第2話 まだゲームは終わってねぇんだぜ?



 ***



 日は明けて翌日。

 ベッドに横たわっていると、ちょうど顔の位置に日差しが差し込みキラキラと光っていて目が痛い。

 ついでかのように、酒を思いっきり飲んで二日酔いになったかのように頭も痛い。

 コンディションは最悪だ。

 これに加えて今日はフリルに“文化部総学園祭”とやらに連れ出されると考えると、もはや憂鬱を通り越して吐き気さえ覚える。


 部屋の冷蔵庫から飲みかけのパックレモンティーを取り出して、コップ2分の1杯にも満たないそれをグイと飲み込んでゴミ箱は投げ捨てる。

 コン、とゴミ箱の奥側の中の側面にいい音を立ててぶつかった紙パックはそのままゴミ箱の中へ入って行く。



「まあ、一発で入ったからギリギリ許せる」



 う~ん、と思いっきり背伸びをして眠気を払うと、ゴンゴンゴゴゴンとものすごい速さで扉をたたく音が聞こえる。



 ——来やがったなァ?



 オレはまるでうわ、来やがったとでも言いたげな不満たらたらの視線をそのドアをたたく主に向けながら部屋の扉を開けた。



「しんゆ~。ぼくが来るまでに起きているなんて珍しいじゃないか~」



 まあ、パジャマ姿なのはいただけないけどね、と付け加えて、当然のようにフリルは男子寮に侵入している。

 そして、我が物顔でオレがさっきまで寝ていたベッドに横たわり、昨日呼んでいた漫画の続きを読み始める。



「なんだよ全く……」


「なんだよって……文化部総学園祭、行くんだろう?」


「行かねぇよ」


「釣れないな~、しんゆ~。ぼくと君の中じゃないか~。手伝ってくれよ~」


「嫌だ。オレ手持ち13」


「ぼくは37」


「オレらどっちも死にかけじゃねぇか」



 はぁ、とオレがため息を吐くのに対して、フリルはアハハとまるで他人事かのように笑って見せる。

 オレはそのフリルの姿を見てより一層頭を痛める。



「勝てばいいんだよ、ね? しんゆ~」


「オレは現状維持でいいんだよ。もうペット奴隷はごめんだ」


「でも、ぼくがペットになっても助けてくれるだろう?」


「……あのなァ?」


「アハハ~、そんな声出すのやめてくれよ~。ぼくが悪かったって……一人で行くからいいよ……」



 露骨に肩を落としてトボトボと部屋から出ていこうとするフリルの背中を見て、頭どころか心まで痛くなったオレはついついフリルの方を掴んで引き留めてしまう。



「あ~……チッ、オレも行く」


「しんゆ~、信じてたよ~。いや~、やっぱり持つべきものは友だね~」


「君はもっと自分の価値をだなァ?」


「あ~、分かってる分かってる~。それじゃあ行くよ~」



 フリルはそう勢いよく言うと、エンジンがかかった車のように、オレの手首をつかんで勢いよく走り始めた。

 オレは必死に転ばないようにしてそのスピードについて走った。



「ちなみに文化部総学園祭ってどこでやってるの?」


「文化部のある文化棟と体育館にある特設ステージが会場だね~」


「……体育館でやるってことは相当大規模だよな? もしかしてそこのゲームの主催って……」


「まあ、大体お察しの通り生徒会主催だね~」


「うわ、あのカスの堆積場か」


「ひどい言いようじゃないか~」


「この狂った学園の生徒会だぞ? むしろ正常な人間がいるとは思えねぇが」



 アハハ~とフリルは苦笑をしてオレの話を適当に繰り上げたところで地面にズズズと足跡を付けて急ブレーキをした。

 オレはそれに反応できず、危うくフリルに掴まれている右手首と胴が離れるかと言う感覚の痛みを受ける程度で何とか踏みとどまった。

 フリルが離した右手をポケットにしまい文化棟を見上げる。



 文化棟は一般校舎に比べると少しばかり古臭く年季が入っているように見える。

 ところどころの柱のペンキが剥げているのもそう見える原因なのかもしれないが。

 割れ窓現象の逆パターン的な感じだろうか。



 オレが入りたくねェと露骨に不満げな顔をして文化棟を睨みつけていると、フリルは今か今かとオレの準備ができるのを待っている。

 彼女は早くギャンブルがしたくてたまらないのだ。



 ——後始末全部オレに来るんだけどなァ?



「どうします~? おひめさま~?」


「前進あるのみ、だぞ! しんゆ~」



 意気揚々と文化棟を指さして言ったフリルは、——あとそう言うの無しね~。ぼくたちってフラットな関係じゃん~。——と付け足して、文化棟への第一歩を踏み出した。



 文化部総学園祭と言う催し物が開催されているので当然一般的学園カリキュラム(授

 業)は休みである。

 なので暇を持て余した生徒たちは当然この催し物に参加している。

 つまり、この学園の生徒役3分の2がこの文化棟に今いるのだ。

 文化棟に一歩踏み入れたオレらはまずその人の多さに呆気にとられた。

 そして、ここで命のやり取りがされている。



 オレはそう思うだけで背筋に悪寒が走った。

 社会の縮図とはまさにこれらしい。

 しかし、隣のフリルは目を輝かせるばかりでオレが感じている恐怖はどこ吹く風と言った様子であった。


 異端の中の異端は一般の中の正常とはよく言ったものだが、それが現状のオレらしい。



「しんゆ~、ブラックジャックあるよ~」


「やらねぇよ」


「あっちにはポーカーも~」


「やらねぇって」



 人をかき分けてどこにどんなものがあるのか見て回ろうとするオレに対して、フリルははぐれないようにオレの左手を掴んでついてくるも、要所要所で色々なギャンブルに目移りしてオレに話しかけてくる。



 一階は奥にある階段のところまでやってくると人通りが少なく、階段に腰かけることが出来るくらいには余裕があった。

 一階にはほかにも入って手前に階段があったのだが、そこは人が多すぎてまともに足元も見ていられない状態だった。



 ——どのみち一階のギャンブル見ねぇと話にならねぇからこっちまでくるんだけどな。



「一階は何のギャンブルがあった?」


「えっと、ポーカー、ブラックジャック、チンチロ、チンチロ、7ならべの5つがや

 ってたよ~」


「7ならべってギャンブルになんのか? ……まあ、ルール整備してやってなかったら人は集まらねぇか」


「しんゆ~、結局どれやるんだよ~?」


「2階見てからでも遅くはねぇだろ。ゆっくり回ろうぜ。どうせこんだけの人数いれば待ち時間もあるだろ」


「う~ん、しんゆ~がそう言うなら我慢するけど……」



 フリルは頬を膨らませてオレに不満を主張してきたが、しょうがないと思ったのか以外にもオレの言うことをすんなりと聞き入れ、2人で2階へ上がった。

 2階は1階よりも人が少なく、階段を上がってすぐは大盛況の様子だが、その次の教室はあまり人がいない様子だ。

 しかし、手前側の階段を上がってすぐの教室には大量の人がいる。

 ……どういうわけか、真ん中の教室に拠点を構える部活は不評らしい。

 一応、階段を上がってすぐがインディアンポーカー、最奥が『ファンドダービー』と題された一風変わったギャンブルだった。

 そして、この人気のない部の催するゲームは、神経衰弱。



「神経衰弱⁉」



 思わず声が出た。



 ——もしかしたら当たりかもしれねェ。



 そう思うと同時に、狩りつくされたか? という疑念もオレの中に生じた。



「あれ、入るか」



『神経衰弱』と紙製のチープな看板が『新聞部』と書かれたプラスチック製の板の下に貼りつけられているのを指さしてオレは言った。



「神経衰弱? ……ぼく結構得意だよ? あ~、これはしんゆ~自分は楽しようとしてるな~?」


「いや、そう言うんじゃねぇよ。まあ、人いねぇから待たなくていいなって思っただけだよ」


「まあ、確かにそれはそうだね~。入ろっか」



 フリルが先導して教室に入ると、真ん中に荘厳とそびえたつ2つの机を合わせた大きな机があった。

 そして、椅子に座った1人とその机を囲んでいる2人だけが教室の中にはいた。



「やってる?」



 オレが声をかけると、男3人全員が一斉にこちらを向いてきた。

 胴体を動かさず首だけが人形のように動いたので、思わずフリルはビクッとオレの後ろに隠れた。



「ええ、やっていますよ」



 椅子に座った1人がオレに向かって言葉を返した。



「人いねぇから破産したもんだと」


「いやいや、競合他社が強い物でねぇ。まあ、その実マイナスにはなっておりませんから、部長に怒られることはまだないのですよ」


「それは、手加減って意味かァ?」


「いえいえ、部長は生徒会に席を置かれていますゆえ……」



 オレがギラリとした目をドスが利いた声と共に放つと、受け流すかのように淡々とした声で男は返した。



「それで、ゲームなさいますか?」


「オレはやんねぇよ」


「ぼくぼく! ぼくやりま~す」



 無邪気な笑顔を男3人に飛ばしつつ、一瞬オレの方を向いてアイコンタクトをしたフリルは、男の対面にある椅子に座ってはやく~とゲームを促し始める。



「それでは、ルール説明の方から始めましょうか」



 そう言うと説明を始めた椅子に座っている男は、机の中からトランプを取り出してフリルに渡した。



「使用するのはトランプからジョーカーを除いた52枚。ご確認を」



 フリルは、受け取ったカードをパラパラと1回流して見た後、全部をひっくり返してまじまじと眺めて異常がないことを確認し、男にカードを返した。



「ルールは簡単、自分の手番にカードを2枚めくって、絵柄がそろえばカードをゲット。カードがそろえばもう一度そのプレイヤーの手番となります。カードをめくる時ですが、カードを触ると不正と思われるのも心外ですので、ゲームプレイヤー以外がめくるものとします。その時として、このゲームマットを使用します」



 男はそこまで言うと、机の中から丸められて円柱状になった1枚のマットを取り出した。

 そしてそれを机の上に広げると、ちょうど机の端から端が埋まる。


 マットには囲碁盤のように縦と横に線があり、男たち側には将棋のように1から7の数字がオレらから見て左から右に書かれており、男たちの上部からオレらの手元に向けてAからHの漢数字が振られていた。



「例えば1のAと言いますと、ここ。3のEと言えばここ。と言ったように該当する箇所をめくりますのでめくりたい箇所をおっしゃってください」

 男は、これはここ、と逐一盤面の説明をしながらゲームのルールを説明した。


「そして——」



 そう言った時、スゥと息を吸ってオレとフリルをそれぞれ一回見た後、はぁと吐いて話を再開した。



「そして、気になる掛け金の話ですが……獲得したカードの数字の合計の差額となります」


「それは、7を取ったら14ってことか?」


「いえ、7を取って手元に7のカードが2枚ある状態、これは7点保持の状態となり

 ます」


「じゃあ、手元のカードの合計÷2ってことか?」


「ええ、言い換えるならば」


「勝負は最終的な数字の大小か?」


「ええ、そうです。どんなに手元の枚数が多かろうと点数で負けていたらカスです」


「なるほどな」



 オレはその話を聞いて右手をポケットから取り出し顎に手を当てて少し考え始める。



 ——このゲームで大事なのは数字の大きさ、1から13までの合計は81。

 つまり、この神経衰弱が26枚だったとしたら、41点を取ったら勝つ。

 上から数えて必要なのは、13、12、11、10、この4ペアだけでいい。

 逆に下からだとそれ以外の9ペアが必要。

 現在のゲームに話を戻そう。

 全体数は162、つまり勝利に必要なのは最低でも83点。

 これは上から数えて、13、13、12、12、11、11、10+α(なんでもいい)。

 つまり高い数字をとることは必須なわけだ。

 いや、取らなくてもいいが勝利までの道のりが異常に遠くなる。

 まあ、あくまでこれは勝つために必須なことであって、搾るために必須なことじゃねぇんだけど。

 これは、仕掛けイカサマしてくるだろうな。

 まあ、それを見極めるためにフリルが一回身代わり役になってくれるんだけどな。



「頑張れ」



 瞑想をして体感長い時間を過ごしたオレはフリルに対して必要最低限のエールを送った。

 それに対してフリルは、満面の笑みを浮かべてピースをして見せた。



「よ~し、やっちゃうぞ~」



「それじゃあ始めましょうか。まずはカードのシャッフルをしていいですよ」



 男はカードを机と机の繋がった、ちょうど2つの机の中間地点に置き、フリルにシャッフルを促した。

 フリルがシャッフルを終えると、男は自分で数回シャッフルをしたのち、縦と横の線で出来たマスにちょうど収まるようにカードを配置し始めた。



「なるほどな。これでめくるカードを指名できるわけだな」


「ええ、そう言うわけでございます」


 カードの配置がし終わると、椅子に座っていない残り二人の男は、それぞれ、オレらの右手と左手側に陣取った。

 オレはフリルの後ろから机の上を眺めている。



「それではゲームを始めましょう。先攻はお譲りします」


「いいの~。じゃあ、まずは1のA!」



 フリルが元気よくそう言うと、オレらの右手側の男がカードをめくった。

 めくられて露わになった数字は10。

 これ1つで相当なアドバンテージになるほどの強力な数字だ。



 ——まあ、一発でそろう確率は、1281分の6……無理だな。



「10か~。結構大きいな~。じゃあ、次は6のG!」



 次は左手側の男によってめくられ、露わになった数字は11、つまり見えたのはジャックだ。

 またもや大きい数字だ。



「次は私の番ですね。3のDと5のB」



 男は1枚目を見て2枚目を選ぶのではなく、サクサクと2枚同時に宣言した。

 まあ、確かに1ターン目後攻じゃあ揃わないと思うのも無理はないが、ペアができることがありえないわけではないはずだ。



 ——まあ、気にすることでもねぇか。



「5と2ですか……次どうぞ」


「はいは~い。まずは2のBね~」



 このようにゲームは滞りなく進んでいく。

 6ターン目まで進んだが、互いにとったカードは無し、その間、オレはカードを触っている2人の手元とよく観察してみたが、カードずらしや隙を見てのカンニング等の行為は一切働いていなかった。



 ——どこで仕掛けてくる?



 オレはずっとこの緊張状態を維持しなければならず、結構な負担がすでにかかっていた。

 そして、フリル6回目のめくり。



「っんっとね~。5のC!」



 めくれた数字は5。

 1ターン目後攻時に見えた数字だ。

 オレは瞬時に反応することが出来たが、フリルは違ったようで、



「ん~、5かぁ~。えっと~、7のB!」



 と、初めて5を見たかのように次のめくるカードを指名した。

 めくれたカードは当然5ではなく、9だった。

 この数字もすでに4ターン目先攻時に見えている。

 しかし、これはフリルも覚えていたようで、『あ~』と言った様子で口を大きく開けてしまった~と言わんばかりの表情を出した。



「私の番。5のC、3のD」


「両方5⁉ ……ぼく見逃してた?」



 後ろを振り向いて、オレに尋ねてきたフリルに対して、オレはコクンと静かに頷くだけした。



「え~、ほんと……」



 フリルは肩を落として露骨にがっかりするようなそぶりを見せた。

 しかし、悲劇はこれだけにとどまらず、追い打ちをかけるかのように男はめくるカードの宣言をした。



「7のB、8のAを」



 めくられた数字は両方とも9。

 しょうがないとはいえ、カードを取られたことにフリルは結構なショックを受けていた。

 そしてもう一度めくるチャンスがあったが、幸いにもここでもう一度揃うようなことはなかった。

 しかし、現状取ることのできるカードはなく、明らかにフリルが出遅れていることに違いはなかった。

 そして、次に動きがあったのは15ターン目後攻1枚目のめくりの時だった。



「5のH」



 めくられた数字は10。

 一番最初にフリルが指名したカードと同じ数字だ。

 もちろん、オレは一発でそれがどこかわかった。

 しかし、男は少し考えた後、気分転換か辺りをきょろきょろとした後にカードの宣言をした。



「1のAを」


 ゆっくりとカードがめくられ露わになった数字は10。

 その後このターンの連続攻撃で、6枚ほどカードを取られフリルは圧倒的劣勢となった。

 しかし、不自然な点はあった。

 男は1枚目のカードをめくってからすでに見えている数字だとやけに長考するのだ。

 そして決まって辺りを見渡してからカードの宣言をする。



 ——もしや、左右の2人が教えてるのか?



 いや、そんなまさかと一旦その考えを立ち消そうとする。



 ——だってそれくらい覚えれるだろ。

 覚えられないなら神経衰弱をゲームとして選択するはずがない。



 しかし、ここで1つ思い出したオレは思わず『あ』と言う声が漏れる。



「いや、なんでもねェ」



 ——こいつら一般人か。

 確かにフリルは数手前のカードをまともに覚えていられなかった。

 もし、こいつらがフリルと同じなのだとしたら……。

 そうか、囲碁盤は3人で手分けして覚えるためのブロック分けか。

 ……それが分かれば……勝てる。



 オレがこうやって色々考えている間にもゲームは進んでいて、気づけば残り8枚程度になっていた。



「えっと、4のA!」



 カードがめくられる。



「えと~、5のD!」



 カードがめくられる。

 ここでやっとフリルの手元にカードがやってくる。

 しかし、手に入った数字は3。

 決して強いとは言えない微妙な数字だった。

 残りのカード6枚は、さすがのフリルでも取りきれたようだが、それでも振琉の持ち点の合計は26。

 結果としては、フリルの136点分の負けという事だ。



「136枚コインをいただきましょうか」


「そんなに持ってないよ~」


「いや、オレの方見られてもな?」


「助けてよ~、しんゆ~」


「払えないというなら、うちのペットになってもらうほかありませんね」



 そう男が言うと、両脇の男がフリルを椅子から立ちあげさせて手錠を手と足に付けた。

 そして部屋の奥の椅子に座らせて2人の男は戻ってきた。



「まあ、彼女は後でいいでしょう。まずはあなたですが、帰りますか? 勝負しますか?」


「あ~、その件なんだけどなァ? オレが勝ったら、あの子の分の借金、はらっても

 いいよなァ?」


「……別にかまいませんが?」


「……やろうぜ」



 オレは右手で椅子を引いて座り込み、目の前にガンを飛ばした。



「それではシャッフルを——」


「いらねぇよ。好きにやれよ」


「そうですか……!」



 オレがキッパリと言い放つと、一瞬びっくりしたような表情を見せるがすぐに態勢を取り戻してカードをシャッフルし、カードを配置していく。



「それでは、先攻はどうぞ」



 そう男が言うな否や、2人の男がさっきと同じように両脇に配置する。



「なあ、カードめくる役、変えねぇか?」


「と、言いますと?」


「今ここにいるじゃねぇか。オレが信用出来て君の言うことを忠実に聞かないといけないやつがよォ」


「……ああ、ですか?」



 男が隅のフリルに目をやる。



「ああ、その子であってる」


「……果たして信用できますか? あなたがあれの借金を肩代わりすると言っている以上、あれがあなたに協力する可能性もありますが?」


「……それは互いなんじゃねぇのか? オレにしてみれば、部員脇に控えさせてる方がよっぽどだぜ?」



 ふぅぅと男は息を吐いて少し考えた後、オレに向かっていった。



「ならば、こちらが一人、そちらが一人で手を打ちましょう」


「話が分かるやつで助かるぜ」


「連れてこい」



 男がそう言うと、残りの2人はフリルをこちらまで持ってくる。

 そして足の手錠だけ外してオレの右手側に置かれる。



「あ、今外した手錠を足と机の脚に付けろよ。そうすれば逃げねぇだろ?」


「……そのようにしましょうか」



 ガチャと再び音がして、フリルと机が繋がれた。

 フリルは今にも泣きそうな顔をしてオレのことを見てくる。



「助けて~」


「すぐ終わる。安心してカードめくれ」



 泣きじゃくるフリルに対して安心させる言葉の1つもかけられない自分に不甲斐なさを覚えたが、すぐに助ければいいかと、すぐ楽観視してその考えはすぐに消える。



「オレからか。8のA、8のB」


「わかった。8のAとBだね!」



 右手側にいるフリルが手錠を付けたまま、頑張って8のAとBをめくる。

 見えた数字はそれぞれ1と6。



「次は私の番ですね。2のDと4のA」



 今度は左手側に立っている男がカードをめくる。

 出てきた数字は10と13。



「8のA、8のB」


「しんゆー⁉ 何考えているんだい! そこはさっきめくっ——」


「いいんだ。めくってくれ」


「でもそこは1と6じゃ……」



 フリルがオレの宣言を聞いて阿鼻叫喚するが、オレは一向にかまわずフリルにカードをめくらせる。

 見えた数字は偶然たまたま100%の確率でフリルの言っていた通り1と6。



「おかしくなったか?」


「アッハッハッハ、めくれよ? 君の取りこぼし全部拾ってやるからよォ」


「……2のC、1のB」



 めくれたカードは、11と10。

 オレは思わず口角を上げる。



「あ~、わりぃな。10の在り処教えてもらってよォ。2のDと1のB」



 めくられたカードは両方とも当然10。

 対面の男は苦悶と怒りの混じった顔でこちらを睨みつけている。



「しんゆー、もう1回は?」


「もちろん、8のAとBだ」



 めくられたカードはもう3回目の登場の1と6。


「諦めろ、君たちが取れるのはせいぜい1か6しかねぇんだよ。ああ、もしかしたら一発で見たこともない数字を当てられるかもなァ。勝てるか知らねぇけど」



 オレはそう煽った後、ずっとチャンスが巡ってくるまで8のAとBとめくり続けた。

 最終的に取られたカードはわずか3枚。

 こちらの総得点は148。



「じゃあ、ルール通り148枚もらおうか……払えるよなァ?」


「……持ってこい」



 絶望したような表情の対面の男は他の男に指示してコインを持ってこさせた。



「なあ、1つ聞いていいか?」



 オレはその間に1つ疑問に思ったことを対面の男に尋ねた。



「この部って今何枚のコインを持ってる?」


「……600だ」


「ん、そう……」



 2人の男が戻ってきて、オレの目の前の机に数枚のコインが置かれる。



「……とても148枚には見えねぇが?」


「136枚の差額の12枚だ。お前、借金を肩代わりするって言ったよな?」


「あァ? まだ払うって言ってねぇんだが?」


「……? どういうことだ?」



 オレが頓智のようなことを言い始めると、対面の男は首をかしげる。



「600枚、持ってんだよなァ? 全部搾り取る。もう一度ゲームしろ」


「は?」



 オレの突拍子もない発言に、キレたような声を男はあげる。

 多分オレもそっち側だったらそんなような声を出していただろう。



「どういうことだ?」


「だからぁ、ゲーム続行だって。もう一回やんだよ」


「っ……!」


「ああ、気づいたか」



 ここでやっと真実に気付いたらしい対面の男は、青ざめた顔をしてオレの方を見てくる。


 一方でオレはニヤニヤしながらその男の顔を眺めている。


 ほかのフリル含めた3人は何が何だかわかっていない様子でオレらを見ている。



「ゲームに拒否権ねぇもんな? 主催者側がゲーム拒否なんてできねぇよなァ? やろうぜ? オレはまだ借金を肩代わりしない。つまり、この子はまだオレの右側に置いておいてもらうぜ?」


「……」



 がっくりとうなだれた様子で対面の男はうつむく。

 オレが説明したことでやっと理解したらしい他の男も、絶望した表情をし始める。



「じゃあ、延長戦と行こうか……」



 オレは呆然とした相手に対しゲームを仕掛け続け、フリルの負け分はおろか、この部にある全コイン600枚を全て手に入れてからこの教室を後にした。



「君らは実に愚かだなァ」

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キラアザミミは"左手"でサイコロを振らない 金雀枝 新 @enisida-arata

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