第19話 友達として

「とぼけないでもらえる?」


 アスモデウスは圧をかけるが、レヴィアタンと呼ばれた女性は全くもって動じない。

 彼女は紅茶を一口飲み、ティーカップを机の上に置いた。


「……あなたが望んだのは、ああいうことだったのでしょう?」


「……っ」


 どうやら図星をつかれたらしく、アスモデウスは何も言えなくなった。


「いいの? 穏健派がこんなことして」


「…………」


 レヴィアタンは黙ったまま、アスモデウスを静かに見下すような目で見る。


「あなたはこれを望んだ。望んだ結果、


「ふざけ––––」


 アスモデウスはレヴィアタンの言葉に腹を立て、彼女に掴みかかろうとした。しかし、それはレヴィアタンの横に座っている男性によって阻止された。


「だーめ」


「っ……」


 アスモデウスは何も出来ずにいると、今度は鋭い眼差しをルシファーに向けた。


「あなたもどうして止めないの!?」


「あ……いや…………悪い…………」


「謝らなくていいんですよ。それよりも、穏健派私たちはあなたを認めることは難しいです。それはあなたが一番わかっているでしょう、のアスモデウス」


 アスモデウスは黙っている。彼女の表情は、実に複雑なものであった。

 目を背けようとしていた事実を言われ、どこにもぶつけられぬ怒りが彼女の内を這い回っている。


「…………もういいわ」


 そう言い、アスモデウスはルシファーの部屋から出ていった。


「……まったく、困ったものですね」


「十中八九、理由は“あれ”だろうけどな」


「そうね……。あと、ルシファー、あなたは優しいところがいいところですが、それが玉に瑕です。気をつけてください。今回も、易々と彼女を受け入れた」


「すまない」


 彼はダラダラと言い訳を並べることはなかった。その素直さもまた、彼の取り柄である。


 レヴィアタンはその様子を見て、軽く微笑んだ。男性はその様子を見て微笑む。


◆◆


 ––––あなたを認めることは難しいです


 わかってる。そんなのとっくにわかっていた。けど、認めたくはなかった。

 私ももしかしたら、これを境に穏健派に入れるかもしれないなんて、甘い考えを持った。持ってしまった。


 だって、私は悪い子なんだもの。そうでしょう? サラ––––


◆◆


 もうあれは数え切れぬほど昔の話。私が天界から堕ちて数年が立った頃、ある一人の少女に出会った。まだあどけなさの残る、可憐な少女だった。


 その日は気晴らしにどこかの男をふっかけようと、人間界へ行っていた。


「あの……!」


「……?」


 私が適当に練り歩いていると、後ろから声をかけられた。歳は14程であろうか。

 ブロンドの髪をお団子にしていて、緑と赤のワンピースを着ている。


 随分と、可愛らしい少女だった。


「これ、落としたよ……?」


 そう言って彼女が差し出したのは、この間喰った男が渡してきたネックレス。


「あら、ありがとう」


 私は冷静に礼を言いつつ受け取るが、内心かなり高揚していた。胸が高鳴る。少しばかり顔も熱い。

 私は彼女に対し、ドキドキしていた。いわゆる、一目惚れと言うやつだ。


「––––ねえ、あなた、お名前は?」


「え、サラ。あなたは?」


「私? 私は––––」


 今まで名乗った名前はダメだ。別の名前を名乗らなくては。


「…………ラムールよ」


「ふふ、素敵なお名前」


「あなたの名前もね」


 そこから私たちはよく話すようになった。サラはよく身の回りの人間について話してくれた。あまり興味はなかったけど、楽しそうに話す彼女を見るのがとても好きだった。


 その度に私は、サラにどんどん惹かれていっている、そんな感じがしていた。


「あのね、近いうちに、結婚するんだ」


「……え?」


 思わず声が出てしまったけれど、よくよく考えたらなにもおかしな話ではない。当たり前だが、今とは時代も違う。


 結婚の価値観も違えば、当然年齢だって違う。この時代に住むサラは、もう結婚をしてもおかしくない年齢であった。


「そう、おめでとう」


 口先ではそういった。表情管理もしっかりできたはず。けど、内心はやはり違う。結婚なんてしてほしくないと、ずっと私といてほしいと、そう願った。


 サラには私のものになってほしい。サラの初めては私がいい。ずっと、この先一生私だけを見ていてほしい。


 ––––手に入らないのなら、


「手に入れればいいじゃない、無理やりにでも」


 そしてサラの初夜の日、私は相手の男を殺した。サラがもう二度と結婚などしたくないと思えるぐらい、残忍に。


 でもサラは次も、その次も初夜を迎えようとした。私はその度に殺していたけど。


 そうして七人目を殺した頃から、サラは『悪魔憑き』と呼ばれるようになった。彼女は悲しんでいたけど、私にとっては好都合。


 しかし、そんなある日、また男が彼女と初夜を迎えようとしていた。私は同じ方法で殺そうとした。けど、今回は無理だった。


 魚の臓物を香炉で焼かれていた。私はこの匂いが死ぬほど嫌いだ。だから、姿を現して逃げ出した。


 その後を別の男が追いかけてくる。こいつが、ラファエルであった。私はそのまま封じられた。

 その時にあいつから告げられた言葉が頭から離れない。


 ––––サラからの伝言、『君は悪い子だ。けど、君のことが大好きだった。“友達”として』


 “友達”……その言葉が私をどれだけ苦しめるか、サラはきちんと理解していた。理解されていたからこそ、つらく悲しかった。


◆◆


「あの時、あんなことをしなければ、サラが死ぬまで一緒にいてくれたかしら」


 いや、そんなことはきっと無理だったろう。私は耐えきれずに、どこかしらのタイミングで相手を殺していたに違いない。


 未練がタラタラで、誰かと行為をしている最中も、サラのことばかり考えていた。


 しかし、見つけてしまった。サラの優しい雰囲気によく似た女の子を、結羽ちゃんを。

 顔も声も身長も年齢も、全てにおいて違う子ではある。けど、あの時ルシファー君が出した小さな花を見た時の目は、一生忘れることができない。


 誰かを想っているような、あの優しい瞳は。


「まったく……私もバカね。サタン君が魔界こっちいざなった人間を、ルシファー君の方にやっちゃうなんて」


 あの日、結羽ちゃんが穏健派に近い森に落ちたのは、偶然なんかじゃない。私がそうした。許せないから。あの可愛らしい女の子が、まだ未来ある人間が、悪魔に喰われてしまうなど。

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