10話:友達

「ここに来るのも何回目だ」

「いいじゃないか。故郷だろう」

 悪態をつく俺にミカゲが言う。

「そうそう。里帰りよ里帰り」

 続けて花梨が言った。

「……懐かしむための帰郷だったら二度と来なかったよ。まぁ、理由はどうあれこれが最後の里帰りになるかもしれないがな」


 阿久津宅を訪れてから五日後の金曜日。

 俺たち三人は再び鷹松市へ来ていた。

 今回は俺とミカゲの二人に加え、花梨も一緒に着いてきた。


 滝里杏奈、かつての四年一組の担任を殺した犯人が判明した。


 阿久津から出た犯人の名を聞いて戦慄したことを昨日のように覚えている。

 俺は固唾を飲んだ。

 これから向かう先は滝里先生を殺した犯人の元だ。

「緊張しているな」

「当たり前だ。自分の命もかかってるんだぞ」

 先生を殺した犯人を追い詰められれば、先生が自殺でなかったことが証明される。地獄行きを防ぐことが出来る。


 今現在、滝里先生がこの世に留まることが許される代償として、俺の寿命が支払われている。

 犯人を捕らえることは、俺の寿命のカウントダウンを止めることに繋がるのだ。


 阿久津が告げた人物の顔を思いだし、呟く。


「本当に、あいつが……」


 辿り着いた先は、市ノ瀬高等学校。

 時刻は十七時三十分。

 校門からは帰宅する市ノ瀬高校の生徒で溢れている。

 市ノ瀬高校は一般の進学校よりも更に大きく学力に力を注いでいる学校だ。

 うちも進学校だが、うちの高校が行事や部活動など全方向に力を入れているなら、市ノ瀬はそのバロメーターを全て勉強に割り振っている。

 そのため、下校時刻は他の学校よりも遅い時刻に設定されている。


「うちの高校が七限で終わってちょうど良かったわね」

「生徒がいっぱいいるな。警備員もいる」

「このまま入ったら間違いなく門前払いだろうな」

「とにかく、作戦通りに」


「ああ」「おお」と俺たちは花梨に返事をする。

 作戦は花梨が考えてくれた。俺とミカゲはそれに従い実行する。


 花梨はうん、と頷くと、校門から出てきた男女のカップルらしき一組に声をかけた。

 二、三回言葉の往復をすると、彼女はナップサックを二つ抱えて戻ってきた。

「じゃあ、ミカゲと皐月くん、二人はこれに着替えて目標人物までダッシュ」

 花梨からナップサックを受け取る。中には体操服が入っている。


 正面から他校の生徒が学校内に入れることはまず不可能だ。

 必須なのはここの高校の生徒として校内に侵入すること。

 そこで、花梨は市ノ瀬高校の生徒から体操服を借りることを企んだ。

「借り物だと名札でバレたりしないかな」

「警備員も生徒一人一人名前なんて把握してないわ。うちの生徒ですって堂々と入るのよ」

「おい花梨」

「なによミカゲ?」

「君の分の体操服がないじゃないか」

「バカね。全員で侵入してもしょうがないでしょうが。何のために三人で来たと思ってるの」

「?」

「?」

 クエスチョンマークを頭上に浮かべる俺とミカゲを見て花梨がふ、と笑う。「おとりよ囮」

「私はそのまま外部の生徒としてみんなの意識を集中させるわ。そうね……他校から告白しに来た可愛い女子生徒ってところかしら」

「まさかそのために」

「ほら、早く着替えて。のんびりしてんじゃないの」

「っわ」

 校門近くに設置されている大きめの花壇にミカゲを隠すように後ろから軽く蹴る。

「人を蹴るなよ」

「死神って軽いのね」

「それは私が元から軽いんだ」

「お前らくっちゃべってんなよ……」

 俺も適当に着替えられそうな場所を探した。


 適当な場所で着替えを済ませ、花壇へ戻るとミカゲはまだもぞもぞと花梨の足元で蠢いていた。まだ着替えてる途中らしい。

「何じっと見てんのよ。ムッツリ」

「ち、ちげーって」

 花梨にそう言われ、慌てて目を剃らす。

「……なあ」

 視線を向けないまま距離をとって花梨に話しかける。

「何よ」

「どうしてそこまでしてくれるんだ」

「はぁ?」

 俺の問いに綺麗に整えられた眉がハの字になる。

「先生を殺した犯人探し。お前はずっと俺らに協力してくれたよな」

 肝試しが終わって以降、花梨は自分のことのように調査にあたってくれた。

 ずっと彼女に聞きたかった。

「お前にとって滝里先生は何の関係もない赤の他人だろ。なんでそこまで本気で動けるんだよ」

 俺が言い終わると、花梨は呆けた顔をした。

口をポカンといつになく間抜けな表情。

 でもそれはほんの一瞬、次の瞬間には噴き出すように笑っていた。

「そんな笑うことか?」

「だっておかしいんだもん!」

 笑いで震える自分の体を抱き締め、花梨はこちらを向いて言った。

「皐月くんさぁ勘違いしてない? 私はあんたの元担任のために動いてるわけじゃない」

 笑いおさまると、彼女は優しい表情でこちらを見つめた。


「あんたのために動いてるのよ皐月蒼汰」

「俺のため?」

「あとミカゲもかな。ミカゲだって肝試しの時、咄嗟に鬼から私たちを守ってくれたしね」


 茜色の夕日が彼女を照らす。


「誰かのために動くってたいした理由も大義もいらないのよ」

 花梨は腕を後ろに組み、夕日を見上げる。「過去の話します」

「なんだよいきなり」

「いーから聞け」

「……はい」

「私さ、クラスで高嶺の花ってポジションでさ、マドンナって呼ばれてたの」

「知ってる。久々に聞いたなその呼称」

「誰かさんたちのおかげで呼ばれなくなったけど」

「……悪かったって」

「嘘。ほんとは感謝してるの」


 春の遠足で俺とミカゲと関わって以来、花梨は自分を取り繕うことをやめた。

 今までのマドンナ像とはうってかわって異なる彼女の豹変ぶりに、クラスメイトたちは驚いた。

 それから花梨は“姐御”と呼ばれるようになった。

「私はさ。クラスの皆と、どんな人といたとしても、その人たちにとって理想の女の子でいようとしたの。可愛くて謙虚で誰からも愛される皆の理想を煮詰めた女の子。理想を壊さず幻滅させないように。自分で自分を演じてきた」

「……」

 遠足で初めて彼女と話した時を思いだす。

 出会った時の花梨はたしかに優しくて温かい笑顔の眩しい絵本の主人公のような女の子だった。


「マドンナである私も私なんだろうけど、なんか息苦しい。この時皆の理想の私はどうする、どう話して行動する? 何がベスト? 考えてるうちに思ったの。「皆って誰だよ?」って。だから皐月くんとミカゲを見た時すごく羨ましかった。不特定多数の人へ幻想をバラまく私より二人の互いに正直でみっともない姿も汚い部分を平気で見せられる関係がいいなって思えた」

「途中からディスってるだろ」

「この上ない賞賛だよ。こんな風に自分をさらけ出せる人になれたらって望んだよ。望んだらなれたけど!」

口を大きくあけて花梨が笑った。

 わはは! と声が出そうな豪快な笑顔。

「あんたたちに出会えたおかげかもね! 私、今すっごく楽しいもん!」

 その笑顔は夕暮れ時に映えてとても魅力的だった。


「……なにメモリあっているんだ」

 花梨の長い股下からジャージに着替えたミカゲが出てきた。

「お、ミカゲ」

「今から犯人の元に乗り込むというのに随分余裕そうじゃないか」

 その表情はどこか不機嫌そうだ。

 ゲシゲシと俺の背後に周り背中を蹴る。けっこう強めで怒りを感じられた。

「地味に痛いって。何をそんなに怒ってんだよ」

「別に」

「そうね。こんな場所でまったり話してる場合じゃないわ。ほら出動。いったいった!」

 ミカゲに蹴られる俺をスルーし、花梨はしっしと手を振る。

「まあ無事に帰ってきなさいよ」

「当たり前だ!」

「花梨こそ不審者としてつまみ出されないように気をつけるんだな」

「こんな可愛い不審者いてたまるか! あーもう早く行け!」

 そんな軽口を最後に俺とミカゲは花梨と別れた。

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