キラアザミミは"左手"でサイコロを振らない

金雀枝 新

第1話 生きるためならばカスにでもなるが?

 学年カースト最下位。

 聞きたくもない言葉で、まさしくオレである。

 決してクラスの中で地位が低いという意味ではないと付け足すと疑問符を覚えられることも多いが、何の学年カーストだと問えばオレは簡単に答える。



 人格だ。



 つまり、オレって人類史上類を見ないレベルのカスってこと。

 極悪殺人犯だとか、がけから落ちそうになってる友人をつき落とすだとか、そう言うレベルではない。

 どれもこれもこの学園が悪い。

 オレは決して悪者ではないと取り繕いたいので、今のうちは好き勝手言わせてもらうとする。



『バカがよォ』



 オレが生後16年6か月27日19時間34分51秒にして始めて言った言葉である。



『君は実に愚かだねェ』



 これは生後16年6か月27日19時間37分27秒に言った言葉。

 今考えてみれば、ポケットに両手を収め地面に這いつくばる人に向かって見下すような冷酷な目をして、人を人とも思わぬ扱いをしたことは異常だと分かる。

 この学園がそうさせる雰囲気を作っているのだ。



 オレは悪くねェ。



 この学園の中核を担う考えは実力至上主義。

 力あるものが遺憾なく力を発揮し、力なきものが容赦なく社会強者の餌となっていく。

 そこには一般的な学園に存在するような学園カーストは存在せず、社会で上に立つもの、下に立つものそのような分け方が行われているのだ。

 それで言うならオレは中流という事にしておきたい。

 可もなく不可もない。

 それで、なんでオレが史上最低のカスかと言うとだな……。

 仮想のやつらを食い物にして生きているからだ。

 現に今オレは前述の言葉を吐いて一人の人生をぶち壊している。



 ——他のやつもやっているだろう?

 ああ、それは違うな。

 オレがやっているのは再起の可能性をつぶすことだからな。



 そいつは借金こそなかったが、わずかな手持ちはオレが全部奪った。

 まあ、終わりだろうな。

 この学園ではライフコインというコインが貨幣である。

 まさしくそれがこの学園では個人の命の代替品となるのである。

 円に直すと1枚10万。



 ——イカれてやがるぜ。



 円に直すと1枚10万。

 


 ——……十分下層だよ、うるせーな。



 両手をポケットに入れて学園内の廊下を歩き、物騒なことに巻き込まれないように気配を隠していると、オレに声をかけてくる人がいた。



鬼羅麻御魅きらあざみみ! 生徒会“失行”部に入りなさい!」


 

 キラアザミミとはまさしくオレの事である。

 オレは振り返り、相手の顔を見るとわざとらしくはあ、と3秒間にわたってため息を吐いて見せる。


 

 目の前にいたのは女子の3人組。

 中央で腕を組みオレに話しかけてきたのがおそらくリーダー格と思われる。

 髪は肩甲骨を隠すくらいまであり、それをさいころのアクセサリーが2個付いた髪留めでとめている。

 

 その彼女の右にちょこんと顔を出している子は、まぶたが落ちかけていて今にも眠そうな顔をしている。

 身長がそのリーダー格の子の胸までしかなく、その彼女を支えにしているかのようにギュッとしがみついている。


 そして、最後にリーダー格の子の左側にいる眼鏡をかけた子。

 この3人の中で一番まともに見える。

 見た目からのイメージはいたってまじめなイメージで多分ここにいるべき人間ではないといったイメージを受ける。

 


 ——ああ、舐められたものだ。



「名乗れよ」

 


 威嚇するようにわざと低い声でドスの利いたようにオレは言い放った。



「え、あ……コホン、私は神羅学園1年生生徒会失行部部長の二葉三咲ふたばみさきよ」


「あっそう……ほかのやつは?」



 咳払いをしてから自信満々に言った彼女に対して、他の二人は呆けたような目を向けていた。

 それに気づいた彼女は、すぐに背中をたたいて自己紹介をしなさい、などと促している。



 ——良く今の今まで生きて来れたな、全く。



「ん~、1年副部長。……ぱすな」


「同じく1年生の一般部員の野井戸真麓のいどまろくと申します」


「そう言うわけなので、勝負を挑みます」


「いやだね。オレはもう寮に帰るんだよ」

 


 はあ、ともう一度3秒間のため息を吐いて彼女らに背を向けてオレは無視を決め込む。

 しかし、彼女らもそうはいくまいとオレの目の前に立ちはだかり、オレの行く手を遮る。



「そう言うわけにはいきません! 正々堂々勝負です」


「そー言おうがな? ルールはルールなんだぜ? 勝負には拒否権が存在する。第一に、オレが勝負を受けたからって、オレに借金を負わせて自分の思い通りに動かせられる権利は得られねぇだろうがよ」


「……? どういうことです?」


「掛け金は勝負を受けた側が決められる。ルールだろうがよ」


「ああ、そんなのもありましたね……とにもかくにも! 勝負です! あなたが勝ったら私達は今日はおとなしく引き下がります!」



 オレは、チッとわざとらしく舌打ちをしたのち、右手を一つのさいころを握った状態でポケットから出す。

 そして、さいころを親指で弾いてミサキの方に投げ飛ばす。



「そいつは『ダブルサイコロ』。見ての通り無色のプラスチック製のさいころの中にさいころが入ってる代物だ。ルールは簡単、サイコロを振って出た目の積で勝負をする。君ら3人いるから3回振っていいぜ。オレは1回。勝った人数×1枚コインのやり取りだ。つまりレートは1。説明は終わりだ。早く振れ」


「それじゃあ、あなたを失行部に入れる作戦が台無しじゃないですか」


「元から仲間になる気はねえよ。もっと作戦練ってから来い」



 ミサキはグㇴㇴとうねり声をあげた後、他の二人としばらく話し合ってから再びオレの方に向き直る。



「わかった。サイコロを振るわ。このゲーム、要は6と6を出せばいいのよね

 36分の1じゃない。余裕よ余裕」


「はあ、さっさと振れよ」



 自信満々に手元のさいころを見ながら言うミサキを見ながらオレは三度ため息を漏らす。



 ——ああ、こいつらバカだ。

 あのさいころは中のさいころが回らないって代物なんだよなァ。

 つまり……普通のさいころ同様勝てる目が決まってるってわけ。

 最高の出目は外側が4の出目。

 中は確定で5の目。

 5の目の中は3固定、6の目の中は1固定。

 どんなにサイコロを振るの上手かろうと、どんなに狙った目を出せるの力があろうと、勝てる目が分からなければ勝てねえよなァ。

 じゃあ、オレ4の目出して勝つから。



「出目は、6と1……かけても6ね」


「ん……1と6」


「私は2と5……10ですね」


「じゃ、オレの投げる番な。……出目は4と5、積は20。3人抜きだなァ」



 アハハ、とオレが煽るような声を上げると、ミサキは噴火寸前の活火山のようにううう~、とうねり声をあげた後、コイン3枚とさいころをオレに投げつける。



「今日のところは勘弁します。ですが! 次は勝ちます! せいぜいコインを稼いでおくことですね!」



 と怒りをオレに全力でぶつけた後、残りの二人を置いていく勢いで走り去っていった。



「二度と関わってくなァ!」



 面倒くさいのに絡まれたもんだ。

 オレはポケットにさいころを仕舞うと、制服のボタンの上から3つを開けて内ポケットに戦利品のコインを3枚仕舞う。

 ——13枚……いつ死ぬか分かんねえな。

 本日何度目か分からないため息を吐いてオレは寮にある自室へ向かった。

 寮の二階、中央階段を上って左手にしばらく行ったところにある自室の扉の鍵を開けて部屋に入ろうとするが、扉が開かない。



「あいっかわらず立て付けわりぃよなァ! オレの部屋だけ! んなァ~、どうなってんだよ!」



 思いっきり怒りを込めて部屋の扉を蹴り飛ばすとやっと部屋の扉が開く。

 心なしか扉の外ブチがへこんでいるようにも見えるが、如何せん寮長やら何やらに言っても聞いてくれる気がしないのでほっといているが、やはり腹が立つ。

 部屋に入って扉を閉めると早速本日一日の疲れをいやすべくベッドへダイブしようとするが、そこには先客がいて、オレの気分を一気にどん底へ叩きつける。



「あ、しんゆ~、帰り遅いじゃないかぁ~」



 ベッドに横たわり、優雅に我が物顔で漫画を読んでいる一見男子に見えるこの少女は、春日部振琉かすかべふりる

 多分オレの唯一の知り合いと言うか友人と言うかそう言うあれ。

 一応振琉は制服を規則で来ていてスカート姿なのだが、どういうわけか当然のように男子寮に入ってきている。



 ——確かに短髪で体も男性似たものあるけれども、物理的に無理だろ。



「君どうやって入った……?」


「どうって……合鍵作っちゃった~」


「そうだ、こいつそう言う才能だけはあるんだった」


「あ、そうそう。しんゆ~明日から一週間、文化部総学園祭があるんだよ~。それで~……行かないかい?」



 ニヤニヤしながら言う振琉に対して、オレは露骨に嫌な顔をしながら対応をする。



「なんでだよ。そんないかにも人ころろすぞ~、みたいなところ行くの嫌だよ」


「そんなこと言わないでくれよ~。しんゆ~だ~ろ~? なあなあなあ~、1回だけだから~」


「嫌だって……まあ、話を聞く分にはただか」



 オレがため息をつきつつ、フリルに対して寛容な態度を見せると、フリルは目の色を変えてオレの方を見た後、コホンと咳払いをして話始める。



「そーだよ、そうそう。じゃあ、早速話始めるけど、それぞれの部活がギャンブルを提供する。もちろん、レートアリでね。それで、ここからが注目なんだけど、公営なんだよね」


「うわ、レート決まってるやつじゃねぇか。搾り取る気満々じゃねえか」


「そうそう~、そこが狙い目なんだよ」



 オレが険悪するのに反比例するかのようにフリルは喜々とした顔つきになって感情を高ぶらせる。

 オレはこれ以上はまずいと思ったので、急いでフリルを部屋から追い出そうと試みるが、フリルはどうにもオレに引っ付いて離れようとしない。



「やめてくれよ~、しんゆ~。あ、作戦なんだけどね? まずぼくが様子見でギャンブルしに行くからイカサマしていたら教えてくれよ~。ほら、アザミミってギャンブルの腕だけはいいから~……」


「いいから今日はもう帰れ!」


「待ってくれよ。まだ期待値の支配者ゼノン読みかけなんだって!」



 オレは親猫が子猫の首元を加えて運ぶように、フリルの首元の服を掴んで部屋の外に追い出す。

 うあ~、鬼! ラプラスの悪魔! 麻御魅あんぽんたん~! などと言われたが、オレは一切お構いなしにフリルを部屋の外に追い出した。

 その後やっと先客が退いた自分のベッドに綺麗なダイブを決め、全身の力を抜いた。



 ——文化部総学園祭……行きたくねぇ。

 まあ、フリルが堕ちていくのは……それはそれで嫌だな。

 アイツには身の振り方を教えねば。

 オレの頭の痛みは少し増したらしい。

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