第8話 強く儚き乙女の心

湯浴みと夕食を終え、気分転換に庭園の噴水前に来てみると、誰かの気配がした。


邪魔にならないようにそっと近づいていくと、素振りする剣が見えた。

ロレンツォ様だろうか。

見事な剣裁きだ。

私は思わず拍手する。 


「ソフィア嬢!?人の敷地内で申し訳ない」

「気にしなくていいわ、いいものを見させていただいたもの。暫く見せていただいてもいいかしら」

「それは構わないが…俺なんかのでいいのか?」


私は近くにある小さなベンチに腰掛ける。


微かに吹いている夜風は心地よい。

だが彼の言葉が私の心に引っかかるナニカを遺したせいで素直に感じられない。

———言い掛かりだが。


元々無口な彼と二人きりだ。

沈黙する空気の中に彼の剣を振るう音と荒い呼吸いきだけが響く。

それが余計に私の心を掻き立てるのだ。


知りたい。

その正体を。


(人の興味を唆らせてるんじゃないわよ…)


動揺しかける自分に対してため息を吐いたその時、ロレンツォ様の荒い呼吸が激しくなり、倒れ込みそうになるのが見えた。


「人に迷惑までかけて…!!自分のことも守れないのに何が騎士様ですって?」


軽く悪態を吐きながら私は彼に肩を貸しに行き、ベンチまで誘導する。


恐らく脱水症状で間違いないだろう。

幸いここは噴水前なので私はみずを汲みに行く。

先代が噴水の水を飲めるように整備していたおかげで飲んでも問題ないはずだ。

私も幼い頃、エステルと遊ぶ時に疲れるとここに水を飲みに来ていた。


コップがないので手で水を掬うしかない。

相手が潔癖なら災難だが、今はそれを気にしている場合ではない。


私は水を一掬いすると、ロレンツォ様に飲ませた。

あと数往復して聖女の力で癒せばすぐに復活するだろう。


「全く、心配かけてるんじゃないわよ…このひ弱騎士」


素直に心配できればいいのに、と人生のうちで何回思ったことだろう。


エルーナに恨まれたのはこの性格もあったのだろうか。


私の膝枕で死んだように眠る彼を見つめながら私は嘆いた。


エルーナが幼い頃に体調を崩した時もこうだった。

その時は何の憂いもなくただ純粋に生きていたが。

エルーナにとって私とはどういう存在であったのだろうか。



彼がこのまま目を覚まさなかったら…という嫌な想像が浮かんでくる。

出会って一日しか経っていないくせに、と嘲笑する人もいるかもしれないが、自然と涙が溢れてくる。


ここで目を覚まされたら嫌。

矛盾した、己の穢れた願いに一層嫌悪する。

本当は弱いくせに…



ロレンツォ様が微かに動いたような気がした。

私は慌てて顔を隠す。


「俺は何を…ソフィア嬢?何故泣いているのだ?」

「…貴方のせいよ!!心配してあげた私に感謝なさい!…それに泣いてるわけじゃないわよ、涙が出てるだけ。ただの欠伸よ」



もう自分でも何を言っているのかわからない。


「助けてくれたのか?」

「別に…興味もない男を助けるわけないわ。勘違いしないでちょうだい」


もう完全に私の語彙力は失われている。

素直に無事を喜びたいだけなのに。


魔力をかなり消耗したので今度は私がよろめく番だった。

恥ずかしい。


すると、ロレンツォ様によって私の体躯は地面を離れることとなった。

単語は出さないが。


「なっ!?ちょっと!!自分も危ないくせに何を!?レディを扱うには万全の体の時になさい!この無礼者!」


捲し立てた私に困惑したロレンツォ様が動揺気味に口を開く。


「兄貴によると女性が危篤の時はこうすれば良いと聞いたのだが…」

「危篤じゃないわよ、危ないから下ろしてちょうだい」

「倒れ込んではいけないからな。ここは俺に任せろ」


これでは私が駄々を捏ねる子どもみたいだ。

それも癪なので私は仕方なく従うことにした。

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