第36話 少女たちは失われた四季に咲く③
「これからどうするの?」
朝ご飯という名の袋菓子を瞬く間に消化した僕らは、昨夜と同じ配置で再び円陣を組んだ。最初に口を開いたのは、萩原アカネだった。
「どうするって、言われても……」
目的があってシティを飛び出してきたわけではない。椿カナデは口籠もった。
百合野トオルが腕を組んで、一同を見回す。
「何か行きたいところとか」
「行きたいところかぁ……」
僕は考えた。考えて、何も思い浮かばなかった。
それもそうだ。僕らは〈果て〉の向こうに〈外〉があることは知っているが、知っているだけでそこに何があるのかは知らない。観光マップにも何も載っていないし、案内板もない。
うーんと全員が考え込む中、「あっ!」と閃きの声を上げたのは夜桜カレンだった。
「はいはい、はい! カレンちゃん、海が見たいです!」
『海ぃ?』
挙手した手を更に上に何度も伸ばし、提言する。僕以外の三人の声が重なった。
真っ先に訝しげな目を向けたは百合野トオルだった。
「海って、あの? 塩水がいっぱいある?」
「ですです」
「確かに僕らのシティは海に近い方だと思うけど……」
はたして行けるんだろうか。そう思う僕の斜め向かいで、「ちょっと待って」と萩原アカネが鞄から一冊のボロボロの冊子を取り出す。おぉ、と感心と驚きのどよめきが起こった。
その表紙には『地図』と書かれていた。
「今見る。カナデ、手伝って。こういうの得意でしょ」
「さすがアカネ、抜け目ないわね。アナログなら任せなさい」
「五十年前のだけどね。親父の古い防災リュックに入ってたから持ってきただけだし」
そう言って二人は身を寄せ、顔を寄せ合いながら、最早骨董品である地図のページを捲っていく。
――海ってどの辺り?
――まずは現在地よ。
――道、残ってるかな。
――幹線道路はさすがに歩けるんじゃない? ほらここ、国道って書いてあるわ。
――あ、近くに水族館あるじゃん。
僕ら三人はその様子を、特に夜桜カレンはわくわくと目を輝かせながら見守った。心なしか、百合野トオルの表情もいつもより楽しげだった。
思いつきは、みるみるうちに計画になった。
僕らはまず、〈外〉に繋がる場所を探すことにした。
鳥ならともかく、陸上を歩く野生動物が内部にいるということは、どこかに侵入する隙間があるということ。まずはそれを探す。セントラルと違い、住宅機能が集約されたサブシェルターは、直径三㎞未満のこじんまりした作りだ。最大直径でも、外周は約十㎞。人間の速度が時速三㎞だとして、単純計算で三時間歩いた距離。五人で手分けしてしらみつぶしに探せば、半日以内には何かしら見つかるだろう。
その目算は当たり、探索開始から三時間を過ぎた頃、僕らはシェルターの北側に、コンクリートの壁が大きく崩落している箇所を見つけた。第一発見者は、百合野トオルだった。
「こっちだ! 獣が通った跡がある!」
よく通る彼女の声を受けて、僕らは急いで集合する。陽が昇るにつれ急速に気温は急上昇し、僕らは防寒具を脱ぐどころかシャツ一枚になっていた。
そこは地震でもあったのか、それとも元は小さな穴だったのが風雨に徐々に削られていったのか。原因は不明だが、確かに大穴が開いていた。背の高い草が生い茂り、その真ん中に動物が何度も通ってできた道がある。いわゆる獣道というやつだろう。
百合野トオルは崩れ落ちた壁の向こうに立って、呆然と外を見ていた。
そうして僕らもまた壁に開いた大穴をくぐり抜け、言葉を失った。
一面の碧と、青だった。
青々とした緑の生い茂る大地が、地平線の彼方まで広がっていた。その鮮烈な緑の中に、欠けたビルや折れた鉄塔が点々と姿を覗かせている。西には、南北に延びる高架が見えた。あとで知ったのだが、そこはかつて『高速道路』と呼ばれる道だったそうだ。
そして――頭上。
雲一つない青空が、僕らを見下ろしていた。
シミ一つない青色。遮る物など何一つない青色。終わりのない青色。
遠近感が狂いそうになるほどの青が、そこに在った。
風が吹く。初めて浴びる作り物じゃない風は、昨夜降った雨のせいか肌に纏わり付くような生温さを帯びていた。
けれど、心地よい風だった。
髪を攫って、汗を乾かして、言の葉を奪って、どこかへ去って行く。
世界の〈果て〉の出口に立って、僕らは思う。
僕らの〈果て〉はまだ続いている。
僕らの世界に、終わりなどないのだと。
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