第18話 這い回る違和感

「ふわぁ……」


 朝起きて一番に大きなあくびをする。鳥が朗らかに鳴くほど、気持ちの良い朝である。


「おはようございます」


 ベッドから立ち上がると、ウァサゴが部屋のドアを開けた。


「おはよ〜」


「昨日は人混みに出てお疲れでしょう、今日はゆっくり休んでください」


「え、いいの?」


 昨日のは遊びというか休憩の日みたいなものだと思っていたから、今日は魔力を扱う練習の日かと思っていた。


「はい、昨日のあれは魔界に慣れるための練習の一貫ですから」


 そう言われたので、私はパジャマから服に着替えてご飯を食べた後、部屋に戻って本の続きを読み始めた。


 やっと3分の2ぐらい覚えることが出来た。そろそろ、別の本も読んで勉強した方がいいのだろうか。


 そんなことを考えていると、窓がガラッと開いた。


「結羽ちゃ〜ん♡」


「わあああ!?」


 私の大声を聞いて、ウァサゴが部屋に入ってきた。彼女の視界に映ったのはもちろん、驚いた顔をした私と、驚かせて満足なのであろうアスモデウスである。


「……あなたは玄関というものをご存知ないのですか?」


「あらぁ、失礼しちゃう。そのぐらい知ってるわよ」


 彼女の返答に、ウァサゴは頭に手をついて深くため息をついた。


「とりあえず、上がってください」


◆◆


「––––で、何をしにここへ?」


 ウァサゴは紅茶を用意しながら、なんのアポも無しにやってきたアスモデウスに訊いた。

 彼女は両手で頬杖をつきながらニコニコとしている。


「いいなあって」


「はい?」


「羨ましいじゃない、結羽ちゃんとお出かけするなんて」


 そう言って彼女は両頬を大きく膨らませる。ウァサゴはその様子にまたため息をついた。


「あなたが穏健派の街にね……」


「ん、ウァサゴ何か言った?」


 よく聞こえなかったからもう一度訊いたけど、なんでもないとはぐらかされてしまった。


「そもそも、あれは魔界に慣れる一貫です」


「でも遊びは遊びじゃない?」


「あなたに任せる必要はないですから」


「んもぉ、つれないわね」


 二人が軽く言い争う様を、私は淹れられた紅茶を飲みながら眺める。

 少し、胸の辺りに違和感がある気がする。けど、なんでもないだろうと思いながらお菓子も口に運んだ。


◆◆


 次の日もアスモデウスは家にやって来た。ウァサゴは相変わらずため息ばかりで、アスモデウスはそれを面白がっている様子だった。


 ––––そういえば、昨日はあんまりアスモデウスと話さなかったな。


 まただ、また胸に違和感がある。私はこれが何か知っている。知っているけど、そんなわけないと頭から取払った。


 次会う時も、そのまた次会う時も、その“違和感”はあった。むしろ、どんどん膨れていっている。

 これは、紛れもなく“嫉妬”であろう。しかし、私は恋人以外でそれを感じたことはない。ましてや、女子になんて一切感じたことはなかった。


 それなのに、今はしている。しっかりと、嫉妬という形を捉えている。


 今日もアスモデウスはうちに来ている。最近はウァサゴがため息をつく様子を楽しんでいるばかりで、私とあまり話さない。

 前までならまったく気にならなかったのに、今は気になって気になって仕方がない。


「いいじゃな〜い、私も––––」


 アスモデウスがそこまで言うと、私は無意識のうちに彼女の袖口を掴んでいた。

 二人とも戸惑った表情をしている。当たり前、急にこんなことしたんだから。


 私はハッと我に返って、パッと掴んでいた袖口を放した。


「あ……ご、ごめん」


 我に返ると、恥ずかしさが込み上げてきた。思わず顔が赤くなる。


 恥ずかしい、こんな子供みたいなこと。おかしい、前はこんなことなかった。別に、彼女のことを好きだと思ったこともない。


「結羽ちゃん? どうかした––––」


 彼女が私の頬を触ると、ピタリと止まった。少し驚いた顔もしている。

 そして私の頬から手を離し、いつものように笑った。


「ごめんなさい、急用ができちゃった。……またね」


 アスモデウスは私の頭を撫でてから、ウァサゴの家から出て行った。


 ––––困らせちゃったかな……。


 そんなことを考えていると、ウァサゴが優しく私を撫でてくれた。その様子が少し情けなくて仕方なかった。


◆◆


 アスモデウスは足早にルシファーの館の廊下を進む。彼女のヒールの音が廊下全体に響いている。


 ルシファーの部屋のドアを勢いよく開けると、そこにはルシファーと二人の男女がソファーに座って向かい合っていた。

 ルシファーは驚いた表情を浮かべるが、男女は表情を一切変えなかった。


「……やっぱりいた。あなたの仕業でしょ? 


「ふふ、なんのことでしょう」

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