21話:少し進んで未来の話(最終話)
「皐月くん何してるの早く早く!」
「花梨お前、自分が手ぶらだからって……おわっ機材が落ちる!」
俺と花梨は竹ノ宮市内にある中学校を訪れていた。
自分が制作した映画を公開してほしいと学校側に依頼されたためだった。
「映画館みたいな施設までとは言わないが、まさか制作側がスクリーンまで持参とは」
「校内の小さいテレビで各教室に流すより広いとこで大勢に見てもらった方が良いじゃない。体育館まであと少しよ。ファイト!」
「おー……」
拳を弱々しく空に突き上げた。
中学校に視聴覚室というものはなく、各教室の各テレビで放映するくらいなら体育館に全校生徒集めれば良いという学校側の主張で俺は持ち運び可能な壁に貼るタイプのスクリーンを巻物状にして担いでいた。
「楽しみだね。皐月くんのデビュー作」
「デビュー作って。まだ小さなコンクールで受賞しただけだぞ」
「もう細かいこと気にしなーい」
あれから二年。
俺は竹ノ宮第一高校を卒業すると、同じ市内にある四年制の公立大学に進学した。
その公立大学には映像について勉強する学科があり、大学の中でも講義の質が高いらしい。
ミカゲのやり残したことを完成させるため、俺は大学で映像の勉強をしたかった。
それが今俺が生きててやりたいことだった。
なぜか大学には花梨の姿もあって。
大いに驚いたのは記憶に新しい。
花梨は映画制作について右も左も知らない俺を憂いて自分も進路を選んだのだという。
いいのかそれで!?
入学を既に済ました彼女に言うのは愚問かもしれないが一応彼女に聞いてみると、
「だって皐月くん危なっかしいんだもん。それに、隣に茶々いれる存在がいるの楽しいし!」
嬉しそうに本人が言うので良しとする。
在学中に俺は一本の短編映画を作った。
手伝ってくれる花梨と共に平日の放課後から休日や祝日まで様々な土地を訪れた。
俺はカメラ片手に各地の綺麗なもの、美しいと思ったものをレンズに収める。
小川のせせらぎ、
生垣で揺れる庭木の葉、
夜空に咲く花火、
冬に光のモールを纏う街路樹、
塀の上で眠る猫、
蝉の鳴き声、
田園を歩く鷺、
湖を滑るカルガモの親子、
牧場で下手くそなスケッチをする俺と花梨。
ミカゲと同じものは作れないけれど(そもそも絵描けないし)、俺なりの命や生きることについての解釈を作品に綴ってみた。
俺たちの情熱と葛藤と努力をこの一編の映画に注ぎ込んで。
制作した短編映画は県内で行われる映像コンクールで大賞をとった。
キャンパス内でもちょっとした話題になり、こうして現在地域の中学校に無料で公開するボランティア活動もしている。
「それでは、上映を開始します」
司会らしき女子生徒がマイクの電源を切ると辺りは暗くなり映画が始まる。
わあ……
非日常な空間に期待の声があがるが内心俺の心は不安と緊張でいっぱいだ。
体育館の後ろでそわそわ腕を抱える俺を見て隣に立つ花梨は呆れ顔を浮かべ、
「なに固まってんのよ。何回も観た映画でしょうが」
「こんな大勢に目の前で自分の作品観られてるんだぞ!? 胃に穴空くわ……!」
「でもさ、見てみ」
小さい声で花梨が俺の脇をつつく。
そこには目を輝かせ瞳を潤ませる生徒たちがいた。夢中で画面を見つめている。
一部退屈そうに欠伸をする生徒もいたが、大半の生徒が画面に映し出される映像に魅入っていた。
「なんか、嬉しいな」
「私も嬉しい」
「おう」
くすぐったくも温かい感情が胸を灯した。
「……あ」
しかし俺は館内の隅で小さな悪意を発見してしまった。
一番後ろの列の左側の方。
一人の男子生徒が隣に座る男子生徒に足を踏まれていた。
どうやら故意らしく、踏まれた足をどけても追いかけその上を踏みつけている。
「おい」
踏んでる奴を注意しようと思ったが、花梨がそれを制す。
「なんだよ見過ごせってか」
「違う。見て、あの子の表情」
言われて踏まれた方の男子生徒の顔を見る。
その瞳は真剣に映画を見つめ輝いていた。
「……水をさすのも野暮だな」
きっとこの子も狭い箱庭の中で戦っている。
箱庭の攻防は今もどこかで続いている。
「あの、どうしたらこんなに素晴らしい映画が作れますか」
「君は……」
映画の公開を終え片付け作業をしていると先程足を踏まれていた男子生徒が俺に声をかけてきた。
体育館内は片付けをしている俺たちだけ。花梨は飲み物を買いにコンビニまで行っていた。
「僕、クラスでいじめられてて、学校にも休んでばっかでそんなに来れなくて、でも、今日は映画が見られるから登校したんです……」
この日のために勇気を出して登校してくれたのか。
「そっか。ありがとう。嬉しいよ」
「僕も、お兄さんみたいに感動する映画を創りたいです。でも、学校も行けないような、僕みたいな弱い人間には、無理なのかなって……」
「大丈夫。君ならできるよ」
俺は力強く言う。
これだけは強く言える。
「辛いことを真っ向から受け止めるだけが強さじゃない。君の居場所はこれからいくらでもつくれる。君にはどんな可能性も選べる未来があるから大丈夫だよ」
弾んだ足取りで体育館を去っていく男子生徒と入れ替わるように、ニヤニヤした顔の花梨がジュースを抱え帰ってきた。
「なんだよ」
「格好いいじゃん皐月くーん」
「……うるせ」
どうだミカゲ。
俺の創った映画はどうやら大成功らしいぞ。
大衆を覆す反響? 知るか。
ひとりの人間救えただけでもこの映画制作は大団円だろうが。
その後俺が人生で創った映画はあの一作のみだった。
なんていうか、あの映画で全てを出し尽くした。
ファンレターもそこそこ貰い、数社の映画スタジオからオファーも受けたりした俺だが、映画に携わるのは大学時代で終わらせた。
届けられたファンレターはあの日両親と行った旅行のお土産の缶の中に大切に保存してある。
大学を卒業し一般企業に就職した俺は、数年後、花梨と生涯を共にすることを決めた。
夫婦円満に仲良く、時に喧嘩しながら、子供には恵まれなかったが穏やかで幸福な人生を送った。
七十歳になった俺は床に伏すことが多くなった。
閻魔の言っていた滝里先生への代償がここで現れたんだろう。
日に日に衰えていく身体。
春の暖かい日だった。
布団から起き上がれなくなった時、自分がもう長くないことを悟り俺は布団の隣に座る花梨に謝った。
たったひとり妻を残していくのは申し訳ない。
力なく謝る俺に彼女は涙をこぼすことなく強気に笑ってみせた。
「あいつによろしくね」
穏やかで平凡で安らぎと幸福に満ちた俺の一生は幕を閉じたのだ。
◆◆◆
俺は暗闇の中を歩いていた。
息をするだけで鼓動が跳ね重苦しかった身体はもうない。
死んだ後魂だけになった俺は高校生の時の姿をしていた。
「この頃の姿が一番しっくりくるなんてな」
死と生を最も感じたのがこの頃だからか魂にも刻まれた器が高校生の自分というのは皮肉なものだ。
暗く湿度の高い纏わりつくような闇の中。
向かう先は決まっていた。
「やあ、久しぶりですね」
日本の古城を思わせる朱色を基調とした建物の一番奥の部屋。
数十年ぶりに会う目の前の相手は俺の姿を見て軽やかに手をあげ爽やかな笑みを浮かべた。
「こんなところに何の用ですか。皐月蒼汰くん」
「わざとらしいな。俺が来るのわかってて門番たちに顔パスさせたくせに」
「それはどうでしょう。どうだと思います?」
「質問を質問で返すな。相変わらず掴みどころのない性格してるな」
「いいねその返し。
「……」
死後魂となった俺はあの世へ着いてすぐ迷いなく地獄へ足を運んだ。
俺にはまだやることがある。
「どうやら往生したらしいね。人生謳歌おめでとうございます。映画観なかなか良かったですよ。及第点」
「なあ、閻魔。最後に会った時の病院での会話、覚えてるか」
「最後。さて、長いこと生きてるせいか物忘れが酷くて……」
「悔しいなら幸せになれ。あの台詞。偶然にもあの時言ったお前の言葉とミカゲの言葉は重なってた。だからあの時俺はお前の言葉を呑み込んだ。ミカゲの意思でもあるからな。だから閻魔。俺は今から納得してない部分をお前にぶつける」
「というと?」
部屋の扉から閻魔の座る場所まで歩み寄り言う。
「直談判だ」
「直談判ですか」
「ああ。内容は簡単。ミカゲを解放してほしい」
盛大なため息を吐かれた。
「まーだ君はそんなことを言いますか。往生際の悪いお人ですね、まったく」
紅い瞳がこちらを覗く。
「秩序は簡単に変えられない。理に対する基盤が緩むから。君の蘇生だって例外要項として法に追加するなりして改変にかなり時間を要したんですよ。ルールを変える上の僕たちにかかる苦労は尋常じゃない。分かってくれますか」
「分かってる」
「その割に諦めてない目をしているじゃないですか」
「分かっているが諦めてはないからな」
「はあ」
閻魔はため息を吐き手持ちの扇子で自分に風をおくる。
「秩序は絶対です。それを取り締まるのが閻魔大王つまり自分。莫大な責任が覆い被さるんです。自分が駄目って言ってるから駄目。無理なもんは無理。自分が地獄の主でいる限り秩序は変えられません」
「ああ。だからそのことだ」
相手の持つ扇子に手をかけ俺は言う。
「ミカゲを解放するために俺に閻魔大王を襲名させてくれないか」
「は?」
「それを頼みに来た」
「……はあ?」
呆気にとられる閻魔の顔は豆鉄砲喰らう鳩の如し。
この考えは彼も予想外だったらしい。
「ルールを変えるのは
「くっ……あははははっ!! また凄いところに着眼点を置いたね! とんでもない発想だ。君、相当おかしいよ」
「あー苦しい」ひとしきり笑うと閻魔は目元の涙をすくい俺を見据える。
「実力行使で閻魔大王を襲名すると。玉座から自分を落とせるとお思いで?」
「ッ!」
真っ直ぐ射ぬくような視線に身体の中の細胞まで見透かされているようで肌が粟立つ感覚を覚えた。
しかし俺は威圧的な眼差しに屈せず閻魔を睨み返す。
「……」
俺に向けて手を伸ばす閻魔の腕に俺は立つ脚元を力を入れた。
「……っ」
そして。
「いいよいいよ! やってみればいい」
ぽん!
頭にのっかる重みは優しいもので。
「へ?」
拍子抜けな表情を浮かべついでに間抜けな声まで出てしまった。
「え、いや、その……え? そんな簡単に許可しちゃっていいの」
「いいですよ」
「なんか壮大なバトルとか、決闘とか、ないのか」
「戦えるの君」
「組手くらいは」
「自分もね。そろそろこの席が疲れてきまして、隠居生活も悪くないなって考えていたんですよ。いやぁ後継者がいてちょうど良かった」
「は、はあ」
「それに、君たちが導く世界もどうなっていくかも楽しみだしね」
「え……」
“君たち”って。
「さて、これからの地獄は君に任せます。新・閻魔大王の皐月蒼汰くん」
椅子から立ちあがり俺の背中を軽く叩くと閻魔は部屋を出ていった。
その背中は少し寂しそうに見えた。
「閻魔……」
「あー! お昼食べたら戻ってきますので。君の手続きは午後の公務終えた後でね~!」
ただの昼食休憩だった。
「あの背中の哀愁はなんだったんだよ」
最後までマイペースだったなこの人。
「……新しい世界か」
一人残された室内で俺は呟いた。
俺たちの導く、ね。
「そうだな。まず新しい国でもつくろうか」
例えば、自殺した者が地獄が堕ちず、そこへ行き試練を乗り越えれば次は人として輪廻転生できる。
彼らの再生が叶うようなそんな国。
「自分で傷つけた魂が過ちとして償い続ける運命を辿るなら、俺は彼らに新しい選択を与えたい……なんつって」
一人理想を述べ照れていると、
「なるほど。私たちだからこそ思いつく救済だな」
懐かしい声がしたから。
すぐ振り返ってそちらを見て俺は間の抜けた声をあげてしまった。
閻魔の奴。図ったな。
最初からそういうつもりだったんじゃないか。
まんまと便乗方法で後継者にされてしまった。
「よお。久しぶり」
「こんなところまで追いかけてくるとは。君には恐れいったよ」
「本当だよ。どうしてくれんだ。俺あの人にノせられて閻魔大王になっちまったよ」
「つくづく間抜けな奴だな君は。仕方ないから私が側で手伝ってやろう」
「やれやれお前と地獄でもビジネスパートナーになるなんてな」
「ここは末永く宜しく、と言うべきか」
なあ、蒼汰?
待ち焦がれていた声を聞き、俺はそこに立つ友に歩み寄り微笑んだ。
極上の笑みを浮かべ、目の前の相手は差し出された手を握り返した。
自殺とは大きな過ちで。命への最大の冒涜であり赦されない重罪だ。
でも俺たちは知っている。彼らが望んで命を断ったわけじゃないと。
理不尽や環境、時代、人々の差異や悪意に苦しんだことを知っている。
その命が無駄だったなんて言わせない。
その命は確かに存在した。
彼らの魂が次ある世界で光り輝くと信じたい。
「名前さ、
「いいんじゃないか閻魔大王?」
この物語は、一つの狭い箱庭から始まった、死して尚二人で紡いだ革命の物語。
***
この世は狭い箱庭だ。
ひとつひとつが壁で塞がれ隔てられ、個々から全貌を見渡すことは困難で。
箱庭から飛び出せない人がいる。
外の世界を知らず箱庭のなかで潰える命がある。
それをまだ青い私たちは知らない。知ろうとしなければいけない。
例えば。
聳え立つ大木の枝ひとつが折れていた時。
花咲く道の端の柵が軋んでいた時。
それに気づいて立ち止まり、寄り添えるような。
そんな貴方でいてほしい。
この狭い箱庭で迷い苦しむ私たちだけど、せめて、箱庭の中が少しでも住みやすいものになるように。
好きになれるように。
それを祈って。
ふたりぼっちの箱庭革命 秋月流弥 @akidukiryuya
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