第六話 unexpected ②

 本部を出て、第六支部に戻る頃にはもう太陽は傾きかけていた。冬ということもあり、これくらいの時刻になると途端に肌寒さが増す。

「初めての大きい任務の前くらい、少しは休息も必要だよ」

という支部長の言葉に甘えて、僕はこの日、午後の半日休暇をもらっていた。少しでも早く成長しなければと思っていたため、ここで緊張の糸を切るようなことをするのもどうかと躊躇したが、たしかに切羽詰まって視野狭窄に陥る方が危険だと判断したのだ。しかし、休暇をもらったとはいえ、なにかしら事件が発生した際には駆けつけなければならないため、息を抜きすぎるのも良くないだろう。


 あとから聞いた話だが、今回の合同任務には支部長は参加しないらしい。これだけ重要な任務なので、流石に今回に関してはサボりというわけではないだろう。

 僕は支部長の任務中の姿や能力について未だまったく知らなかったので、今回もそれが見られないのは少し残念に思った。

 しかし、そこではたと、だからこそ本部指折りの精鋭が派遣されたのかもしれないなと気がつく。そうであれば、支部長はかなりの実力者ということになるだろう。

 そこまで考えて、僕は普段の支部長の勤務態度について思い返す。普段の自堕落な支部長と、今しがたの推測における彼はあまりにもミスマッチで、やはりそんなことはないだろう、と考えを改めた。



 休暇をもらったといえど、特にすることもない僕はあてもなく街を歩いていた。

 すると不思議と、いつのまにか自分が過去のアルバイト先の飲食店近くまで来ていることに気がつく。

 過去の習慣がまだ残っているのだろうか、と驚きつつ、そういえばアルバイトをやめた日も今日のように街をさまよい歩いていたのだったな、と記憶がよみがえる。

 数十メートル先にある店の外観は、当たり前だが、僕が勤めていた当時と変わりなく懐かしさを感じる。

せっかく近くまで来たのだから、店長に挨拶くらいはしていこうか。今日はサツキ先輩はいるだろうか、などと思っていると、店の入り口にいる二人の人物に気がつく。まぎれもない、店長とサツキ先輩だった。


 僕は二人にバレないように静かに近付く。ぼやけていた二人の姿が克明になっていく。僕は、はっと息を呑んだ。

サツキ先輩は車椅子に座っていた。それも、右足をなくして。

僕は思わず身を翻し、細い路地に身を隠す。そして、『あの日』の記憶がフラッシュバックする。最悪の想定が頭の中を渦巻く。冷や汗が吹き出し、手足の先が痺れてくるのを感じる。

確かめたくないけど、確かめなくちゃいけない。

そう思い、僕は暗い路地裏を通り、その場から去った。




 ほこり臭い倉庫の中を、同じような見た目のスチルラックが埋め尽くしている。そこにぎっしりと収納されているのは、これまでエウダイモニアが調査、解決してきた事件の詳細が記されたファイルたちだ。こちらもまったく見た目が同じ背幅の狭いファイルがずらっと並んでいるので、識別のために貼られた番号がなければ、どのファイルがどの事件のものなのか一見ではわからない。

他の支部のスペースと比べ、第六支部の調査資料が保管されているラックは明らかに小さかった。これだけで、第六支部の事件の少なさを実感する。

「……あった。これだ……」


その中の一つ、とある事件のファイルを手に取る。震える手でそれを開く。

『11月10日17時06分 六ツ森町イ2137番地の住宅街にて発生。目撃者の証言及び、現場検証から二人の哲学者によって引き起こされたものだと判明。哲学者Aは現場から逃走、哲学者Bの身柄はアダム・スミス、ハンナ・アーレント両名の手により確保された。また、事件当時現場近くにいた女性Cを保護。女性は右足を切断されており、鑑識の結果、哲学者Bによるものと確定。この女性Cについては別途……』

 僕はそこまで読んで、手に持っていたファイルを床に落とした。


 先輩から右足を奪ったのは、僕だ。

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無神世界のフィロソフィア ~一度は人生を諦めた僕が哲学者たちの異能力バトルに巻き込まれた話~ 伊藤智イ @itomoi222

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