第2章

第17話 街へ行く、そして––––

「え、街?」


 部屋で本を読んでいると、ウァサゴが唐突にそんなことを言ってきた。


「はい。そろそろ行ってもいいのではと、ルシファー様が」


「そう、なんだ……」


 今の今までは危険だからと許可は下りなかった。それが今日、いきなり行ってみないかと提案されたことに驚いた。


「でも、大丈夫なの?」


「はい。完全にと言えるかはわかりませんが……、ここは比較的安全ですので」


 怖くないかと聞かれたら怖いと答える。しかし、興味はある。

 行ったことのない場所、見たことない悪魔が見れる好奇心が、私の恐怖をかき消してくる。


「行ってみたいかも……!」


「そうですか。なら、買い出しついでに行きましょう」


 街は賑わっていた。初めて見た時よりもはるかに悪魔ヒトが多いため、だんだん緊張してきた。


 人間と気づいた時、彼らはどんな反応をするだろうか。私は最悪の想像をしながらウァサゴについて行く。


「お、思ったより人多いね……」


「そうですね。この時間ならもう少し少ないかと思っていましたが……時間を間違えましたね」


 彼女はすみませんと付け足すが、私はブンブンと首を横に振った。


 しかし、悪魔ヒトが多いと言っても、さすがに都会程ではない。言っても商店街ぐらいなものだろう。


 普通に歩いているだけだが、周りからジロジロと見られている。


「ねえ、ほんとに出ても大丈夫なの……?」


 あまりにも周りの視線が痛く、私は再度ウァサゴに訊いた。


「問題はないですよ。今の結羽は、ルシファー様たちの魔力が少しついてるので」


「……なんて?」


「ルシファー様たちの魔力がついています」


 私はその言葉に唖然とした。魔力がついているって、一体どういうことだろう。それに、どうやってついたんだ。


「最近、一緒に練習していたでしょう? その時に、お手本を見せてもらいますよね」


「うん。……もしかして、その時に?」


 訊くと、ウァサゴは一つ頷いた。

 だから、周りの悪魔は例え手を出したくとも、あまりに強い悪魔の魔力がついているから無理というわけか。


 だからと言って、この視線の痛さが消えるわけではないけど。


「そもそも、これを言い始めたのはルシファー様なんです」


「え、そうなの? なんで?」


「さあ……そこはよくわかりません。ですが、あの悪魔ヒト、面倒見がいいですからね。それも理由の一つでしょう」


 私はなるほど、と呟いて歩いていくウァサゴについて行く。


 人間界では商店街はもう廃れてほとんど姿を見せないけど、魔界ではそうではないらしい。出店はどこもやっていて、どこも客がいる。


 それにしても、見たことがないものばかり売っている。やはり、魔界と人間界では全てにおいて違うらしい。

 根菜っぽいのは触手のようなのが伸びていたり、半端なく気持ちの悪い見た目をしている。


「あれ、食べれるの……?」


「はい、立派な食用です」


 あれが食用とか、正直嫌なんですけど。いや、でも私も今日までの間に、どこかのタイミングで食べているかもしれない。


「なんかやだな……」


「? なにか言いましたか?」


「いや、なんも」


 そう言いつつ歩いていると、いい匂いがしてきた。匂いの方を目で追うと、そこには串焼きが言っていた。


「……食べますか?」


 あまりにに見ていたためか、彼女は微笑みながら訊いてきた。


「え! あ……や…………」


 少し恥ずかしくて咄嗟に否定をした。した、けど…………


「おいしい……!」


 結局欲に負けて、買ってもらった。

 肉汁溢れるジューシーなお肉が、私の口もお腹も満たしてくれる。最高にいい気分だ。


 食べていると、ウァサゴが急に立ち止まった。


「どうしたの? って、あ」


「お、嬢ちゃんもいんのか」


 ウァサゴの前にいたのは、アモンであった。彼は人の姿をしておらず、ありのままの姿で紙袋を両手で抱えている。


「あ、人の姿になった方がいいか?」


「え、ああ、別に大丈夫。そのままでいて」


 彼は拍子抜けしたようにそうか、と呟いた。無理もない。今まではずっと人の姿になってもらっていたのだから。


 ならなぜ、今日は人の姿にならなくてもいいと言ったのか。それは、そろそろ慣れるべきだと思ったから。

 会うたび会うたびに姿を変えさせられたら疲れるだろうし、それに何より、本来の自分を“嫌だ”と言われたら、誰だって嫌な思いをするだろう。


 彼が嫌だと思っているのかはわからないけど、まだ魔界に住まなくてはならないのなら、人型でない悪魔にも会うことはあるだろうし、本格的に慣れなければ。


「そうだ、ウァサゴ。ちょっといいか?」


「……構いませんよ。結羽、ここから動かないでください。変なのに話しかけられても、ついて行かないように」


「はーい」


 まるで子どもに言い聞かせるみたいだ。私はちょっとむくれる。

 でも、彼女たちからしたら、魔界のことを全然知らない人間など、赤子にものを教えるようなものだろう。


「食べ終わっちゃった」


 さっきウァサゴに買ってもらった串焼きも、もう食べ終わってしまった。

 辺りにゴミ箱は見当たらない。私は壁にもたれかかった。


 ここに来てから1ヶ月程が経った。そろそろ人間界ではどうなっているのかが気になってきた。


 お母さんは、警察に連絡をしたのだろうか。それとも、夜遊びばかりする娘がいなくなって、清々しただろうか。

 お父さんも私には呆れていた。なぜ遊んでばかりいるのだと、わざわざ大学に行かせてやっているのだぞとか、散々言われた。


 けど、別に頼んでいない。正直なところ、私は専門学校で美容のことを学びたかった。なのに、父親はそれを無視した。無視して大学に行かせた。


 学歴が大事な世の中ではあるけど、学歴ばかりに固執して、随分と可哀想な人。


 別に、それが原因でグレて女の子と遊んでばかりいたわけじゃない。というか、二人ともあのこと・は知っているはずなのに––––


「わっ」


 くだらないことを考えていると、悪魔ヒトにぶつかられた。その衝撃で少しよろける。


「あ、ごめんなさい……!」


 私にぶつかった本人が謝ってきた。


「いえ、お気になさらず––––」


 顔を上げると、綺麗な女性が目に映った。水色の髪に、鮮やかな青い瞳。全てにおいて美しい。


「ほんとにごめんなさい」


「大丈夫ですよ、ほんと」


「そうですか? なら良かった」


 そう言って彼女は一礼して歩いていった。


 ––––綺麗な人だったなあ。


 そう思った。けど、その女性にぶつかられてから、私の心は少しずつおかしくなっていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る