15話:ひとりで大丈夫だから
私は絵を描くことを始めた。
四年一組には当たり前だけど友達はいない。
他のクラスの友達とも疎遠になった私は、学校でひとりで過ごす時間が莫大に増えた。だから私は絵を描いた。
イケニエ制度のせいで、私に話しかける人なんていないし、基本いじめられる時以外は仲間外れにされたり無視されたりすることが多かった。
(ちょっかいを出すときだけ見えてるんだもんな……)
体育でのペアも誰も組んでくれなくて先生と組むし、グループ行動でもひとり取り残される。
休み時間も、今までは次の教科の準備もしないで友達と喋っていたが、今は話す友達もいない。
だから、退屈しのぎにでもと絵を描いた。
絵を描くことは、ひとりでも寂しさを感じない程度に集中できるしちょうどいい。
最初は鉛筆で近くにあるものをデッサンした。
それがなかなか奥深いもので、自分の思ったように上手く描けない。
私は図工の時間でしか描いたことがなかったけれど、自分は上手に描けていた方だから、少し自信があったのに。
私は自分が納得いくまで何枚も絵を描き続けた。
たまに休み時間を過ぎていてもスケッチブックを開いていたので先生に怒られた。
退屈しのぎにと思ったそれはいつの間にか一番の趣味になっていた。
ついにはお年玉を崩し、趣味用のマイ色鉛筆とマイ絵の具を購入。もうどっぷりと絵の世界にはまっていた。
色を使うのは楽しい。鮮烈な色に淡い色、目に優しい色と鮮やかさにも種類があることに気づいた。
私はカラフルな色彩が大好きだった。
だから、描く絵も色とりどりで華やかなものが多く、時に色を使いすぎて色彩の暴力のように目まぐるしい絵になることも多々あった。
とにかく、白いスケッチブックに色がたくさん躍りだす過程が大好きだった。
密かな楽しみを見つけるなかでも、私へのいじめは止まらない。
教室へ行けば攻撃される。
私は休み時間になると教室を飛び出し、校舎裏に行って絵を描いていた。
遊具も何もない校舎裏でも、可憐な花が咲いていたり、そこに綺麗な蝶々やてんとう虫が止まりに来たりと、小さな発見があった。
でも、家に帰ると怖い顔をした両親が待っている。
「テストはどうだったの?」
夕食の会話はほぼ勉強の話だけだ。
父は無言で湯飲みに入った茶をすする。ズズッという音に威圧感を感じて、夕食を吸い込むように食べ終えると「ごちそうさま」と自室へ戻る。
居心地が悪い。私の家を一言で表すならそれに尽きる。
母親の勉強コールも飽き飽きしていた。
「そんなこと言われなくてもちゃんとやってるよ」
私には勉強よりも辛いことを頑張っているのに。
私が言ってないからだけど、それを知らずに勉強勉強と言う母に辟易してしまう。父も無口だが、考えは母と同じだ。いじめのことを言っても「いじめられるなんて情けない」と一蹴するに決まっている。
「お前だけが味方だよ」
私はスケッチブックを撫でた。
次の日の昼休み、私が絵を描きに外へ行こうとすると、阿久津さんと数名の女子たちが私の前に立ち塞いだ。
阿久津さんたちはニヤニヤと意地悪そうな顔をして私を見てくる。
「ひとりっきりでこそこそと何やってるの? 御園」
「べ、べつに。何だっていいでしょ」
「イケニエのくせに生意気な口聞いて許されると思ってんの?」
許すとか許されないとか、なんでそんなことこの人たちに決められなきゃいけないの。
相手にしているだけ無駄だ、そう思い彼女たちをスルーしようと廊下へ向かう。
「何これ」
「っ!」
腕を掴まれ、左脇に抱えていたスケッチブックを落とす。
阿久津さんは素早くそれを拾い、勝手にパラパラとページをめくる。
「やめてッ」
「植物や虫の絵ばっかり。退屈な奴。もっと人物画とか描けばいいじゃん。あ、そっか。イケニエの御園には友達なんていないもんね」
あはは! 甲高い笑い声が耳に響く。
うるさい。黙れ。
「返して」
「あっ」
阿久津さんから奪うようにスケッチブックを取り戻すと、私は早足で教室を出た。
「御園」
廊下を歩いていると後ろから声をかけられた。
声をかけたのは山之内くんだった。
「なに?」
「阿久津たちひどいよな。御園のことイケニエって言っていじめて……」
どの口が言うのか。助けもしてくれないくせに。
いじめに参加してないから自分は味方でも言いたいんだろうか。
私にしてみたら、いつもニコニコ傍観しているだけの彼も同罪だと思っている。
というか、彼のことはハルちゃんたちのこともあり苦手だった。
「……で、なにか用?」
「あのさ、俺たち付き合わない?」
「は?」
「前に一度断られちゃったけど、あの時は友達が大事だったからだろ? 今は御園はひとりっきりだし……俺が支えてあげるから」
ハルちゃんたちとの友情が切れたのはあんたのせいでしょ!
好きでひとりっきりになったんじゃない。
ましてや、山之内くんと付き合うためにひとりっきりになったわけじゃない。
「私はひとりで大丈夫だから」
彼のデリカシーのない言葉に私は苛立ちを覚え、その場を去った。
この時私はまだ知らなかった。
今を越える地獄の日々が待っていることを。
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