第六話 unexpected ①
哲学者、それは人間でありながら人ならざる超常的な力を持つ者達の総称。ある者はその力を私利私欲のために使い、社会に仇なす存在となる。
僕たちはそんな悪しき哲学者、デルニエたちを取り締まる組織、エウダイモニアの一員だ。
「伊瀬! そっち行ったよ!」
「了解!」
アダムの合図とともに、先ほど傷害事件を起こした男のデルニエが路地裏に姿を見せる。
「くそっ!」
男は鋭い刃物のようになった腕を振り回しながら、僕の方へ直進してくる。
僕は一瞬呼吸を止め、引いた弓の照準を定める。放たれた銀の矢は男の右胸を貫き、勢いのまま男を吹き飛ばした。
男が意識を失っているのを確認してから、僕はふぅ、と息を吐く。
「デルニエの無力化に成功」
「オーケー。おつかれ」
アダムからのねぎらいの声が聞こえる。
哲学者の能力は多岐にわたる。自らの身体機能を大幅に向上させる力、エネルギーを具現化して意のままに操る力、他者に干渉して行動を制限したり隷属させる力などがその代表だ。
「哲学者の能力ってのはね、言うなれば、人知の及びうる範囲ならなんでもできるって思っておいた方が良い」
とは支部長の言葉だ。どんな能力を持っているかわからない敵と相対するときには、それだけ慎重に立ち回れ、ということだろう。
僕がユーバーとなってから一ヶ月が経った。それまでの訓練と幾度かの実践によって、僕は自身の能力の全貌を理解しつつある。
僕の能力は『レイオブホープ』。光り輝くエネルギー弾を矢のように鋭い形状にして飛ばすことができる。また、銀色に光り輝く弓矢を具現化することができ、この銀の矢はいかなる哲学者の能力も無効化することができるという性質を持つ。また、この矢が哲学者にあたると気絶状態に陥るか、一定時間能力を行使することができなくなる。
しかし、前者はほぼ無制限に発射することができるのに対し、後者は数時間に一本しか生成できず、哲学者及び哲学者の能力以外には一切干渉せずすり抜けてしまう上、実際に弓を射る時間とスペースが必要である。
そのため、基本的には前者で立ち回り、後者は最終手段や決定打として用いるようにしている。
「だいぶサマになってきたんじゃない?」
アダムが言う。
「だと良いんだけど」
僕が所属する第六支部は、他の支部の管轄よりもデルニエによる事案が少なく、自分がどれだけ成長できているのか実感しづらい。そのため、今の言葉は謙遜ではなく不安の表れだった。
「ちゃっちゃと現場処理終わらせよ」
「そうだね。遅れるわけにはいかないし」
任務を終わらせた後、僕たちがやってきたのはエウダイモニア本部にある、とある会議室だった。既に数人が着席していて、その中にハンナと九鬼さんもいる。
そう、今日は僕にとって初めてとなる合同任務の会議があるのだ。今までともに活動してきた第六支部のメンバーだけでなく、初めて顔を合わせるような人も多く、思わず背筋を正す。
「予定よりも少し早いですが、全員そろったようですし始めましょうか」
そう言って、一人の男性がホワイトボードの前に立つ。今回の作戦の指揮を執る大森指揮官だ。
「今回の任務の捕獲対象となっているデルニエは、哲学者『マズロー』。世界統一者を名乗る宗教家です」
ホワイトボード上に当該のデルニエの写真が貼り出される。シルクハットにスーツを着た痩せこけた男性だ。
「彼が教祖を務める『自己実現党』は八年前に設立された宗教団体ですが、近年、複数の信者の関係者が不審死するという事例が頻発しています。また、同時期に教団に不審な金の動きが見られ、それも合わせて特捜部が調査にあたっていました」
僕は手元の資料に目を通す。そこには一年にも及ぶ調査の内容が事細かに記載されていた。
「調査の結果、マズローが、一般人を強制的に哲学者に目覚めさせるドラッグの開発を行っていること、そして第六支部にその工場兼研究所を別人の名義で保有していることが明らかになりました。第六支部の皆さんが任務に合流していただくことになったのはそのためです」
資料には、『警戒度・辛』という記載がある。
エウダイモニアはそれぞれのデルニエが社会に及ぼしうる推定被害や、現状確認されている実害をもとに、『己・庚・辛・壬・癸』という五段階の警戒度を設定する。今回の『警戒度・辛』の基準はたしか、『複数の支部の協力を持って対処にあたるべき対象』だったはずなので、基準通りの戦力で任務に当たることになる。
「最重要目標はマズローの捕獲・討伐としていますが、当デルニエは多くの情報を抱えているとみられているため、捕獲がより好ましいです。また、今回の任務は第五支部の管轄地域にある教団の本拠地と、第六支部の管轄地域にある工場を同時に強制捜査することになります。どちらにも信者や従業員など、デルニエではない一般人がいる可能性は十分ありますので、その点にはご留意を」
一時間程度の会議が終わると、ハンナがこちらに話しかけてきた。
「まさかアンタとタッグ組まされるとはね」
そう、会議の結果、僕とハンナは工場での任務にあたることになった。アダムと九鬼さんは教団本拠地での任務となり、別働隊となる。
「足引っ張らないでよね」
「尽力します……。はは……」
こういうときくらい、頼りがいのある返答をするべきなのだろうなとは思うが、それができないところに自分の弱さを実感する。
「あの~」
そんな僕達のもとに、二人の女性が声を掛けてきた。一人は眼鏡をかけ、そばかすのある覇気のない女性、もう一人は背が低く大人しい、人形のような少女だった。
「工場班の人っすよね? 私は本部所属のジル・ドゥルーズっす。今回はお世話になるっす~。で、こっちは……」
「キルケゴールって言います……。よろしく」
「あ、ご丁寧にどうも。第六支部所属の伊瀬ヤマトと申します」
「第六支部所属のハンナ・アーレントです。宜しくお願い致します」
「アハハ、そんなかしこまらなくて大丈夫っすよ。そんじゃ、当日もよろしくっす」
そう言ってジル・ドゥルーズと名乗った女性は会議室を出ていく。キルケゴールと名乗った彼女も、僕たちにぺこりと頭を下げて、その後をついていった。
「今の人たちは?」
二人の姿が見えなくなったところで僕はハンナに尋ねる。
「はぁ? アンタ本部の人の名前くらいいい加減覚えなさいよね」
まったく、とため息をついてハンナは説明を始める。
「本部のある地域がデルニエによる被害や事件がほとんどないのは知ってるわよね?」
「あぁ」
「だから、本部に所属するユーバーは他支部の増援に向かったり、いくつかの支部の管轄をまたぐような大きな事件なんかの捜査をすることが多いわけ。今回のマズロー特捜部もそれね」
「なるほど」
「で、ドゥルーズ部隊は二人しかいないにもかかわらず、現状エウダイモニアで最も功績を収めてる部隊よ。ジルさん自身も、個人として乙級のユーバーに任命されてる」
「お、乙級……?」
「はぁ? アンタそれも知らないわけ?」
ハンナはこめかみを押さえて大げさに呆れた表情をする。
「ユーバーは主にその功績に準じて、『甲・乙・丙・丁・戊』の階級に分けられるの。現状、甲級は総司令の一人のみ、乙級に認定されているのは四人だけね。昇級を拒む人もいるから、必ずしも階級通りとはいかないけど」
「そ、そんなにすごい人だったのか……」
後輩口調や、やわらかな雰囲気からは想像もつかなかった。そう考えると、あのキルケゴールという少女も見た目にそぐわずかなりの実力者だということだろう。
「それだけエウダイモニア肝いりの任務ってこと。ミスは許されないわよ」
ハンナはじとっと僕を見つめる。
「銘じておくよ……、肝に……」
僕は正直、今回の任務が僕にとって大きな転換点になると思っている。初めての大きな任務で役割をまっとうすることができれば、きっと得るものも大きいはずだ。
僕は自分の心臓が早くなるのを感じる。今から緊張してどうする、と苦笑しつつ、僕は両頬を両手で挟み込むように叩き、自分に活を入れた。
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