11話:真実
校舎内に入る。
どこに何の教室があるかなんてわからない。仕方ないので一階から全ての教室を覗き見ていく。
一階は一年生の教室らしい。
(“あいつ”も俺と同じで一年だから、いるとしたらこのフロアが一番有力のはず……)
しかし、一組から六組まで一年全ての教室を覗いても探している人物の姿はなかった。
「まさか帰ったとか」
「校門から出てきた様子もなかった。まだ学校にいる可能性の方が大きい」
「いるとしてもどこから探したらいいんだ」
「根気よく全教室を探してみるしかないだろう」
「この姿で……」
いくら体操服で変装してるとはいえ他校の校舎を走るのは精神的に堪える。
通りすぎる生徒たちの視線がこちらを凝視してるように思えて怖い。過剰な自意識が働く。
「おい蒼汰。奴のいそうな場所の山をはってみろ」
「山はるって、テスト勉強じゃあるまいし、そういうのは過去のデータを頼りにして……あ」
ミカゲに言われたことにより俺はあることが
データ。つまり記憶。
俺は以前話した会話を思いだす。
確か学校の話をした際、“あいつ”は言っていた。
『そのおかげで生徒会に就かされて大変さ』
「生徒会室だ」
生徒会室は三階にあった。
造りは一般の教室より一回り大きく長机が中心を囲むように並べられていて会議室のよう。
室内には六人の生徒たちが何か話し合いをしていた。
その中の一つの席に探していた人物が座っているのを発見した。
「(いた!)」
生徒会室前の扉に張りつくように二人で中の様子を窺っていると、
「すみません。一旦席を外します」
目標の人物がこちらのいる廊下へ出てきた。
「僕に用だろう。場所を変えようか」
夕日の光を浴びた屋上の床は橙色に染まっていた。手を置くフェンスも光の熱を吸収してじんわりと温かい。
橙色の世界に俺たちは立っていた。
「うちの服も似合ってるじゃないか」
「どうも。体操服だけどな」
「そのままここの生徒になっちゃえばいいのに」
「生憎なれる学力は持ってないからな」
「しかし、そういうことするキャラだったんだ君。それとも彼女さんの影響かな。仲いいね二人とも」
「……」
ミカゲがそう言って笑う相手を睨む。
やはり顔色が悪い。相手への苦手意識は消えてなさそうだ。
「……彼女じゃねえって」
「はいはい冗談だよ。それは前に聞いたし。ほんの戯れさ」
「そうか」
「で、今日は何の用でここに来たの? ただの遊びでこんなとこ侵入しないだろうし」
「ああ。お前に話があったんだ。
頬に涼しげな秋風が当たる。
フェンスの熱が弱まっていく。
夕日が沈み始めた。
俺は一呼吸して、話す決意をする。
「滝里先生が自殺したことは知ってるか」
「ああ風の噂で。卒業した今は他人といえ元担任だったから悲しかったな……それがどうしたの?」
「あれは自殺じゃない」
「へえ」
「殺害した人物がいる。俺たちはその犯人を探している」
「それはご苦労様。それで、犯人は見つかったの?」
「ああ」
俺は山之内を見据え、言う。
「この前、阿久津ユリナの家を訪ねた」
阿久津の名前が出ると、山之内の片頬が僅かに引きずった。
「へえ。阿久津さんと皐月くんて仲良かったんだ」
「阿久津と仲が良いのはお前のはずだ。山之内。お前は阿久津と付き合っているんだってな」
「ははっ。またプライベートなことを突っ込んでくるな」
話し方は穏やかなものだったが、彼の瞳は冷たくなっていた。
これから話す内容を察したんだろう。
動悸がする。
これから俺は、決定的なことを言わなくてはならない。
バクバクと鳴る鼓動を深呼吸をすることで誤魔化し、俺は、これまでにない真剣な表情で山之内に言った。
「単刀直入に言う。滝里杏奈を殺したのはお前だろ、山之内」
「さぁ、なんのことかな」
「お前は二年前の中学二年生の頃、交際していた阿久津ユリナと共に御園影美をいじめた。さらに荒津中学校の全学年全クラスの生徒に影美をいじめるよう仕向け、彼女を自殺へと追い詰めた」
「……」
「影美へのいじめが自殺にまで発展しお前たちは焦った。特にお前だ山之内。いじめを率先していたのが自分とバレたらまずい。公にされたら自分の将来が終わる。恐れたお前は一緒に影美をいじめていた荒津中の生徒たち全員を共犯にし、バレたら全員の将来が無くなると脅しをかけ事実の隠蔽をはかった」
実際物事はうまく運んだのだろう。
警察も情報を得られず大きく動くことはなかった。
影美の自殺は公にならず新聞の三面記事にも掲載されなかった。
「しかし予想外の動きをする異分子が現れた。滝里先生だ。かつての荒津小四年一組の担任が自殺した影美について小学校時代いじめを行った生徒たちの家を訪ねていた。もちろん小学校時代からいじめていた阿久津の家も訪問する予定だった。阿久津は滝里先生が家に来るその日、お前に先生が自分の家に来ることを伝えたんだ。電話で阿久津は言った。『どうしよう。
説明する声が震える。
言葉と言葉の合間に吸う息が乱れて上手く呼吸できない。緊張で心臓が叩かれているように痛い。
それでも俺は最後まで言い切るために話を続ける。
「お前は阿久津の家の前にある歩道橋で滝里先生が来るのを待ち伏せし、彼女が階段を上りきるまで身を隠していた。そして頂上付近まで上った瞬間、気づかれないよう後ろから突き落とした」
「……」
「山之内、お前が滝里先生殺害の犯人だ」
「……」
バクバクと、言い終わった後も激しく心臓が脈打っていた。
山之内は黙っている。
屋上は沈黙に包まれていた。
運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏など、周りの音が急に鮮明に聞こえだす。
しかし、その音たちは今の自分たちをどこか隔てるような、まるで別々の世界に隔離されているように感じがした。
「ふふふ、あーあ。まさか皐月くんなんかに追い込まれるなんてね」
何がおかしいのか。山之内は笑い始めた。
いつもの穏やかな微笑みではなく歪んだ笑みで、
「そうだよ。滝里杏奈は僕が殺した。僕の未来を台無しにする可能性があるから排除した。荒津中の連中も共犯にしたことで口外出来ないようにしたし、阿久津にも滝里を殺したを口止めした。それでこの一件は完結した。してたんだ。まさか今さら君に壊されるとはね!」
ケラケラと身を捩り笑い続ける。その姿がとてもおぞましい化け物に見えた。
こいつは自分の保身の為だけに人を利用し殺したのだ。
「なんで、そんなことをしたんだ」
俺は拳を握り締め、山之内に問う。
「そんなに自分の未来が大事なら、いじめなんて最初から馬鹿な真似しなければよかったじゃないか……!」
「馬鹿な真似ねぇ」
山之内の笑いが止まる。
細めた瞳がぬるり、と蛇が纏わりつくようにこちらを見つめる。
「御園影美……あの女が僕は許せなかった」
「許せなかった?」
「御園影美は優秀だった。誰よりも聡明で、謙虚。気取ることなく明るく振る舞い、彼女を慕う友人も多くいた。これならつり合いがとれると思った。僕と」
「……」
「それなのに、御園は僕のことを見向きもしなかった! 完璧に生きてきた僕が生まれて初めて屈辱を受けた」
「それだけの理由で御園影美をいじめたのか」
「そうさ。僕を侮辱したばかりに馬鹿な奴だ! あの頃ちょうど阿久津が僕に想いを寄せていてね、少しいじってやったら簡単にスイッチが入ったよ。嫉妬に狂った阿久津が率先してクラスの奴らと一緒に御園をいじめだしたのは見ものだったよ。イケニエ制度なんて本当は存在しないのに。自分が体よくいじめられるための架空の制度とも知らず『自分以外のイケニエを出さない』なんて立候補してバカだなって思ったよ!」
四年一組の頃の記憶が甦る。
イケニエ制度。
そう言って影美をいじめる生徒たちの姿。
教室でニコニコ笑いながら、裏で導火線に火をつけたのはお前だったのか!
「イケニエ制度といいながら、最初からずっと影美だけを標的にしていたのか。優しい彼女が、他のイケニエを出さまいと自分からイケニエになるのも見越して」
そうやって、お前たちは影美を傷つけ続けたのか!?
「それでも可哀想だからチャンスをやったんだ。僕のものになるならいじめを止めさせるって。それなのに御園は断った! あの恩知らず! だから中学では更に追い詰めてやったのさ。自殺して当然のことをあいつはしたんだ!!」
「テメエッ!!」
そう言いきる山之内に向けて俺は拳を振り上げる。
こいつは人の心なんてない。人の被り物をした悪魔だ。
こんな悪魔の自尊心の為に、影美は……!
ーーパンっ。
俺の拳が届く前に、小さな手のひらが山之内の頬を打ったからだ。
「!?」
「……ミカゲ?」
山之内の頬にビンタしたのはミカゲだった。
これまで山之内を前に顔を青くしてうつむいているだけだった彼女が初めて動いた。
「……なにがチャンスだ」
呟くようにミカゲは言う。
小さな手のひらは赤くなっていた。
俺は呆気にとられ、振り上げた腕を下ろした。山之内も驚いた表情で打たれた頬を左手で押さえている。
ミカゲは凍てつくように冷たい目で山之内を見据えている。その瞳の奥には憎悪と怒りが孕まれていた。
「自分のことばかり考えて、人のことを踏み躙る奴のことなんか、誰が見ようとする?」
「……なんだと」
ミカゲの言葉に山之内の眉間がピクリと動く。
「彼女がふる気持ちがよくわかるよ。お前なんかお断りだと心からそう思ったんだろうな」
動揺する山之内を前に、ミカゲは不敵そうに鼻で笑った。
「なんだとッ!?」
激昂した山之内はミカゲの胸ぐらを掴んだ。
その勢いは強く、ミカゲの華奢な身体は首もとを掴まれたまま宙を浮き、フェンスに叩きつけられる。
フェンスはミシリ、と嫌な音を立てた。
「ミカゲ!!」
俺は叫んだ。
「やめろッ山之内!!」
山之内からミカゲを引き剥がそうと間に入るものの、我を失っている山之内の力は凄まじく、まるで敵わない。
ミシリ、またフェンスが嫌な音を立てた。
「ミカゲを離せ!!」
俺はそれでも山之内に食いつく。ミカゲも抵抗しているが宙に浮いた足をばたつかせるのがやっとだった。
「やめろォォオオッ!!」
ぱきん。
軽い音を立て、それまで耐えていたフェンスは折れた。
支えていたものを失ったミカゲの身体は宙に投げ出された。
ゆっくりと、スローモーションのようにミカゲの身体が斜めに倒れていく。
ミカゲと目が合う。その表情は、柔らかで穏やかなものだった。
まるで最後の言葉のように、ミカゲは俺に向けて言った。
「蒼汰。
「……っ……!!」
声が出ない。
何が起こっているかも理解が追いつかない。頭がぐちゃぐちゃだ。
それでも、身体は思考を置き去りにして、反射的に動いた。
大丈夫、今なら間に合う。
俺は床を勢い良く蹴り飛ばし、ミカゲの方へ飛び込んだ。
ミカゲの身体を抱き止め、その身体をそのまま屋上へ放り投げる。
ミカゲの軽い身体は重力と反対の方へ進んだ。
入れ替わるように、ミカゲは上へ、俺は下へと落ちていった。
全身に衝撃が走る。
どこが痛いかも、わからなかった。
力が入らない。もう指すらも動かせない。
人々の叫び声が聞こえた。救急車という単語も聞こえてくるが、どこか他人事のように思えた。
……寒い。
血が流れたせいで、体温が下がっているんだろう。
視界も真っ暗で何も見えない。聞こえてくる悲鳴もだんだんと小さくなっていく。
痛みも、もう感じない。
ああ、いよいよ俺、死ぬんだ。
海の底に沈むような感覚が襲ってくる。
そうだよ。
元々死ぬつもりだったんだ。
本当なら五月のあの日、学校の屋上で飛び降りて死ぬはずだったんだ。
これまでよく頑張ったよ、俺。
闇に意識を預けようとすると、誰かの呼ぶ声が幽かに聞こえた。
「蒼汰くんッ!」
懐かしい、誰かの声。
その瞬間、頭の中に見たことのない景色が流れてきた。
真夏の入道雲。
緑の木々が揺れる校庭。
煌めく水飛沫が飛び交うプールサイド。
これは走馬灯?
それとも、誰かの記憶……ーー?
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