第13話 転換点
先日、ルナにこっぴどくやられた俺は、今日も懲りもせずToGにログインしていた。
「はい! これでメインストーリー終了っと!」
ルカと二人で最後のメインストーリークエストを終わらせた俺は、喜ぶルカとは違って落ち込んでいた。
「こんなのに三分も掛かった……」
過去の自分なら十秒も掛からなかった相手だった。それだけ今の自分は弱いんだと、ゲームから言われているようだった。
「それじゃあ、帰ろっか? カズ」
「ん? ああ、そうだね」
【ムンテーシティ】へと戻ると、広場で独り俺たちを待っていたルナが、こちらを見つけスタスタと近寄って来る。
相変わらず妙なオーラを漂わせているルナ。今日の彼女のお召し物は婦警服だった。
「意外と早かったわね」
「ルカが強いからね」
「当たり前よ。わたくしの妹だもの、カスとは比べ物にならないわ」
「あのー、ルナさん? もしかしてカスって俺の事ですかね?」
「そうよ? 自分の名前も覚えられないのかしら?」
「どっちがだよ! 俺の名前はカズだ! そんな今にも纏められて捨てられそうな名前じゃねぇよ! 濁点が抜けてるぞ!」
「あら、ごめんなさい。わたくしとしたことが、人の名前を間違えるなんて。ごめんなさいね、クズ」
「濁点は合ってる。でも人に対して使う言葉としては間違ってる。もう一度言うぞ? 俺の名前はカズだ」
「もう……騒がしいわね。静かにしてくれるかしら? ゴミ」
「遂には濁点すらも間違えてるなぁ? いい加減にしないと手が出るぞ?」
「野蛮ね。女の子に手を上げるなんて、男として最低よ? まあ、あなた程度では、また返り討ちに遭うだけでしょうけどね! オホホホホ!」
うぜぇーーー! その見せびらかすような高笑いすらも、うぜぇ!
「まあまあ、カズ落ち着いて。お姉様も、あまりカズをいじめないで?」
ルカが仲裁に入ったことで俺の握った拳は解くことが出来た。一方のルナも流石にルカには敵わないようで、彼女の介入で少し反省しているようだった。
「それじゃあ、これからどうしよっか?」
空気を変えようと手を叩いたルカは、そんなことを言い出す。
「わたくしは特にやる事が無いから、ルカについて行くわ」
「カズは?」
本来ならランク上げも兼ねて、この星の探索にでも行きたいところなのだが―――。
「俺は落ちるよ。リアルでやる事があるから」
「そう。ルカ行きましょう」
「お姉様? でも―――」
「良いじゃない、ルカ。ゲームの楽しみ方なんて人それぞれよ」
あっさりとした態度のルナは、背を向けてこちらを振り返りながらこう付け加える。
「現実は大事だものね。なら尚更、分を弁える事ね。現状にかまけて努力しない人間は嫌いだから、例え遊びだとしてもね」
そう吐き捨てて立ち去っていく。どうやら本当に、ルナから見た俺は実力のあるルカにひっつく金魚のフン的存在みたいだ。
でも、そう見られていても文句は言えない。実際、ルカは実力があるし、ルナに瞬殺された俺ではルカに勝てるかどうかも分からない。
「ごめんね? お姉様、このゲームの事が好きだから。つい熱くなっちゃうの」
「分かってるよ。俺もそうだから」
こうしてルカとも別れて現実世界に戻って来た俺は、早速外出の準備を行う。
確かに天川 和也と言う人間は、ルナの思っている様な部分もある。でもただ一つ、これだけは声を大にして違うと言えることがある。それは怠惰な人間ではないという事だ。
「行ってきまーす」
平日の静まり返った玄関に、ただ俺の声だけが響く。
俺は変わると誓った。これまでに夢を失い、体の一部を失い、時間も失った。絶望と言う物を味わった。変わりたいと望んで、もうあそこには戻りたくないと必死になって今藻掻いている。
「よし! 今日の目標は十五キロだ」
アキレス腱を伸ばして、ランニングの準備を整える。
ルナに負けて泣いたあの夜から、俺は本格的に体を鍛え直すと決意した。女の子の様な筋肉の落ちたか細い手足、自宅の階段をいくらか往復しただけで息切れするスタミナ。これではいけないと、これでは彼女に馬鹿にされても文句は言えないと思い前を向くことにしたのだ。
「絶対、変わってやる。例えゲームの為だろうと後ろ指をさされても」
今一度、決意を固めた俺は進化の道を走り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます