第1閑話 兄さんとの休日

 僕の名前は天川あまかわ のぞむ、十四歳。自宅から電車で五分のところにある私立中学校に通っている現役の学生です。

 休日の今日は少し遅めに起きました。


「ん? おはよう、望」


 二階の自室から一階のリビングへと行くと、キッチンにエプロン姿の男性が立っていました。


「おはよう。兄さん」


 エプロン姿の男性は、僕の兄である天川 和也。僕の唯一の兄弟で、僕の憧れの人です。


「珍しいね。休日でもこの時間に起きてるなんて」

「ああ。最近、生活習慣を見直そうと思ってな。ゲームばかりやってたんじゃあ体に悪いから」


 僕はこの言葉を聞いて心の中でとても喜びました。憧れの人で、尊敬する僕の大好きな兄さんが帰って来たと、嬉しくてその場で泣きながら失禁してしまいそうです。

 しかし、感激していた僕ですが、ふと恥ずかしくなりました。何故なら遅めとは言っても普段ならまだ誰も起きていない時間だからと、油断して兄さんの前でだらしなく欠伸をしてしまったからです。

 急激に熱を帯びる顔を兄さんに見られたくないので、兄さんから表情が見えないようにソファーに腰掛けます。


「もう少しで朝ごはん出来るから待っててくれ」

「う、うん。兄さんのごはん、久しぶりで楽しみ」

「そうだなー。俺が燃え尽きてた頃は、望か母さんが作ってたからなぁ……。あんま期待するなよ? 簡単な奴しか作れないから」

「うん、大丈夫。僕、兄さんのだったら毒でも食べるよ!」

「毒は食べないでくれ……」


 そうこうしている内に、兄さん手作りの朝ごはんが出来上がりました。

 最近はこうして兄さんと一緒に食事をすることが増え、それに伴って兄さんとの会話も自然と増えています。


「ねぇ、兄さん」

「なんだ?」

「今日は休日だし、稽古も無い日だから何処か遊びに行かない?」

「良いけど……何処かってどこ?」

「う~ん……。あ、そうだ! 博物館に行きたい!」

「博物館? 博物館って……もしかして航空宇宙博物館か?」

「うんっ!」


 この航空宇宙博物館には、子供の頃に家族でよく遊びに行っていました。昔の兄さんはここがお気に入りで、将来の夢は宇宙飛行士だと常々言っていました。あの頃の兄さんはとても自身に満ち溢れていて、何となく大きく感じました。


「何だ? 望も将来、宇宙飛行士を目指すのか?」

「違うよ。僕があそこに行きたい理由は――—」


 あの頃みたいな兄さんが見たいから。

 そう言おうと思って、でもそれは言うべきではないと悟って途中でやめました。だって今の兄さんは、夢を諦めてるから……。あの頃の兄さんは、もう記憶の中でしか生きていません。


「理由は?」

「理由は……今の兄さんと行きたいから」


 僕が好きなのは兄さんだから、好きになったのが昔の兄さんだろうが関係ない。今も昔も、僕は兄さんの事が大好きなんです。


「何だよ、今のって」

「気にしなくて良いよ。さあ、早く支度して行こ? ついでに兄さんの眼鏡も買いに行くんだから」

「はいはい。そんなに急かさなくても博物館は逃げないぞ?」

「駄目だよ! 僕は一分一秒でも長く兄さんと遊びたいの!」

「……お前、いつからそんな甘えん坊になったんだ?」

「兄さんの所為だよっ!」

「えぇ……。そんな怒らなくても……」


 変わってないよ、兄さん。僕は昔から甘えん坊だったんだよ? 兄さんはもう、覚えていないみたいだけどね。

 こうして僕は今日も兄さんへの愛を伝えきれずにいた。

 因みに博物館は休館日でした。



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