第13話 おじさんの娘、ヤキモチを焼く。

 自分はバカだと思い知ったつもりでいたが、結局のところほんとにバカだったと思い知らされたのは、春の演奏会で事件が起きた時だった。


「それでね! ここのアップルパイがすっごく美味しいらしいの! 3時間待ちなんだって!」


「そうなんですか。大変ですね」


「ね! ね! 今度3人で食べに行ってみない?」


「お気持ちはありがたいのですが、どうぞおふたりで行かれてください。私、甘いものはそんなに得意ではなくて」


「まあ、そうなのですか? では、ヌエ様はどのような食べ物がお好きなのでしょう?」


「そうですね。燻製にした牛肉やチーズなどが好きですね」


「意外にワイルドなんだね! あ、そうだ! 私もヌエちゃんって呼んでいい?」


「どうぞ」


「私のことはクレレって呼び捨てにしてね!」


「それは遠慮しておきます」


 クレレは『Perfect Harmony-君と僕の完全調和-』に登場する親友キャラだ。主人公と同じ1年B組に配属され、同じ平民同士意気投合して仲よくなる。


 だがこの世界では主人公であるヌエ様が学院に不在のため、単なるモブとして平和にすごしているのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、全然違った。


 特待生であるメヌエットが受けるはずだった平民いじめの矛先が、代わりに同じ平民であり田舎者である彼女に向いてしまったのだ。


「燻製と言えば、我が家ではお父様が狩猟をなさった際に新鮮な鹿などのお肉をお土産に持ち帰ってくださいますのよ。今度我が家のシェフに頼んで最高の燻製肉を作らせますわ!」


「お気遣いありがとうございます。ですが、お気持ちだけありがたく頂戴できればなと」


「うちの村でもたまに熊や猪を狩ったりするんだよ! お父さんが里に下りてきた大きな熊を仕留めた時はお祭り騒ぎだったなあ! 今度燻製肉を作ったら送ってもらえるよう頼んでみるね!」


「おふたりとも、私の話聞いてます?」


 4月の平和な遠足イベントに続き、5月の新入生歓迎会、別名春の演奏会イベントで起こるはずだった楽器に細工事件。


 特待生であるメヌエットの存在が気に食わない悪役令嬢マンダリン……つまり私だ、の差し金によって引き起こされるはずだった事件はしかし、主人公も悪役令嬢も抜きなのに勝手に発生してしまった。


 なんらかの因果律が収束したのか、はたまた運命のいたずらか。ステージ上で頬から血を流し、取り乱すクレレの姿を、私は信じられない! と呆然と見つめることしかできなかったのである。


『え!? 公爵家のマンダリン様!?』


「どうしてあなたがここにいるの!?」


 だが最も予想外だったのは、演奏会の後にショックを受け泣きながら姿を晦ましてしまったと思ったらすぐに怒り心頭で戻ってきた彼女が、いつの間にかヌエ様と関わりを持っていたことだ。


 偶然知り合った、とのことだが、本当に偶然だろうか。運命の導きでは? と勘ぐってしまったのも無理もあるまい。だって、親友キャラと入学しなかった主人公が偶然仲よくなるなんてことある?


 ちなみに原作ゲームにおける5月の演奏会イベントのあらすじは、今回発生した事件の顛末とは少し異なる。


 というのも、才能あふれるメヌエットは私がやったように、独唱をやらせてもらうことになるのだ。そこで同じクラスのモブ男子がヴァイオリンによる伴奏を任されるのだが、マンダリンのせいでその弦が切れてしまう。


 だがメヌエットはそこで、伴奏なしの完全アカペラで見事な歌声を披露する。その咄嗟の機転と並外れた舞台度胸、そして何よりも美しい歌声に観客は魅了され、同時に攻略対象たちの興味を強く惹き付けるきっかけになる、とまあこんな感じ。


『おふたりが仲よくなってくださったのであれば、私としても一安心です。あくまで部外者である私は、学院内のことにあまり口出しできる立場にありませんから』


 ヌエ様に会いにきたイカルガ楽器工房でクレレと鉢合わせになって以来、私は彼女ともお友達になった。というか、ならざるを得なかった。


 主人公の代理としていじめられている彼女を知らんぷりするのは気が引けたし、ヌエ様が彼女のことを心配している以上、協力しない、という選択肢は端からない。


 彼女はB組、私はA組なのでできることは限られるが、それでも公爵令嬢である私が彼女を庇護下に置けば、学院内での彼女の立場は劇的に向上するだろう。


「ヌエちゃんの髪ってサラサラだよねえ。私はくせっ毛だから羨ましいなあ。なんか秘訣とかあるの?」


「特に何も。それに、マンダリンお嬢様ほどではありませんよ」


「わたくしの場合はそうですね、毎晩我が家のメイドが3人がかりで入念なお手入れをしてくれているので」


「何それすっごーい! お金持ちのお嬢様ってやっぱ違うんだね!」


 どうやらクレレは原作ゲーム以上にヌエ様にべったりの様子だった。まあ、学院内で孤立していた上にいじめられていたところを助けてもらったようなものだから、懐くのも当然だろう。


 私の方が先にお友達になったのに! という幼稚な嫉妬心をぶつけるわけにもいかず、私は理解のあるお嬢様然としながら彼女がヌエ様にベタベタするのを横目にじっと耐えるしかない。


 幸いヌエ様の方は、私にも彼女にも平等に接しているというか、むしろ年上のお姉さんみたいな感じで、手のかかる妹と手のかからない妹のように生あたたかく接されているような気がする。


 たまにお姉さん通りこしてお母さんじゃん! みたいな扱いをされることもあるのだが、それが心地よいのがまた不思議だった。乙女ゲームの主人公にバブみをを感じるイケメンたちの気持ちがちょっとだけ理解できたかもしれない。


「おっと、そろそろ夕飯の買い出しの時間ですね。おふたりも寮の門限があるでしょうから、もうそろそろお帰りになられた方がよろしいのでは?」


「えー!? もうそんな時間!?」


「ですね。楽しい時間がすぎるのはあっという間です」


「つまんないの! ヌエちゃんもうちの生徒だったらよかったのに! ねえ、来年からでも入学しない? そしたら先輩として色々教えてあげられると思うし!」


「まあ! それは(あなたにしては)よい考えですわね! ヌエ様の素晴らしい歌声と公爵家からの推薦状が合わされば、主席&特待生の座はもらったも同然ですわ!」


「お気遣いありがとうございます。ですが、私は今の仕事に誇りを持っていますから」


「ただの事務員なのに?」


「ただの事務職でも、です。仕事に貴賤なしですよ、クレレさん」


 ヌエ様はニコニコしながら私が手土産に持参した紅茶を飲んでいる。どうやら彼女の意思は固いらしい。本当に、なんで乙女ゲームの主人公が学校に来ないで楽器工房でバイトしてるんだろう。一体何がどうなってこうなったのか、今でも分からないままだ。


「では、せめて公爵家の馬車で商店街までお送り致しますわ!」


「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけありがたく頂いておきますよ。公爵家の馬車で商店街に乗り付けたら、商店街の皆さんがビックリしてしまうでしょうから」


「あはは! それちょっと見てみたい気もする!」


 乙女ゲームの主人公は、主人公だからモテるのではない。モテるから主人公足り得るのだ。ヌエ様を見ていると、なんだかとてもそんな気がする。

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