第14話 幻影のようなもの

リヒトヒルズはその名の通り丘の上の地だ。

そのため見晴らしがいい。


深夜、中々眠れずにその景色を愉しんでいると、後ろからシルヴェスターに声をかけられた。


「怪我、大丈夫か?」

「お陰様で」


正直、痛まないわけではない。だが、ここで正直に答えたとしても心配されるだけだろうし、得することも何もない。


「…昔俺さ、ギルド入ってたんだよ。親友と。そりゃあ楽しかったぜ」

「良いわね」

「だがな、殺されたんだ。親友が」


私はショックで言葉に詰まった。

それでも彼は続ける。絞り出すように。


「そっから言葉遣いをソイツっぽく変えてみたりとかしてたんだけどさ、やっぱ俺ん中でソイツの存在は大きかったって感じてる…」


私はただ頷くことしかできない。


「自分語りばっかしたわ、悪い。あ、この話アイツには言うなよ?エステルには」

「ええ、絶対言わないわ」


私たち二人はただ黙って空を見上げた。

ここは中心部とは違って満天の星が見える。


この星の中に彼の親友は生きているのだろう。



『正直お姉様にはしっかりとお亡くなりになって頂きたかったです』


なぜか頭の中にエルーナの残酷な一言が蘇る。

彼女が今の私を見たらどう思うだろうか。


表面だけでも心配してくれるか、怪我をしていることを喜ぶか。あるいは優しい仲間たちに囲まれている私に嫉妬心を燃やすか。何も思わない可能性もある。


私のこんな幸せな日常もあっけなく崩れてしまうのかもしれない。


「私はそろそろ寝るわ、おやすみなさい」

「親友としてアイツのこと、大切にしてやってくれ」


今の彼はきっと、亡き親友のことを想っているのだろう。

せめて私に今できることは、彼ら二人きりの空間を作ることだ。


私はその場をそっと離れた。

馬車が動かなくなっているので、寝床については敢えて言及しないでおく。



✳︎ ✳︎ ✳︎



『ソフィア、石板は読んでくれたでしょう?』


緩いウェーブがかかった顎までの長さの白髪はくはつの儚げな少女が夢の中で尋ねてくる。


この世界の創造主であり女神のリリィ様だ。


「ええ、読ませて頂きましたわ」

『ありがとう、それで…この世界を乱す子がいるみたいね。悲しいわ。あなたにはその子の説得をしてもらいたいの』


彼女は銀色の吸い込まれそうな瞳を伏し目がちにし、柳眉を垂らして悲しげな表情をつくる。

流石女神だ。

私の語彙力では言い表せないほど美しい。


その瞬間、女神の体躯を何か電撃のようなものが襲う。

彼女は苦悶の声を上げ、息を荒くし倒れ込みながら言う。


『お願いね、それが終わったら貴女に逢いに行くわ…で行けると良いのだけれど…』



✳︎ ✳︎ ✳︎



朝だ。

皆んなはもう起きていたようだ、寝坊した。

いや、ボロボロさんも向こうから目を擦りながらやってくる。私だけではない(と思いたい)はずだ。


「皆んなもう起きてたんだ〜…あっ!」


寝ぼけていたのか、彼は謎の柱(のようなもの)に額から思いっきり衝突した。

そして仰向けに倒れる。

多分、すぐ起きるはずだ。

私は一旦素通りする。


少しして心配になって、しばらく様子を見てみるが、一向に起きる気配は無い。


「大丈夫!?」


近づいてみると、彼は目を瞑ったまま倒れていた。

返事はない。


彼の、ボロボロの衣服にそぐわずしっかり手入れされた前髪をどけ、怪我はないか調べる。衝突したと思われる場所は少し赤くなっていたが、先程のぶつかり方を見た限りでは、よほど当たりどころが悪くない限り気絶をするまでではないはずだ。


仕方ない、ここは聖女の力を使うしかないか。

———駄目だ、使えない。


夢に出てきた女神リリィ様を襲った電撃のようなものが何か関係しているのだろうか。


「この地面、寝心地はまあまあだね」

「どういう心理よ…」


私の頭の中が一瞬、クエスチョンマークで埋め尽くされた。


先程まで気絶していたはずの彼がいきなり話しかけてきたのと、“地面の寝心地を評価する”という、謎発言をしてきたからだ。


何はともあれ、とりあえず一件落着だ。

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