第20話 私から見て

「はあ……」


 あれ以降、私は部屋にこもってしまっている。どうしてあんなことをしてしまったのだろう、どうして好きでもない相手に嫉妬なんてしてしまったのだろう。


 そんな後悔が、私の頭の中を埋めつくしている。


「結羽」


 ベッドの上でうずくまっていると、ウァサゴが部屋に入ってきた。


「どうしたの?」


「結羽に謝りたいという方が来たので……」


「?」


 謝りたいって何? そんなことされるような覚えはまったくないんだけど。


 とりあえず承諾をすると、部屋に一人の女性が入ってきた。

 この前、街でぶつかった水色の髪の女性。


 その女性は部屋に入ってくるなり、頭を下げた。私は突然の行為に思わず驚いてしまう。


「申し訳ありません」


「え? え? ちょ、なんのことですか!?」


 会って早々意味がわからない。この人はなんで頭を下げているの? どうして誤っているの? 全くもって理解ができない……。


街に行った日あの日、私がぶつかったでしょう」


「え……はい…………」


「あれは、わざとです」


「……はい?」


 またもや理解が出来なかった。わざとだとして、どうしてそんなことをする必要があったの?


「ど、どういうことですか?」


「……私は取り憑いた人間に、嫉妬という感情を起こさせることもできるのです」


 つまり、彼女はぶつかった時に私に取り憑いたということだろう。しかし、なぜ取り憑いたのだろう。

 面白半分でやっているのなら、今こうして謝ってくることは無いはず。


「アスモデウス」


「?」


「彼女は今、どの派閥にも属していません。正確には、属せていません」


「ごめんなさい、話が見えてこないです…………」


 私が言うと、女性はすみませんと謝り、目を伏せて続けた。


「単刀直入に言いますと、アスモデウスは元過激派です」


「……え?」


 驚きと困惑で声が出てこない。信じられるような、信じられないような、そんな不思議な感覚だった。


 彼女は優しい半面、恐い一面もあった。私を初めて遊びに誘った時もそうだ。私はあの時、たしかに鳥肌が立った。


「私は彼女が穏健派こちら側に来ようとしているのを知り、彼女が最も嫌がることであろうことをしました」


「嫌がること……?」


「好きな女性に似ている人の嫉妬です」


「!」

 

 女性はアスモデウスの過去を、ある程度説明してくれた。


 好きな人がいたこと、その子に想像を絶するようなことをしてしまったこと。そして、そんなことをした自分を許せないでいることを、教えた。


「そんなことをした自分には、嫉妬なんてされる権利はないのだと考えています」


「……」


 私は何も言えないでいた。どういう反応をするのが正解なんだろう。同情をするべきなのだろうか。いや、それが正解とも限らないか……。


「勝手にあなたに取り憑いたことと、あなたを苦しめてしまったことを、謝りに来たんです」


 そう言って彼女はまた申し訳ありませんと謝った。


「いえ、謝らないでください。私は大丈夫です」


 できるだけ顔が引き攣らないように、優しく微笑んだけど、女性の顔が晴れることはなかった。


 この悪魔ヒトもきっと、優しいんだろう。優しいから、なにをしでかすかわからない他者を、穏健派の優しい悪魔たちに近づけたくなかった。


 なんだか、親みたいな悪魔ヒトだなあ。


 そういえば、あの日は気づかなかったけど、この女性の耳は他の悪魔とは違った。ウァサゴやレラジェ、ルシファーたちなんかは尖った耳をしているけど、彼女は違う。魚のヒレのような耳をしている。


「あの……お名前なんですか?」


「え……ああ、レヴィアタンです。七つの大罪が一つ、嫉妬の魔王と呼ばれています」


 なるほど、だからその耳をしているのか。


「私は結羽です。……この先、アスモデウスはどうなりますか?」


 私が訊くと、彼女は少し考えた。


「やはり、すぐに受け入れることは無理です。過激派であったにも関わらず、いきなり穏健派になろうとした」


 やはり、穏健派に属している悪魔からしたら、たまったものじゃないだろう。恐ろしい存在が自分たちの身近に来たなど、私だったら嫌だ。


「––––あなたから見て、アスモデウスはどうですか」


「私から見て……」


 アスモデウスは、時々怖い。強引なところもあるし。けど、普段は割と好きかもしれない。優しくしてくれるところも好き。


 過去に人を殺した、それは隠しようのない事実。けど、今の彼女はどう思っているのだろうか。

 まだ、人をたぶらかして欲を満たして、用が済んだら殺したいと考えているのだろうか。もしそうでないのなら、私は……


「一緒にいたい……」


「…………」


 私の返答に、レヴィアタンは黙ってしまった。もしかしたら、ダメなことを言ったのかもしれない。いや、かもしれないじゃなく、言ってしまったのだろう。


「……ウァサゴから見て、どうでしたか?」


 レヴィアタンは、今度は彼女の隣に立っていたウァサゴにも同じ質問をした。


「そうですね……変わっていると思います。最近でも中立派寄りではありましたから。まだ過激派の名残はあれど、結羽の近くにいてもあまり問題はないぐらいです」


「なるほど…………」


 ウァサゴの返答に、また黙る。


 私はアスモデウスが敵になるのは嫌だった。彼女な本音は彼女にしかわからない。けど、そこまで後悔があるのなら、変わりたいと思っているのなら、チャンスを与えてもいいような気がする。


 しかし、それを決めるのは私じゃない。穏健派の者たち。私が何かを言ったところで、その意見は参考程度にしかならない。


「……わかりました。アスモデウスの対処は、また後日お伝えします」


「はい……」


 私が小さく言うと、レヴィアタンは「これで……」と言って部屋から出ていった。


「……どうなるのかな」


「私にもわかりません。それを決めるのは、レヴィアタン様ですから」


 しょんぼりしつつも、私はウァサゴの言葉に少し引っかかった。


「穏健派の筆頭はルシファーなんだよね?」


「はい」


「なら、なんでレヴィアタンが決めるの? あの悪魔ヒトも穏健派っていうのはわかるんだけど……」


「彼女は、穏健派の誰よりも早く魔界にいるからです。最終的な決定権は彼女にあります。それに……」


「それに?」


「ルシファー様は優しすぎて、どうしたらいいかわからなくなる時があるので」


 私はなるほどと、妙に納得してしまった。たしかにルシファーは優しい、それはいいことだ。けど、それ故に決めきれないことがあるのだろう。


「レヴィアタン様もお優しい方ですよ。怒ると大の大人でも怖いと思うほどですが……」


 大の大人でもって、どれだけ怖いんだろうか。私はそれを聞いて、絶対に怒らせないようにしようと思った。

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