第20話 ハーレムは何処(いずこ)へ

 【アロゥシティ・ベータ】に到着して間も無く、更に十数キロ南下した先にある大洋に面した海岸に向かった。この海岸は広大な砂地で出来ており、昼間には敵対生物が湧かないという事もあって、海水浴を楽しむプレイヤーがよく見られる。

 しかし、夜になるとその姿を変え、敵対生物がわんさか湧く危険地帯となる。更にビーチの端にある入り江には惑星ボスが湧く為、大量の敵に追われて誤ってボス部屋に入ってしまい、リスポーン送りになるプレイヤーも多々いる。

 だが、今回の俺達の目的はその惑星ボスだ。海岸に湧く雑魚敵に構う必要は無く、十分な体力を残してボスに挑む事が出来る。


「それじゃあ、行くわよ?」


 ボス部屋の敷居を跨ぐルナに続いて、俺とルカも入り江へと足を踏み入れる。

 時刻は夜。満月の光が入り江を照らす中、波打ち際に鎮座する異物が大きくガチンッと、重い金属音を一つ鳴らした。

 ボスの名前は【ナイトキャンサー】。その名が示す通り、夜にのみ姿を現すボスであり、体全体が漆黒を纏ったかのような黒色、且つそこに白色の小さな斑点があることで別名スタークラブや星蟹などと呼ばれている。

 俺たちに反応し、胴を持ち上げたカニは爪で地面を叩く威嚇行動を始めた。


「初撃はわたくしが行くわ!」


 ルナは装備したブーツのブースターを全開に、青白い尾を夜に残しながら吶喊した。


「はあっ!」


 ブースターの推進力を借りた蹴りは、持ち上げた右の大爪に阻まれ、鈍い金属音を発して止められてしまった。


「もう! 硬いわね!」


 確かにあのカニの防御力は凄まじい。現在、確認されている惑星ボスの中でも一番二番を争う硬さだ。勿論、ルナの攻撃力も高いし、この少人数でも奴を倒すことは出来る。ただし、ボスのギミックを理解していればの話だが……。

 カニによるカウンターの叩きつけを、ルナは易々と躱す。それと入れ替わるように飛び出したルカが渾身の右ストレートを打ち出す。


 ガンッ!!


「硬っ!?」


 ルカの殴りを、またしてもカニは大爪で防いだ。

 そこから続く二人の怒涛の追撃を、カニはその巨大な図体に似合わない正確さで防いでいった。

 俺もその激しい攻防戦に参加するのだが、俺の大太刀では全く歯が立たない。文字通り、刃が弾かれるばかりで敵にダメージを与えられないどころか、大太刀自体の耐久値が減っていくばかりだった。

 一方のルカとルナも爪に阻まれて良いダメージが与えられていなかった。

 それでも俺たちは攻撃の手を止めなかった。


「硬すぎ……」

「おかしいわね……。前はもっとダメージが通っていたのに……」

「ハァ……ハァ……。そういや、ルナはこいつを倒したことがあるのか?」

「勿論よ。今のあたしはホルヴァ系ここの第五惑星まで攻略しているから」

「そのときはソロで攻略したのか?」

「まさか。ソロで惑星ボスに挑むわけ無いじゃない。そんなことが出来るのは、もっと上の人達だけよ」


 それを聞いた俺は、すぐさま戦闘スタイルを変えた。

 カニの動きは決して速くは無い。この場に居る人間にとって、攻撃を躱すのは容易い。でも、俺は敢えてカニの攻撃を刀で受け止める。

 何故なら、この【ナイトキャンサー】は二つの形態を持つギミックボスだからだ。ただし、形態と言っても実際に姿形が変わる訳では無く、戦闘スタイルが変わるだけ。


「ルカ、ルナ。二人は攻撃に専念してくれ」

「そんなのやってるわよ! 偉そうに指示しないでくれる?」


 このカニの戦闘方法は、攻めと守りがはっきりと二分化されている。現在の形態が守り。多少のカウンターを放つ鉄壁の守りだ。そして守りの形態中に出されるカウンター攻撃を、武器で一定回数防ぐと攻めの形態へと移行する。

 ギミックとしては然程、分かりにくいものでは無い。なら何故、経験者であるルナがこれに手こずっているのかというと―――。


「ちょっと! あなたも攻撃に参加しなさいな!」


 その言葉で確信した。

 こいつ、他人を信用してねぇ……。当時のパーティーメンバーの動きを何一つ見てなかったのか! そりゃあ、情報が無けりゃ気付きもしないか。

 【ナイトキャンサー】の攻略は、タンクの役割を担うプレイヤーが必要だ。タンク役がボスのターゲットを取り、防御を捨てたボスに他のアタッカーが攻撃を加える。これが攻略の定石となっている。

 しかし実のところ、このボスのギミックは高い攻撃力で無視することが可能だ。でも、今の俺では防御形態の堅い装甲に刃が通らない。このメンバーで足を引っ張っているのは俺であって、その脳筋攻略は俺が居る限り出来ない。ただこちら側の体力が減っていくだけだ。

 だから俺は、タンクを引き受けて、定石通りの攻略法へと変えた。


「くそっ! こいつ、こんなに速く動けたか?」


 カウンターを数回、受け流されたカニは守りを捨て、左手の爪で怒涛の連撃を繰り出す。

 なんとかそれらを受け流してはいるものの、時折、繰り出される右手の大爪による大振りな攻撃に、俺の大太刀の耐久値と俺自身の体力が大きく削られてしまう。加えて、攻撃に専念しているルカとルナへのヘイト管理もこちらで行わなければいけない。

 二人を狙った攻撃に割り込み、大太刀で捌いていく。


「カズ。なんかこいつ、攻撃通るようになった」

「ルカ、ルナも。俺はもう、攻撃出来ないから、二人で頑張ってくれ」

「はあ!? 何を言ってるのよ。攻撃が通りようになった今がチャンスでしょう? つべこべ言わずに、あなたも攻撃するのよ!」


 このシスコンは……! 馬鹿なのか!

 そんなルナとは違い、ルカは何となく現状を理解しているようだった。カニが自らを狙ったと分かれば、すぐさま俺に近寄って、少しでも俺が攻撃を受けやすくなるよう立ち回っていた。

 普通、こういうのって姉の方が頼りになるもんじゃないのかよ……。


「ルナ?」


 自らにタゲが向いたルナの動きに異変を感じた。

 カニが右手の大爪を大きく振りかぶる最中、ルナはその振りかぶられる爪を見据えたままで、回避に足を動かす様子も無く、寧ろカウンターを狙っている様な動きだった。

 そんな彼女を、俺は突き飛ばした。


「ちょっと!」


 彼女がやらんとしている事が失敗するとは考えなかった。恐らく成功する。

 でも、そうやって余計な事をして負けたことは今までたくさんあった。

 俺は先見の明なるものは持っていないが、ルナがカウンターを決め続けて、いつの間にかタンク役になる未来がありありと見えてしまった。

 しかし、馬鹿だったのは俺の方だった。踏ん張った足が砂に取られて姿勢を崩してしまう。先ばかりを見ていたが為に、文字通り足を掬われてしまった。


「やべっ!」


 カニの大爪は大太刀を砕き、俺の右半身を削ぎ下ろした。

 すぐにカニから距離を取って体力を回復しないといけない。でも右半身を襲う激痛に、体が言う事を聞いてくれない。


「馬鹿っ! 早く回復を―――」


 カニが爪を振り上げ、ルナが警告を発するが、どうしても動けない。

 片膝をついて動かない俺を、ルカがカニとの間に割って入り、これから放たれるであろう攻撃を受け止めようと体勢を整えた次の瞬間、予想外にもカニは、振り上げた爪を元に戻してその場から立ち去った。

 海へと帰っていくカニの背を、呆然と見つめる三人。俺は東の空に視線を移した。


「夜明けだ……」


 薄っすらと赤みがかった空が、この星の生き物たちを目覚めさせる。


「時間切れ……」


 そう呟くルナの横顔には苛立ちが見えた。


「残念だったねぇ。何が駄目だったんだろう……。カズ、あれの攻略法とか分かる?」


 敢えてそうしているのか、重々しい空気にルカの元気な声が、朝焼けに染まりかける入り江に響く。


「……わたくしは他人の遊び方に文句を付ける程、野暮な人間では無いわ。でも……カズ、あなたの遊び方は間違っているわ」

「いいえ、お姉様。カズは―――」

「黙りなさい! ルカ、あなたも良く覚えておきなさい。この男はわたくしたちと違うの。足手まといなの。遊びに誘うのは良いけれど、今後は攻略以外にする事ね」

「ルナ……」

「失望したわ……。やっぱりあなたはね」


 それから独りになった俺は、ボス部屋から出るのも面倒に感じ、そのままログアウトした。



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