る。


 棺のふたを開けて外に出ようとするが、くぎ固定こていされていて動かない。


「おじいちゃん!今、声が聞こえなかった?」


「ん?そうかの?」


 どうやら、私の声が外までとどいていたらしい。


 声からさっするに、女性と老人の二人が近くにいるようだ。


 棺の外に危険がないと信じたい。


「誰かいますか!助けてください!」


「おじいちゃん!本当に誰か入っているよ!」


「たまげたの!恐ろしいが、本当に助けを必要としているかもしれん。助けてやろう。」


 老人は手で蓋を開けようとしたが無理だったので、斧で壊してくれた。


「おお、まさか生きている人が出てくるとはの…。」


 棺の中をのぞく老人と目が合った。


 棺の蓋が外され、私はこの世界で初めての空気をたっぷり胸に吸い込んだ。


 手足を動かしてみる。


 問題ない。


 細身だが筋肉質な肉体に驚く。


 アラフォーのおっさんだった頃とは大違いだ。


 棺から出て周りを見回す。


 美しい砂浜と青い海、そして晴れ渡った空が広がっている。


 目の前には十代後半くらいの獣耳けものみみのある美しい女性と、老人が立っていた。


(獣耳の人間だ!凄い!やはり、ここは異世界なんだなぁ。)


 目の前の二人は、日本人とは異なる外見をしており、布切れを適当に巻きつけただけの質素しっそ格好かっこうをしていた。


「ご老人、助けて頂き感謝します。」


「いいんじゃよ!じゃが…あなたは、貴族様なのかの?」


「いいえ。違いますよ。どうしてでしょうか?」


「その服装じゃよ。」


 老人に言われて自分の服装を見る。


 殺されたときに着ていた軍服ではなく、シンプルだが上質な服だった。


 二人の服装と比べると、随分ずいぶんと違う。


 殺されたあとに着替えられたのだろうか…。


「そうですね。確かに違いますね。」


「それで、あなたは何者なのじゃ?」


「それが…記憶がなくなってしまったようです。」


 私は思わず嘘をついてしまった。


 私が帝国の元魔剣士隊長だと言ったら、二人をおびえさせてしまうかもしれないと思ったからだ。


 しかし、ジンディオールの記憶もほとんどなく、この世界の常識じょうしきもよくわからない。


 しばらくは記憶喪失きおくそうしつよそおうことにした。


 その後、私は二人と話を続けて、危険な存在ではないと理解りかいられた。


 二人は私に同情どうじょうしてくれて、村まで連れて行ってくれることになったのだった…。

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