第三章 女神の分裂

第18話 創造の果ては 〜小百合〜

国城小百合、27歳。職業、アラサーOL。彼氏なし(なぜか私のストーカーがいるという噂を聞いたことはあるが)、趣味はネット小説を読んだり、投稿したりすることや、乙女ゲーム、少女漫画を読むことなど。

特に美人でも不細工でもなく、これと言って特徴のない、よく言えば普通、悪く言えば面白みのない女、それが私だ。



ようやく仕事を終えた私は毎日のような残業と、嫌いな上司からのパワハラ発言に、若干苛立ちを覚えながらオフィスを後にする。

終電は逃してしまったので、コンビニで何か買ってホテルにでも泊まるか。


そして、いくら仕事が忙しくなろうとも毎日更新を未だに絶ったことのない自作小説、

“聖女様はは溺愛ルートまっしぐら!”

でも更新したい。


私は自作の中で特に、この小説に思い入れがある。

何故ならこれは、初めて高評価二桁を獲得した小説なのだ。それと、知り合いに見られたらいい歳こいたOLが何やってんだ…と思う様なことだが、実はこれに度々登場する女神リリィの名は私の名前小百合にちなんでいるのだ。



私は近くのコンビニへ入り、スキンケア用品と、水と、スティックサラダとおにぎり二つ、デザート用の果実入りゼリー、レジ前で売っているレモン風味のチキンナゲットを買ってきた。


ついさっきまでレジ前の保温器に入っていた、あつあつのレモン風味ナゲットの匂いが私の食欲をそそる。

私の大好物だ。


社会人になって以来、24時間営業のこのコンビニにはずっとお世話になっている。


こんな時間に毎日食事をしていたら太ってしまいそうだ。

食事というほどの食事ではないけれど。 


あつあつのナゲットがあまりにも美味しそうなので、私はつい一つだけつまみ食いする。

美味い。


この辺りで深夜までチェックイン可能なビジネスホテルは、看板だけが無駄に綺麗な、他は全体的にボロボロの、古臭いくはあるがそこそこ大きめの建物だった。


私はチェックインを済ませ、夕食を食べる。

そういえば、今朝テレビで報道されていたが、3日前くらいにストーカーに殺害された人がいたらしい。一応、私も気をつけないといけない。


私は冷めたナゲットとおにぎりを交互に食べながら小説を執筆し始める。

主人公である聖女ソフィアと女神リリィが現実世界で出会うシーンだ。


そうしていると、急にドアが開けられた。多分ホテルの従業員の方だろうがこんな深夜になんだろう。


私は何の躊躇いもなくドアに近づく。


だが、そこに入ってきたのは知らない男だった。


しまった、オートロックだと思って施錠していなかった。

不法侵入者だ。


男は私に近づき、質問してくる。


「国城さぁん、俺のことさあ覚えてる?」


私は記憶をフル回転させるが分からない。


「まぁそれもそうだよねえ?高校時代の同級生。昔、話しかけてきてくれたよなあ?」


焦点の合わない目で彼はこちらを見る。


「ラブレターで何回も告白したよなあ?」


そういえば高校時代は大量のラブレターが私の下駄箱を埋め尽くす、という珍事件があったな。

家が厳しく、高校卒業までは彼氏を作るなと言われていたから断りの手紙を下駄箱に詰めておいたけど。


「全部、振りやがって!!俺の努力を無駄にしやがってェ!!!」


彼はそう叫ぶと、後ろに隠していた右手に持つ包丁を私の方に振り回してくる。


殺される、と思った私は意外と冷静だった。


多分、今刺された。

刺された所が異様な熱を帯びる。

だんだん遠のいていく意識の中で、ぼんやりと落ちたスマホの画面が見える。


別に殺されても未練はない。

痛いのは嫌だけれど。

ただ、一つ思ったのは小説をちゃんと完結させたかったな…ということだ。



✳︎ ✳︎ ✳︎



『なら貴女自身でその物語を完結させて』


少女の声が聞こえてくる。


目を開けると、真っ暗な空間の中に、顎くらいまでのウェーブがかった白髪の、7歳くらいの幼稚園児か小学校低学年かくらいの幼い少女…幼女が立っていた。


声の主としてはそぐわない年齢だが、リリィだと考えれば何ら問題はない。


「どういうこと?」

『この世界——私が、いいえ、実質としては貴女がだけれど創造したこの“リリィ・シャッフェン”という世界に異常が起きると私にも影響がでる』

「はい?」


彼女は悲しげに目を伏せ、俯いて答えた。

これはリリィの癖だ。 


『今がその時なの…このままでは私は消滅する、そうするとリリィ・シャッフェンは滅びの道を歩むことになるわ…お願い、私に憑依して』

「 …… 」


理解が追いつかない、うん。


『もう時間ね…小百合、ごめんなさい…勝手な願いを許して…』


消えた。


先程までの黒い空間が消え去り、私はよく見知ったはずの見知らぬ世界にいた。

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