第6話 恋するカレン②
夜桜カレンとの邂逅は偶然にも数を重ね、そうして五月も半ばにさしかかった頃、彼女はふと尋ねてきた。
「どうしてキミはカレンちゃんのことが好きじゃないのですか?」
いつものように、放課後の体育館裏。ゴミ出しの最中だった。けれど以前と違うのは、夜桜カレンの告白シーンに遭遇したわけではないということだ。彼女は度々、僕を待ち伏せするようになっていた。
「それは恋愛的な意味で?」
「恋愛的な意味でです」
彼女は階段に腰掛け、唇をへの字にして首を傾げていた。腕を組んで人差し指を頬に当てる様子は、どことなく謎を解く探偵のような雰囲気を漂わせる。怒っているというよりは、純粋に疑問に思った。そんな様子だった。
「……どうして、か」
考えるように僕はその言葉を反芻する。その問いは前にも聞かれた。
「その言い方だと、まるで自分が好かれるのが当然みたいに言っているように聞こえる」
「当然なのです。だってカレンちゃんは、世界で一番可愛いのですから」
エッヘン。両手を腰に当て、胸を張る。
僕はそんな彼女の前を素通りして、ゴミ置き場に向かった。戻ってくると彼女は行く前と同じふんぞり返ったポーズのままで、戻ってきた僕に気付いてようやくポーズを説いた。
「……むう。無視しましたね」
「先に用を済ませてきただけだよ」
不満げな目が僕を見る。僕が戻ってこなかったら、彼女はずっとあのポーズでいたのだろうか。
「なんですか、その呆れたような顔は。さすがにカレンちゃんも傷つきます。誰だって世界で一番可愛いのは自分に決まってるじゃないですか」
それはそうだ。
「まぁそれを差し置いても、カレンちゃんはお母さんに世界一可愛く産んでもらったのですが」
両手を合わせて、夢見る乙女のように身体をくねらせる。
その自信満々な発言はどうかと思うが、自分の見目に対して奢らず卑下せず、周囲の評価を正しく認識出来ているのは尊敬できる。
「キミはカレンちゃんが可愛くないですか?」
僕は答えに詰まって、用具倉庫の壁に背をあずけて座った。対面の少し高い位置に、彼女が見えた。
「可愛いとは思うけど、恋とかよく分からないから」
紛う事なき本音だった。
「キミは恋をしたことがないのですか?」
「あるように見える?」
「いいえ」
夜桜カレンは首を振る。だったら聞かなくてもいいじゃないかと思わず言いそうになる。
僕は恋をしたことがない。恋というものが分からない。どんな風に他人を好きになるのか、それが家族に向けるものとどう違うのか、僕は理解できていない。まだ知らないだけなのか、それともずっと知らないままなのか、それも分からない。
でも、積極的に理解したいとも思わない。
「したことないし、したいとも思わないよ」
そんな僕の回答に、夜桜カレンはご立腹だった。
「もう、そんなんじゃ恋なんてできないですよっ」
「いいよ別に。恋なんてしなくても生きていけるし」
ぞんざいに言い放った僕に、彼女は頬を膨らませる。
「恋は人生をキラキラ輝かせるんですよ?」
そう言われても、経験のない僕には肯定も否定もしようがない。人生をキラキラ輝かせたいとも思わなかった。
「逆に聞くけど、そんなに恋愛をいいものだと思うのなら、君はどうして誰とも付き合わないの?」
この学校に入学して以来、彼女が告白されたという噂は絶えないが、誰かがOKを貰ったという噂はない。夜桜カレンは、向かい来る男子を日夜すげなくあしらい続けている。
「好きじゃないからです」
一刀両断だった。
「付き合ってみればいいのに」
「好きになる気もないのに付き合うのは失礼ではないですか? それは相手を弄ぶのと一緒です」
彼女はいたく真剣だった。
そうなのかなぁと僕は思ってしまう。よく分からないというのが正直なところだった。以前、彼女に告白していた男子生徒が『付き合ってから好きになることだってある』と言っていたことを思い出す。
「それは興味がないから?」
「そうです。キミがカレンちゃんのことを『好きでも嫌いでもない』と言っていたのが気になって、どういうことなのか調べてみたのです。昔から、『好きの反対は無関心』というらしいと知りました」
どうやら彼女は、意外と勉強熱心らしい。あるいは好奇心が旺盛なのか。
ともあれ、余計なことを言ってしまったなと今更ながらに僕は思う。
僕のあの返しがなければ、彼女はあんな無体な断り方をしなかっただろうし、告白主に殴られそうになることもなかったということだ。
「カレンちゃんも同じです。好きでもないけれど、嫌いでもない人はたくさんいるのです。そんな人から『付き合って欲しい』と言われても困ってしまうのです。えぇと……『好きでもない人からの好意ほど迷惑なものはない』とも、世の中では言うようです」
どこで調べて何を見たかは知らないが、随分と辛辣な言い方だった。世の女性は怖いなと思う。僕には無縁の話だが。
「つまり、カレンちゃんは興味もない相手から、一方的に『付き合って欲しい』『好きになって欲しい』と要求を押しつけられているのです。キミはそんな相手と特別な関係になりたいと思いますか?」
僕は答えなかった。
答えないのが分かっていたのだろう。彼女は予想通り、といった様子で、歯を見せてにししと笑う。
「好きな人と素敵な恋をして、結婚して、幸せな家庭を築くのがカレンちゃんの夢なのです」
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