第五話 艶やかなる ①
僕が第六支部に配属されてから一週間が経った。その間に第六支部の管轄地域ではこれと言って事件は起きず、僕のやったことと言えば道に迷った老人を目的地まで送り届けたことくらいだ。
アダムから聞いてはいたが、事件の少なさは想像以上だった。これなら確かに、縠潰しと思われても仕方ないかもしれない、と一瞬認めてしまいそうになるほどだ。
そんな僕も今日は能力の扱い方を学ぶために、本部のトレーニングルームで訓練を積んでいた。未だ、あの光の矢を思い通りに出すことはできないが、身体の使い方は徐々に慣れてきたところだ。
きりの良いところでトレーニングルームを後にすると、ちょうど、向かいのトレーニングルームに入ろうとするハンナを見かける。彼女はいつものスーツ姿ではなく、動きやすいトレーニングウェアを着ていて、整った身体のラインと引き締まった筋肉が強調されている。
彼女もこちらに気がついたようだったが、素知らぬ顔で扉を閉めた。
ハンナが第六支部にいるところはほとんど見かけていなかったため、もしや毎日のように本部でトレーニングをしているのだろうか。ほとんど支部を根城にしているアダムとは対照的だな、などと考えていると、前を歩く人の背中にぶつかる。
「すみません……、って、もしかして、九鬼さん……?」
「おや、新人くんじゃないか」
「不注意ですみません……。改めまして、第六支部に配属されました伊瀬ヤマトです」
「あぁ、そんなに堅苦しくしなくて良いよ」
九鬼さんはひらひらと手を振りながら笑う。九鬼さんとは、支部長に仕掛けられた入隊試験の際に少し会話をして以来の再開だ。
羽織に雪駄という和装の出で立ちで、比較的背が高いことや、首元がはだけていること、低い声なども相まって、色っぽく感じる。
「自主トレしてたの? 精進深いね」
「えぇ、皆さんの足を引っ張るわけにも行かないので。九鬼さんはなにを?」
「ん? 俺もそんなところかな」
あからさまな嘘をつく彼は、やはり支部長と同じタイプの人間なのだろうと察しがつく。
「どうだい? うちのメンバーになってみて。もう皆とは顔は会わせた?」
「えぇ、ハンナとアダムとは」
「どう思った?」
「……個性的な方々だな、と」
「ははは、正直で良いね」
九鬼さんは高らかに笑う。
「あれでいて、悪い奴らではないからさ。仲良くなれるとは思うよ」
「えぇ、もちろん。わかってます。でも、あまりに平和すぎて逆に心配になってきます」
僕は苦笑いする。
「喜ばしいことじゃないか。俺たちが働かないで済むのが一番なんだから」
「そうですけど、いいのかなって。他の支部からの評判も良くないって聞きましたし」
九鬼さんは一瞬驚いたような顔をする。
「それ、誰かから聞いたのかい?」
「えぇ、アダムから」
すると、九鬼さんは納得したというような表情を浮かべる。
「あぁ、彼は気にしいだからね。多分、ヤマト君が思っているよりも僕らのことを悪く言う人は少ないよ」
楽天的な性格にみえる九鬼さんのその言葉は少し信憑性がないように思えた。
「そうなんですかね」
「そうさ。それに、あんまり悪口言われてると思い込みすぎても、疲れてしまうからね」
それは一理あるな、と思う。
「たしかに」
「他にはアダムはどんなこと言ってた?」
「他には……、うちのメンバーは戦闘向きじゃない、とか」
九鬼さんは、あー、と間延びした声を出す。
「それは正しいかもしれないな」
「そうなんですか? 僕、一度ハンナと手合わせをしてもらったんですが、戦闘が苦手とは思えなかったんですが……」
九鬼さんは、うんうんと頷く。
「戦闘向きじゃないってのは、決して弱いとか役に立たないって事じゃないんだ。第六支部は能力的にサポート役に回りやすいメンバーばかりでね。アダムはそういうことが言いたかったんじゃないかな」
「なるほど……」
「それに、ハンナが強いのは彼女自身の努力のたまものでもあるね。本来、戦いには向いていない能力のはずなんだけど、なにか目標があるとかであそこまで能力を磨き上げたんだ」
「ストイック、ですね」
「彼女は、他人にも、自分にも厳しいからね。ゆえに勘違いもされやすいんだけど」
そう語る九鬼さんの表情は、まるで我が子を見守る父親のようだった。
「アダムの能力はもう見せてもらった?」
「えぇ」
それは二日前に遡る。僕とアダムが二人きりで第六支部にいたときのことだ。
「お互いの情報は共有しといた方が良いと思うからさ」
そう言ってアダムは自らの能力について解説しだした。
「俺の能力は、
すると、まるでポルターガイストのようにアダムの寝転んでいるソファが宙に浮く。
「基本的には目に見えないけど、見えるようにすることもできる。こんなふうに」
アダムがそう言うと、ソファを持ち上げる巨大な手が現れた。
「手の大きさは通常の人間のサイズから、二メートルくらいまでなら自由に変えられる。これで相手をぶん殴っても良いし、拘束してもいい。それに、手を汚したくないときなんかに便利」
そう言ってアダムは両手をポケットに突っ込んだままポテトチップスを口に運んだ。
「てな感じで……」
アダムとのやりとりを僕が説明すると、九鬼さんはなるほど、と呟いた。
「じゃあ、ある程度はみんなの能力については理解しているわけだ」
「そうですね。……ちなみに、九鬼さんはどんな?」
九鬼さんは含みのある笑みを浮かべる。
「気になる?」
「え、えぇ、まぁ」
「そうかそうか、じゃあ、行こうか」
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