第16話 14番と色欲と人間と

 それから2日程が経った。昨日は休みの日で、今日は訓練の日。


 いつもならウァサゴかルシファーが教えてくれるのだけど、今日は二人とも忙しいらしく、レラジェが来てくれるらしい。


「ゆーうー」


 部屋で本を読んでいると、彼女の声が聞こえてきた。

 来たんだと思って意気揚々とドアを開けると、レラジェは気まずそうな顔を浮かべながら「やっほー」と言った。


 なぜ彼女がそんな顔をしているのかはすぐにわかった。後ろにいるから。

 誰がって? 色欲の魔王アスモデウスである。


「……なんで?」


「はぁい♡」


「ご、ごめんね? ここに来る途中、ばったり会っちゃって……」


「どこに行くのか聞いたら、ここに来るってくれてね〜」


 彼女はそう言っているけど、レラジェの表情を見るに、恐らく圧でもかけて無理やり聞き出したのだろう。


 私はため息をつくけど、ついたところでどうにかなるわけでもないし、とりあえず二人と一緒に庭に行った。


「さて〜、最近は防御の練習をしてるのよね?」


 そこまで知っているのか……。


「そうだよ。出せる秒数も増えていってはいるけど、それでも最大15秒くらい。1分も出せなくてさ……」


「あ、わかる。私も小さい頃はそんなもんだった」


「え、そうなの?」


 私が訊くと、レラジェはうんと頷いた。


「悪魔でも天使でも、最初は案外そんなものよ。私も天使の頃はなかなかできなかったわ」


「そうなんだ……」


 意外だった。呑気な性格ではあるけど、なんでもそつなくこなすことができるタイプだから。


「あぁ、そういえばアスモデウス様って天使でしたね」


「ちょっと、それどういう意味?」


 アスモデウスの微笑みに、レラジェは目だけでなく顔も思い切り逸らす。アスモデウスは彼女の顔を掴んで自分の方へ戻そうとしている。


 そういえば、元りき天使だって本に書いてあったな。読んだ当初はまさかと思ってびっくりした。


 その後アモンの家に行かせてもらって他の本も読んだけど、どれもこれも同じことばかり書いてあった。それで、ようやっと彼女が元天使だったのだと、理解することができた。


 それはそうと、意地でも顔を逸らしているレラジェと、意地でも目を合わせようと奮闘しているアスモデウス、二人の様子が面白かった。

 それに思わず吹き出してしまう。


「あっははは、変なの〜」


 二人も私の笑う様子を見て笑いだした。そして、ひとしきり笑い終わると、ワイワイしながら魔法を教えてもらった。


 和やかすぎるほど和やかで、逆に全然維持することはできなかったけど、楽しすぎてそんなことどうでもよかった。


 みんなでちょっとだけウァサゴに怒られることになるとは、予想していなかったけど。


◆◆


 波の音が辺りに響く。浜辺には一人の薄い黄土色の髪を持つ男が立っており、海の方を眺めている。


「––––って話〜」


 男は海に––––いや、海にいる“誰か”に向かって話している。

 すると、すいすいと男の方へなにかが泳いでくる。止まったと思ったら、今度は水色の髪をした女が海の中から出てきた。


「まさか、アスモデウスが派閥を変えるとはね。ふふ、今度を仕掛けてみましょう」


 そう言って、彼女は不敵な笑みを浮かべる。


「あんまり変なことはするなよ」


 そうは言っているものの、彼もまた楽しそうに笑っていた。

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