13話:イケニエ制度

 仲違いのまま三年生が終わり、私は四年生になった。

 新しいクラスの四年一組は、これまでの平和な三年間とはガラリと違うクラスだった。


 四年一組にはイケニエ制度がある。

 週に一度、イケニエと称しいじめられる生徒を選びいじめのターゲットにすること。

 一週間でターゲットは変えられるらしいが、選ばれた生徒にとっては地獄の一週間になる。


 最低な制度。


「あんたはそのイケニエに選ばれたの」


 クラスで一番の権力を握る女子生徒、阿久津ユリナは見下すように私を見て笑った。

 四年生になってすぐ女子に話しかけられたと思えばこれだ。

 仲良しグループへの誘いだと期待してのに。

 いじめなんて、四年生にもなってくだらない。

 阿久津さんは目立つ容姿と物怖じをしない態度と傲慢な性格から、すぐにこのクラスのヒエラルキーのトップに君臨した。


 ちなみに、人気者の山之内くんも私や阿久津さんと同じ四年一組だ。

 阿久津さんは山之内くんとも仲が良いらしく、よく彼女が彼に話しかける姿を見た。

 人気者と交流関係があることもあり、阿久津さんには逆らわない方がいい、逆らえないみたいな風潮がクラス内に浸透していた。


 今回のいじめの件だって、言い出したのが阿久津さんのため誰も逆らう者はいなかった。


 言ってしまえば阿久津さんの独裁体制。

 彼女がカラスが白いと言ったら皆疑うこともなくカラスが白いと信じる。

 彼女がイケニエ制度を持ち出せば、イケニエ制度は難なく実行される。

 その記念すべきイケニエ第一号に私が選ばれてしまったらしい。


「別のイケニエを差し出せばあんたは助けてもいいわよ」


 理不尽なルールに納得は出来ない。

 なんで私がそんな目にあわないといけないのか。

 なんで彼女にそんなことをする権利があるのか。


 しかし、クラスで彼女に反対する者がいない以上、それがルールになってしまうのだ。

 クラスのルールならば、私も教室に足を踏み入れた瞬間そのルールで裁かれることになる。

 業に従えではないけれど、仮に私が反発をしたところで状況は何も変わらない。


 その中で、唯一私が出来ることはイケニエを他の子にさせないこと。

 だから、彼女の言葉を聞いて私は首を横に振った。

「そんなことできない。他の子を酷い目にあわせるなんて、私にはできないよ」

 自分の代わりに誰かが犠牲になるのは嫌だ。

「イケニエには私がなる」

「ふふ、そう言うと思った」

 私の返事を聞くと阿久津さんは軽い足取りで去っていった。

 その場に取り残された私の心に暗雲が忍び寄る。


 イケニエに自分がなると告げた翌日からいじめは始まった。

 それからの日々は毎日が地獄だった。

 当たり前のように靴は隠され、トイレに行けば顔面に汚水を浴びせられる。

 教科書やノート類はビリビリに破られ、給食にはほこりが入っていた。


 授業中もいじめは続行される。

 国語の時間。担任に指名され、教科書を音読する。

 クスクスと笑い声が聞こえた。

 何が面白いのか、クラスメイトたちは私が音読している間ずっとニヤニヤしている。


 プリント回収の時も酷い。

 私が提出のプリントを回収係に渡すと、回収係は嫌そうな顔を全面に出し、奪うようにそれを取る。

 あまりに勢いよくプリントを引き抜くので摩擦で指が切れた。


「いっ……」


 思わず声を漏らすと舌打ちが聞こえた。泣きそうになった。

 どうやらイケニエに選ばれた者には人権がないらしい。

 私はひたすらクラスメイトの悪意や不満、日頃の鬱憤を晴らすためのサンドバッグの扱いをされた。


 クラスでは誰も私を助けてくれる人はいない。

 担任の滝里先生も阿久津さんたちが怖いのか、いじめる側のご機嫌とりをしている。

 告白してきた山之内くんは、私をいじめることはしなかったけれど、いじめを止めることもしなかった。

 何よ。仮にも好きな子がひどい目にあってるんだから、ヒーローみたいに助けなさいよって思った。


 学校を休むことも考えた。

 自分はいじめられるためにここにいるんじゃない。本当は逃げ出してしまいたい。

 しかし、脳裏にはそれを許してくれない両親がちらついた。

 いじめられてるから学校にいけないなんて言ったら「軟弱者」の一言で片付けられるのがオチ。話す気にもなれない。

 それに私が登校しないと、別の子がイケニエに選ばれてしまうかもしれない。

 自分のせいで誰かが傷つくのは絶対嫌だ。

 私が登校することでイケニエは私だけで済む。

 私は姿もない見えない誰かを守るために、今日もひとりで立ち向かう。


 今日も今日とて、机の中にゴミが詰められていたので、ゴミ捨て場へゴミを捨てにいく。


 昼休み。ゴミ捨て場まで行く途中、カホとミナ、そしてハルちゃんが一緒に歩いてるのを見かけた。

 カホとミナの二人はおしゃべりに夢中で気づかず通り過ぎていったが、ハルちゃんだけがこちらに気づいた。


 目と目があう。

 しかし、ハルちゃんは何も言わずそのまま先を行く二人を追い、去っていった。


『どうしたの?』


 そんな言葉をかけられることを期待していたのだと思う。

 両手にぶら下がるゴミ袋が重い。

 ずっしりと、地面から誰かが引っ張っているようだ。

「友情って、こんなにも軽い」


 すぐそこで子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。

 ゴミ捨て場を挟んだ向こう側はグラウンドだ。

 小学校のグラウンドは遊具がたくさんある。

 子供たちが遊具で遊んでいるのだろう。楽しそうな声がここまで響いてくる。


 すぐ近くにある子供たちの楽園が、私には永遠に届かない場所のように思えた。

 まるで、絵本の中にある夢の国を見ているような。

 私が行けない、どこかの話。


 いつかの理科の実験でやっていた。

 同じ植物の苗を一方は日向へ、もう一方は日陰へ置くとどうなるか。

 苗の成長の差は一目瞭然だった。

 光を吸収した苗は天へ向かってすくすくと伸び、光を得られなかった苗は萎れて地面へ伏せた。


 境遇というのは将来を育成するのに大きく関わってくるコンテンツだ。

 同じ素材でも、育つ環境が違うことで未来が大きく変わってしまう。

 今の私はまさに日陰に置かれた苗の状態で。

 光も水も、養分も呼吸も何もかもが奪われて。

 上を向くなんて出来やしない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る