第21話 移行の条件

 あれから3日ほどが経ち、私はアスモデウスと会うことを許可された。


 何があってもいいようにと、今はルシファーの家に来させてもらっている。


「……」

「……」


 ここに来てから割と時間が経っているけど、ずっと沈黙が続いている。何をどう話したらいいか、まったくわからない。


「……あの、この前はいきなり裾掴んでごめんね?」


 言ってから気づいた。絶対言葉を間違えたことに。

 なんだ、裾掴んでごめんって。もっと他に言うべきことがあっただろう。


「いいのよ。それより……私はあなたを見る時も、ずっと別の子のことを被せて見ていた。ごめんなさい」


「いいよ、全然」


 そう、本当にいい。慣れている。人間界でも、誘ってきた張本人が、私と別の誰かを被せて見ているなんて、ざらにあった。

 かく言う私も、その一人。


 そう思いながら、私は服越しにネックレスをぎゅっと掴む。


 誰にだって忘れられない者がいる。それが家族でも友人でも恋人でも、はたまたペットでも。


「……まだ、人間を食べたいって思ってる?」


 私が訊くと、アスモデウスは焦ったように首を横に振った。


「もうそんなこと考えてない。たしかに、自分の欲を満たしたいとは思うけど、そんなの悪魔でも事足りる。それに、最近は人間よりも普通の食べ物の方が美味しいの」


 そっか、良かった。


 彼女の表情からも声からも、嘘は見えない。信じても問題はなさそうだった。


「ねえ」


 声をかけると、アスモデウスは下に向けていた顔を少し上げた。不安そうな表情をしている。

 しかし、私はそんなことを気にせずに、少しばかり口角をあげる。


「まだ、私と……私たちと一緒にいてくれる?」


「! ……いいの?」


「うん、みんなも嫌がってないよ」


「でも––––」


 それでも、アスモデウスの顔はまったく晴れてくれなかった。これ以上、何を言えばいいんだろう。そもそも、彼女は何を心配しているのかが、あまりわからない。


「私公認ですが、何か問題でも?」


 ドアの方からそう言ってきたのは、レヴィアタン。彼女はドアにもたれかかったまま、アスモデウスを眺めている。


「え……いや、でも…………」


「ああ、もう!」


 アスモデウスのじれったい様子に痺れを切らしたからか、レヴィアタンはズカズカと彼女の方に近づいて、人差し指をビシッと向けた。


「穏健派の悪魔が重視するのは“本人の意思”です! あなたはどうしたいんですか!?」


「えと……こ、こっちにいたい……です」


「声が小さい!」


「こっちにいたいです!」


 私はあのアスモデウスが圧倒されていることに驚いている。なんというか、レヴィアタンの気迫がすごくて、こっちが声を失ってしまうぐらいだった。


「なら、まず中立派から始めることが条件です」


 レヴィアタンの言葉に、アスモデウスは意気込んでうんうんと頷く。


「でもさ」


 私が口を開くと、二人はパッとこちらを向いた。


「どうやって派閥を変えるの?」


「簡単です。その派閥の筆頭の許可を得る、それだけです」


 一見簡単。しかし、それは難しい。要は、筆頭の許可を得られなければ、その派閥に属することはできない。


「ですがまあ……中立派なら平気でしょう」


「なんで?」


「中立派の筆頭はマモン、彼は強欲を制しています。……要するに、ここにいるアスモデウスとは遊びまくってるんですよ」


「わあ……」


「ち、ちが……いや、違わないけど……!」


 私が呆れた顔をすると、アスモデウスはわたわたとしながら訂正をしてきた。


「でも、遊びまくってるからと言って、それだけで入れるほどおバカな子じゃないわ」


「ええ、そうでないと困ります。それはいいとして、明日あたりにでもマモンの元を訪れてください」


「はーい」


◆◆


「……珍しいよな、お前が遊ぶ以外でここに来るの」


「そ、そうね……」


 マモンの館、二人は向かい合ってソファーに座っているが、アスモデウスは居心地が悪そうに座っている。

 彼はその様子を少し楽しんでいるようにも見えた。


「で、要件は?」


「中立派に移行したいの」


「いいぜ」


「そうよね……え?」


 あっさりとした物言いに、アスモデウスは思わず目を見開く。彼女の目の前に座るマモンは、その顔を見て笑った。


「あ、あっさりすぎない? なんか、もっとこう……厳しく査定されるものかと…………」


「俺がそういうの嫌いなの知ってんじゃん。それに、今のお前なら、中立派にいても文句はねえだろ」


「あ、ありがとう……? でも、他の悪魔ヒトたちは……」


「おいおい、ここは中立派だぜ? 過干渉はしない分、仲間意識も低い。誰が移行してこようが、誰も気にしちゃいねえよ」


「そう……」


 アスモデウスは内心、それでいいのかとも思ったが、それでいいからこの派閥が続いているのだろうと考えた。


「んじゃま、今日からよろしくな」


「よろしく」


 そう言って二人は手を握り合った。


「ま、俺がお前を呼び出す理由は変わらねえけどな」


「はいはい、変えられても困るわよ」

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堕ちた先は魔界でした 榊 雅樂 @utasaka

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