第22話:エピローグ/答え合わせ

 「それで、昨日のアレ、どうしてあんなコトができたのか、説明してもらっていいですか?」

 「ええ、そのために此処に来たんですから」


 朝早く“自宅”を抜け出したわたしは、待ち合わせ先のコンビニのイートインコーナーで砂糖2本入れたカフェオレを飲みながら、その少年──にしか既にわたしにも見えない(でも本当は少女のはずの)人物、「周囲に鶴橋香吾と認識されている朝日奈恭子」の質問に答えるべく、頭の中で説明を整理していました。


 「晴海さんから、鶴橋家伝来の“術”について、おおよそどういうものかは聞いてますよね?」

 「ええ。簡単に言えば、薬物と催眠暗示を併用して、人の身体や精神に影響を及ぼす技術……だとか」


 その認識でも間違いではありません。ですが、それならどうして、鶴橋家の女性にのみ伝えられてきたのでしょう。


 「それは……」

 「薄々気が付いているとは思いますが、アレは単なる科学&化学技術や催眠術などを越えたものです。薬や暗示はあくまでそれを十全に活かすための補助サポートで、魔力だか呪力だか知りませんが、そういう超常的な“力”が根幹にあります」


 そういった魔力霊力の類いは女性の方が豊富に受け継ぎ、また発現できるのでしょう。まさに“魔女の末裔”にふさわしい代物ですね。


 「ただ、鶴橋家の男性にも、その超常的素養が皆無というわけではないんですよ。無論、女性に比べれば平均値は劣るのは確かなのでしょうが。

 それなのに、わざわざ「女性にしか使えない」と明言されているのは、術式体系の方で、女性のみ使用できるよう“ロック”がかけられているからではないか、そう思ったんです」


 それ故に、昨日の午前中が、まさにラストチャンスでした。


 身体は鶴橋家の血を引き、現在“女性”の立場になっているわたし。

 “鶴橋家の子供”の立場になっており、身体は女性の“彼”。

 このふたりが協力することで、鶴橋家の魔女術の一端でも使えるのではないか──そう思ったんです。


 かなり分の悪い賭けではありましたが、その賭けは成功しました。


 ふたりがかりで、秘伝書に載っていた「掛かっている術の効果をさらに増幅・強化する術」の発動に成功。結果……。


 「基点となる術を掛けた晴海ねえさん本人はもちろん、施術者である僕たちですら認識を歪められ、僕は自分を“鶴橋家の長男の男子中学生・香吾”だとしか思えませんし」

 「わたしも、自分のことを“朝日奈家のひとり娘の女子高生・恭子”としか認識できなくなりましたね♪」


 そしてコレは推測になるのですが、今は物理的・生物的には自己認識に反する性別であるわたしたちも、これから月日が経つにつれ、徐々にその認識げんじつに沿った身体になっていくことでしょう。

 そもそもこの術を掛ける前、晴海さんの術を長期にわたって掛けられたままにしていた段階で、既にその予兆は表れていましたからね(わたしの胸が少しずつ膨らみ、逆にアソコが小さくなり始めていましたし)。


 でも……。


 「今更ではありますが、良かったんですか? わたしに本来の立場を譲っていただいて」


 この後戻りできない大博打ギャンブルを持ちかけたのはわたし──本来“鶴橋香吾”だった側です。

 動機は言うまでもないでしょう。恋に狂った“女”は恐い、そう言われても否定できませんね。


 とは言え、「朝日奈恭子としての立場を完全に奪ってしまう」ことにまったく罪悪感ためらいが無かった訳ではありません。


 「いいんです。僕も、今の立場のままでいたい理由は、相応にありましたから」


 けれど、彼──“香吾クン”は(元がドジで気弱な少女だったとは思えないほど)悪戯っぽくニヤッと笑ってみせました。

 詳しい話は聞いていませんが、単なる強がりや遠慮きづかいではなく、本心からそう思ってくれていたようなので、文字通り人生を“賭けた”大博打を提案した者としても、少しは気が楽です。


 「よっし! 聞きたいことは聞けましたし、そろそろ帰りますか!」


 実際、晴れ晴れした顔つきでアッサリそういう彼の顔からは、後悔の翳りは見当たりません。


 「そうですね──この話をするのは、この場が最後ということで。そして……」

 「分かってますって、これから僕らはアカの他人──って言っても、僕は鶴橋晴海ねえちゃんの弟ですし」

 「ええ、わたしはその晴海さんのお友達ですから、互いに面識があるのは変わりはありませんね」


 「姉の友人」と「友人の弟」という緩い形の繋がりがあるのは、良かったのか悪かったのか……。


 それに──術を施したばかりの今日こそ、まだ一連の事実そのことを明確に覚えていますが、これから時が経つにつれてソレはどんどん風化していくことでしょう。

 完全に忘却することはないにせよ、何かの弾みに思い出すことがなければ、普段はまったく意識にのぼらないようになるはずです。コレはそういう術なのですから。


 わたしたちは軽く挨拶してコンビニから出て、それぞれの自宅いえへと帰りました。


 「さて、今日は夕方までに残りの宿題を晴海さんたちに見てもらって何とか片付けて──夜は花火大会ですね!」


 ママに言って浴衣は出しておいてもらいましたし、着付けもしてもらえることになってます。

 浴衣は、藍色地に赤系統で蜻蛉や風車の描かれたオーソドックスな絵柄ですが、和服なら胸が貧乳ペタンコでも、むしろ綺麗に着付けられるので、悪くない選択肢のはず。


 「逸樹さん、可愛いって言ってくださるでしょうか」


 昨晩“告白”に返事をして、無事に恋人同士の関係になった彼氏せんぱいのことを思い浮かべて、幸せな気分に浸るわたしなのでした。


-おしまい-

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ポニーテールは伊達じゃない! -中一男子が女子高生としてひと夏の思い出を作るお話- 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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