24.何度やりなおしてもたどり着く修羅場。

千草ちぐさが体調不良ねぇ……今日は雪でも降るんじゃないのか?」


 俺が事の次第を、多少の省略(具体的には貞操観念の欠片も無い寝間着で出迎えたことなんかはがっつりと省いた)をして富士川に伝えた際の、最初の一言がこれだった。


 まあそうだよね。あの朝風あさかぜ千草が、体調不良で学校を休むなんてイベント、正直普段なら俺も同じ反応だったと思うよ。


 けど、


「まあ、うん。そんな日もあるんじゃないか」


 内情を知っている俺からしてみればそんなに不思議なことはない。


 そして、その内情は決して明るみに出してはいけないものだ。


 一応富士川もその場にいて、がっつりと飲んでいたはずなのだが、ここまで会話をしている感じだとそのことは忘れているようだ。まあもしかしたら、触れていないだけかもしれないけど。


 ただ、どちらにしても、記憶ががっつりと曖昧になっている千草に関しては、そのまま綺麗さっぱり忘れてもらった方がいいわけで、これ以上掘り下げるようなことはしたくない。酒を飲んだことだけならばともかく、それに付随するイベントまで思い出されたら厄介だ。


 いやまあ、忘れられるのはそれはそれで残念だけど。いや、残念じゃない。なんで千草とのキスを残念がらないといけないんだ。


 ええい、あかつき蒼汰そうた。なにを弱気になっているんだ。目標は高くもてい。ファーストキスという一大イベントを、酒に酔った末に、幼馴染と勢い任せに消化していいというのか。そんなわけがないだろう。


 いいか?ファーストキスというのはもっと神聖なものなんだ。誰にも邪魔されない、観覧車の中で、夕日が差し込む中でとか、そういう美しい思い出でないといけないんだ。


 こんなことを千草に語ろうものなら「きっしょ」とか「童貞くさい」とかそんなワードがとんでくるに違いないが。知ったことか。男をとっかえひっかえする大和撫子が見たら失神するような性生活を送っているビッチにだけは言われたくない。


 あ、でも、キスすらしてないんだっけ。あれでも、それならなんでそんなにとっかえひっかえ、


「ま、昨日は結構羽目外したしな。俺もあんまり覚えてないし、風邪のひとつやふたつ、引くか」


「ま、そういうことだ。むしろ良かったんじゃないか。アイツはこれで、馬鹿ではないということを証明することが出来たというわけだ」


「はは、違いない」


 ううん、実に心地いい。


 やっぱりここから先に進むのやめない?そんなことを言うとラピスからどんな文句が飛んでくるか分からないけど、永遠と学生生活を送るのも悪くはないと思うんだよね。


 と、そんなことを考えていると、その学生生活を彩る一輪の高音の花こと、能登のとさんが、


「あ、暁くん。お、おはよう」


「えっと……おはよう?」


 さて。


 どう接したものだろうか。


 どれだけの時間が経とうと、約二名がアルコールの力できれいさっぱり記憶を飛ばそうと、健康優良児の朝風千草が見事に二日酔いになろうと、俺に起きた出来事が変わるわけでは無い。


 しかも、彼女に関してはその出来事をがっつりと覚えているはずだ。だからこうして俺と話すのにもなんだかぎこちないんだろう。ちなみに、当然のようにクラス中の視線の実に八割がたは俺と能登さんに向けられているという状態だ。


 その状態で能登さんは俺に、


「あのっ、これっ!」


 傘を差しだしてきた。


なるほど、確かに俺は傘を貸した。でも、それと同時に、傘立てに戻しておいてくれればいいということも伝えたはずだ。


 ところが我らがプリンセス能登あおい嬢はそれでは納得しなかったのだろう。借りた物はきちんと返す。それも手渡しで。差し出された傘は、それはそれは綺麗に畳んであった。


 凄いな。この傘がこんなに綺麗に畳まれてるのってもしかしなくても、お店に並んでた時以来じゃないの?良かったな、傘。俺みたいな適当なやつじゃなくて、能登さんに使ってもらえて。感謝するんだぞ。


「ああ、ありがとう。でも、わざわざ俺のところに持ってこなくても良かったのに」

 

 そう言いつつ。差し出された傘を受け取る。


 別に謙遜とか遠慮とかそんなつつましい気持ちは微塵もない。ただただ単純に「クラスの中で能登さんから傘を返されるなんてイベントは、要らない注目と嫉妬心を集めるから避けたい」という、当然とも言える防衛本能からくるものだ。


 でもまあ、こうやって再び能登さんと会話出来るなら悪くない。きっとここに千草がいたのなら、いらない茶々を入れて、無駄な波風を立てていたことだろう。全くとんでもない女だ。まあ、今日は?昨日からの殊勝な態度に免じて許してやらないことも無いけど?俺は寛容だからね。


 と、脳内で、千草に対して無罪の審判を下していると、能登さんが、


「あの、それで…………なんだけど」


「ん?もしかして、この傘が欲しいと?なるほど、確かにこれだけの頑丈さを持った傘であれば貴方を雨風から守るというのは難しいことではないかもしれない。しかし。しかしだ。それだけの頑丈さは同時に重量にも繋がっている。何せ七十五センチだ。そうなれば、能登さんの手が無駄に疲れることに」


 思う。


 何故こんな無意味で無駄な内容をひたすらに並べ立てたのか。


 それは、もしかしなくても、嫌な予感がしたからではないか。


 今から能登さんが、とんでもない爆弾を投じるという、嫌な予感が。


「ち、違うの!そうじゃなくて。その……暁くん、見たでしょ?」


「はて、なんのことでしょうか。ああ、確かに、あの日、傘を持たずに途方に暮れる美少女という実に絵になる光景ならば目に」


「そうじゃなくて!下着!」


 はい、死にました。今、私、暁蒼汰は死にました。クラス中のみならず学園中の男子から殺意っていうか具体的な攻撃を受ける未来が確定です。お疲れ様でした。


 思い出す。


 ラピスの言っていたことを。


 いずれ似たようなイベントが起きると。


 これ、まさかとは思うけど、避けられないのか……はぁ……

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続かない俺の未来と、終わらない青春ドラマトゥルギー 蒼風 @soufu3414

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