第10話 綺麗な声

 少し経った日の夜、部屋で寝ていると、何かが聞こえてきた。それは歌のようでもある。


 綺麗な声だと思っていると、次第に頭がボーッとしてきた。段々と何も考えられなくなっていく。

 そしてなぜか、窓が開いてカーテンが風になびく。


 ボーッとした意識のまま窓の方を見ると、そこに誰かが座っているのが見えた。少しばかり赤みを帯びた黄色の髪、毛先は炎のように揺らめいている気がする。そこから恐らく女性であろうと判断する。


「〜♪」


 ––––ああ、声の主はこの人か。それにしても、綺麗な声…………。


 女性はこちらへ近づいて来るけど、私は意識が保てなくて何か発せるわけでもなかった。

 彼女は私の顔の頬から首筋にかけて、ほっそりとした白い指をつたわせる。触られても、何も感じなかった。


 女性は口角を上げ、鋭い牙を剥き出しにさせる。


 ––––私は、このまま食べられてしまうのだろうか。


 そんな考えが頭をよぎったとき、女性の背中に矢が勢いよく刺さった。その反動で、彼女は地面に倒れる。


「んも〜、過激派がどうしてこっちにいるわけ?」


 聞き馴染みのある声。可愛らしくて、少し幼さのある喋り方。


「! レラジェ!?」


 意識が戻り、視界がクリアになると、私はガバッと起き上がって、何故かいるレラジェを見た。


「なんでここに……」


「こいつの奇襲が下手っぴだったからね」


「へ、下手っぴ……」


 私が歌を歌っていた主の方を見ると、彼女は悔しそうにレラジェの方を睨んでいた。


「嘘つかないでよ、私があんたなんかにバレるはずがない……!」


「なら、私だと言ったら信じますか?」


「っ!」


 そう言ったのは、ウァサゴ。彼女はドアにもたれかかって、私を襲った張本人を見下すように眺める。


「嫌な予感がしてたんです。ですが、気配を消している者をすぐに見つけ出すことは不可能。なので、私の能力を使いました」


「っざけんな!」


 女性は叫びながら暴れようとするけれど、レラジェが矢に触れると、途端に止まった。


「あれぇ、どうしたの? 暴れていいんだよ?」


「あんた……ほんとに穏健派……?」


 どうやら、女性は怯えているらしい。なにに……と思っていると、ウァサゴが指で私の肩をつついた。そして、私の耳元で囁く。


「彼女の能力、覚えてますか?」


「うん、矢によって傷を癒すのと……あ」


 そうだ、レラジェは“壊疽させる”こともできてしまうんだった。彼女が怯えているのは、それのせい。


 女性は今、壊疽になるようにさせられたのだ。これからじわじわと、細胞という細胞が死んでいく。

 私はそれを考えただけで、全身に鳥肌がたった。


「可哀想に……悪いことはするものじゃないね。ばいばーい!」


 レラジェは言うなり、女性を持ち上げて外に投げ捨てた。外に投げ出されただけならまだしも、すごい勢いで吹っ飛んで行った。


「……わあ」


「相変わらず適当だね」


「いいじゃん、どうせ悪魔は死なないよ」


「死なないんだ……」


 そういえば、この前遊んだ時に聞いた気がする。

 悪魔はどんな怪我を負っても、数週間で治ると。けど、それまでは痛みを伴い、とてもつらいものになるのだとか。


「ところで、あの悪魔は?」


「あれはフェネクスという悪魔です。この本で言うと––––ここのページですね」


 そう言って渡されたページには、確かに『フェネクス』と書かれていた。


 フェネクス:ゴエティアにおいて序列37番目の大いなる侯爵。

 子供のような甘い声で話し、聞き惚れると危険。全ての科学について高らかに語ったり、詩を披露したりする。


 なるほど、だからさっきは頭がボーッとしていたのか。


「まさか、襲われるとは……」


 ウァサゴは考えるようにして指を顎に当てる。


「––––明日あす、ルシファー様の元へ行きましょう」


「わかった……」


 いよいよ、平穏なんて望めなくなってきた。

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