第18話 縁側の兄弟
とある日の午前、俺はリビング外の縁側で日向ぼっこをしていた。
時間がお昼前という事もあり、空気は既に暖かく、日差しも程良い。縁側に手をついて、どこを見るでもなくボーっと自然の流れを眺めるこの時間は、誰にだって偶には必要だ。
特に最近の俺はストイックになっていたから、そろそろ何処かで息を抜きたかった。
「あー……。今日も平和だ……」
「ん? 兄さん?」
小鳥のさえずりに耳を傾けながら何気無しに呟いた言葉に、予想外にも反応があって少し戸惑う。
自分を呼ぶ声の方向を見てみると、ジャージ姿の弟が立っていた。
「おう。稽古は終わったのか?」
「うん、今日は皆、集まりが早くてさ。それで、兄さんはこんなとこで何してるの?」
「ん~? 日向ぼっこだよ」
「呑気だなぁ」
望はそう言うと、手持ちの袋から道着を取り出し、外に設置してある洗濯機に放り込んでいく。
藍染めの道着を洗濯すると、どうしても色が出てしまう。その為、うちでは通常の衣類を洗う洗濯機とは別に道着用の洗濯機を、こうして外に設置してある。
科学の進んだ現代でも、藍染め以外にもいくらかの伝統的な製法は今でも存在していて嬉しい。
出して間もない道着だと、汗をかいて脱いだら上半身が真っ青になったりするんだよなぁ……。風呂に入っても完全には落ちないし。
そんな懐かしの記憶に思いを馳せていると、突発的なそよ風が頬を優しく撫でた。そのそよ風は良い香りだった。
「望。お前、良い匂いするな?」
「なっ! な、何!? 急に!」
「いや、全然、汗臭くないからさ。風呂でも入ったのかなって」
「は、入っては無いよ……。ついさっき帰って来たばっかだし」
「そうなのか? 羨ましいよ。剣道の何が嫌って、あの臭さが嫌なんだよなぁ。俺も中学の頃は臭かったし」
「まあ、確かにね。うちの道場の大人たちも正直言って臭いし」
「だろ?」
「でも、僕は今まで一度も兄さんが臭いとは思わなかったよ?」
「そんなこと無いだろ」
「んーん、大丈夫だよ?」
そう言って望は、俺の首元に顔を近づけて臭いを嗅ぎ始める。中性的な顔が間近にあって少しばかり緊張する。
「うん、臭くない」
「そうかよ」
「それはそうと、兄さん。右腕には慣れた?」
「ああ。最近は運動も兼ねて動かしてるから、義手の操作には慣れたよ。ただ……」
「ただ?」
「いや、何でもない。汗、シャワーで流してきたらどうだ? 昼まで時間あるしさ」
「うん、そうするよ」
シャワーを浴びに離れていく弟を見送ると、ポケットの中で携帯が震えた。画面を開くと一件の通知が入っていた。
「ToGの運営? もしかして報告した奴か?」
予想通りだった。しかし開いたメールの内容は予想外であった。
俺がToGを続ける原因の一つである友の形をした影、本来あってはならない痛みの発現、この二つを運営に報告したのだが、その回答は『システム上、その様なバグは確認できない』との事だった。
しかし俺は見た、友の形をした謎の影を。俺は感じた、脳が弾けるような痛みを。
俺の気の所為だったのか……?
「そんな訳無い」
取り敢えず送られて来たメールをティースへと転送し、返事を待つ。少し待った後、弟が風呂から出て来たタイミングで携帯が震える。
メールの差出人はティースだった。
「討伐か……」
ティースは、運営が確認できなかったのならば、あれは存在しない物だったとしながらも、もし再びあの影を見たのならハイエナメンバーの為にも討伐して欲しい。要約するとそう書いてあった。
恐らくティースは、俺に対して半信半疑だったのだろう。あれを見たのは俺とルカだけで、ティース自身は見ていないからだ。運営が無いと言った今、ティースからしてみれば事の重大さはそこまで無いと判断したのだ。
そりゃそうだろうな……。でもな、ティース。俺は実際に見たし戦った。そして理解したんだ……今の俺では勝てない。
「あれは、見なかったことにするか……」
あれからあの影とは出くわしていない。現状は幻だったとして放置しておくしかない。
まだ問題は残っているが、今の俺には何もできないから。
「ん? またメールだ……」
新たに届いた一件のメール。その差出人と内容を見た俺は、縁側を後にする。
「望! 少し早いけど昼にしよう!」
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