第11話 百合野トオルは夏に燃ゆ①

 百合野トオルは、二週間の自宅謹慎処分となったらしい。らしいというのは、相も変わらず僕がそれを人づてに聞いたからだ。


 夜桜カレンが不登校になった一件があったからか、百合野トオルのことは、そんな話がひっそりと流れたぐらいで、あまり騒ぎ立てられなかった。

 僕ら生徒は変わらず学校に来て、用意された講義動画を眺める。


 人口の減少による教師不足と、教師の能力差による学習格差をなくすため全公立高校一律で導入されたというこの授業形態が、狙い通りの結果を生んだのかは分からない。ただ、二十一世紀前半に騒がれていたという教師の労働環境問題は解決したという。今では教師は生徒の監督者兼指導役として生徒を管理し、諸々の相談に乗り、時折授業で分からないことがあれば個別に対応する。それが主な仕事だ。昔は部活動の指導も教師の仕事だったのだというから驚きだ。


 技術の進歩とデジタル化の普及は、世界を豊かにし、効率化する。それは、教育も例外ではない。

 まるで歯車の生産レーンのようだ。いつだって僕は、そう思う。



   *



 放課後。校舎の外に出ると、いつもと変わらぬ生ぬるい空気が肌に纏わり付いた。

〈外〉の世界では、昼は優に四十℃を越え、冷え込む夜は当たり前のように氷点下になるという、そんな〈外〉と違って、シェルター内は常に人間が過ごしやすい気温二十℃、湿度五十%前後に保たれている。しかしそんな快適な環境に反対する人も少なくないらしい。


 夏は暑く、冬は寒いものだ、と。シェルター生まれシェルター育ちの僕らの世代から言わせれば非効率的だが、古くから共に歩んできたその自然の摂理を、未だ捨てきれない人は多い。

 確かに、季節を重んじるその思想に情緒は感じる。けれどそう思う反面、季節を再現してももう『季節』は戻ってこないのではないかと僕は思う


 シェルターができて、閉じ込められた落葉樹は身体を壊したかのように、次々と枯れていった。残った常緑樹たちも、花を咲かすことはなくなり、深緑は芽吹かなくなった。

 学校脇の街路には、今も空気を清浄にするというツツジがずらりと植えられているが、僕はその花を見たことがない。


 植物たちはただ息をして、ただ生き長らえているかのように隆盛の時期を忘れてしまった。彼らに季節を思い出させることは、はたして人の手で可能なのだろうか。


 そんなことを考えながら僕は歩き出し、ほどなくして校門付近がざわついていることに気付いた。

 何か騒ぎが起こっているわけではない。ただ通り過ぎる生徒が一様に何かを見て、驚いた素振りを見せている。


 その理由はすぐに分かった。

 いつもと変わらぬ歩調で校門を出ようとした僕は、一人の女子生徒が校門の塀に寄り掛かっているのを見つけた。


 皆が振り返る理由も納得だった。長身で金髪の彼女は目立つ。それでなくても彼女は有名人で、今は密かに話題の人物だ。

 そんな彼女が僕を見つけて目の色を変える。半袖のパーカーにショートパンツ姿の彼女は僕の進路の前に立ち塞がると、相も変わらず衆目を気にせずに言った。


「ツラ、ちょっと貸してよ」


 それは、いつか聞いたのと同じ台詞だった。

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