第9話 ゴリラの戯れ

 ルカさんとフレンドになったその翌日、約束通りに惑星ボスの討伐の手伝いをする為、そのボス部屋の前でルカさんを待っていた。

 俺が待っているこのボス部屋、初期の町である【アルタシティ・アルファ】から二百キロほど離れた第二の町【アルタシティ・ベータ】から、更に十キロ程度南下したところにある針葉樹林、その一角を占める山の側面に開いた洞窟の内部全てがボス部屋として隔離されていた。

 入り口で待ち惚けている俺の横を、パラパラとプレイヤーたちが過ぎ去っていく。

 ルカさんとの約束の時間には、まだ二十分ほど余裕がある。しかし俺の心の余裕は少なかった。

 初心者と……しかもあんな可愛い見た目の子と二人っきりでボス戦なんて初めてだ……。今までにも女性プレイヤーと共闘することはあったけれど、みんな強かった。二週目の俺がしっかりと支えないと!


「はっ! これが姫プと言う奴かっ!!」


 そんな馬鹿な事を考えていると、件の姫様がやって来た。


「カズさ~ん!」

「あっ、ルカさん。早かったですね」

「カズさんこそ、いつからここに?」

「い、今来たとこですよ」


 実は一時間前にログインして三十分前から居ました、なんて気持ち悪くて言えない……。

 悟られたくないが為に、早速ルカさんにボス部屋に入ろうと促す。だがルカさんは何故か、すれ違うプレイヤー達を眺めて動かない。


「どうしました?」

「いえ……どうしてみんな、顔を出してるのかなって」

「あぁ! それはきっと彼らがガチ勢じゃないからですよ」

「分かるんですか?」

「はい。だってスーツを頭まで装備する利点が無いでしょう?」

「そうなんですか? 防御力が上がったりはしないんですか?」

「しませんね。利点があるとすれば顔を隠せることぐらいです。一般的なプレイヤーやエンジョイ勢なんて呼ばれている人たちにとって、顔が分からないと言うのは困る事なんです。自分とルカさんが出会ったときみたいに個人が判断しづらいですし、せっかく作った自キャラが見えなくなるのは嫌って人も居るんです」

「なるほど。それで頭部装備表示をオフにしてるんですね」

「因みにガチ勢は皆、頭部の表示がオンのままです。そうやっての方が対人戦には有利になるので。表情とか目線とか」

「へぇ~。カズさんって詳しいんですね」

「い、いや~。それ程でも無いですよ~」


 ルカさんに褒められ、ヘルメットの下で鼻の下が無意識に伸びてしまう。

 煽てられるって、気持ちいぃぃ~!


「さあさあ! 準備を済ませてボス戦と行きましょう! ここから先は別のフィールド扱いなので、こちら側に忘れ物が無いように気を付けてくださいね?」


 気分上々となった俺は、準備を整えたルカさんと共にボス部屋に入る。

 外からだと暗かった洞窟だが、中に入ってみるとごつごつとした岩の壁一面に仄かに光を発する苔がびっしりと生えていて、洞窟全体を優しく照らしていた。

 その神秘的な洞窟には俺とルカさんしかいない。パーティーごとに部屋が作られるここでは他プレイヤーの目を気にしなくても良くて気楽でいい。

 二人分の足音が洞窟内に穏やかに広がる。


「着きましたね」


 目の前に突如として現れた巨大な空間。旧マグマだまりだったその空間内に巨大な存在を感じる。


「構えてください」

「はい……」


 帯刀していた【太刀】を抜刀し、ルカさんに戦闘準備の指示を飛ばす。

 巨大な存在に向かって一歩踏み込んだ直後、踏み込んだ足に反応して洞窟内に繁茂している苔たちが徐々に光が強くする。その光の波は洞窟内いっぱいに広がって巨大な存在の全貌を俺たちに見せた。

 それは巨大なゴリラだった。


「初手、来ますよ」


 巨大なゴリラはむくりと体を起こすと、大きく息を吸って吠えた。洞窟を震わす程の咆哮を発したゴリラは、俺達を見るなり硬く握った拳を振り下ろしてきた。

 その強力な殴りを躱してから気が付いた。


「ルカさん! ボイスチャットを繋ぎましょう!」


 メニュー画面を呼び出し、パーティーメンバーのルカさんにVCボイスチャットの申請を飛ばす。


「繋がりましたか?」

「はい、聞こえます」

「どうして急にボイスチャットを?」

「ボスとの戦闘はそこらの雑魚よりも激しくなります。今までの様に普通に喋っても爆発音とかで聞こえないことが多々あります。だから必要なんです」


 自分に向かって飛んでくる拳を躱しながら手早く説明をする。


「ルカさんは攻撃に集中してください。自分が援護します」

「分かりました。では―――」


 そう言うとルカさんは両手の拳を突き合わせて笑みをこぼす。


「初めから本気で行きますっ!!」



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