第9話 序列14番

 部屋で借りた本を読み、何度も復唱する。


「っあ〜、疲れた。覚えきれね〜」


 借りてから一週間ほどがだったけど、初めの七人が限度だ。


 ––––いや、これだけの期間で七人も覚えられたのは普通にすごくない?


 そうは思うものの、やはり魔界ここでしばらく生きていくのであれば、覚えるほかないだろう。

 覚えていないよりかは、少しでも覚えている方が断然いい。


 そんなことを考えていると、ノックをされた。了承の返事をすると、ウァサゴが入る。


「捗ってますか?」


「頑張ってはいるよ、覚えられてるかは別として。……悪魔ってこれ全部覚えてるの?」


「まあ、一応そうですね。仲間のことも敵のことも、覚えるのは大事ですから」


 そう言われ、私は「うへぇ」と声を漏らした。

 72体も覚えられてるとか、脳みそどうなってるんだか。


 体勢を崩して座っていると、外からウァサゴを呼ぶ声が聞こえてきた。どこかで聞いたことのある声だ。


「ちょっと出てきます」


「おっけー」


◆◆


 ウァサゴが出ると、玄関前で待っていたのは、結羽が落ちて来た時に出会った、金髪の少女だった。


「……レラジェ、どうかしたの?」


「えへへ〜、遊びに来たの!」


 ウァサゴはその言葉に少々動揺した。なぜなら、中には結羽がいるから。

 隠そうにも、人間の匂いに敏感な悪魔なら、すぐに気づかれてしまう。


 ––––けど、彼女は私と同じ穏健派……。別に対して困ることはない……か?


 それに、金髪の少女はちゃんと見てはいないものの、結羽に会ってはいる。加えて、ウァサゴは彼女が周りに言いふらすような性格でないことも知っている。


「––––少し待ってて」


「? わかった〜」


 そう言ってウァサゴは、一度家の中へ戻った。


◆◆


「結羽」


「ん〜?」


 私は読んでいた本から目を離し、扉を開けたウァサゴの方を見る。


「あの……私の友人にあなたのことを話しても?」


「危険がないんなら、全然いいよ」


「ありがとう」


◆◆


「わあ、本当に人間だ」


 彼女の友人というのは、私が落ちた日に会った、金髪の少女だった。緑色の瞳を、キラキラと輝かせている。


「はじめまして、結羽です」


「初めまして! 私はレラジェだよ」


 ちょっとだけ聞いたことがある。確か、本に書いてあった気がする。けど、本人の目の前で読んでいいものだろうか。失礼に値したりはしないだろうか。


「わかんなかったら、本読んでもいーよ!」


 考えていたことが読まれてしまった。そういう能力? いや、単に私の顔に出ていただけか。


 気になるので、私は本を開く。


 レラジェ:ゴエティアにおいて序列14番目の地獄の大侯爵。召喚すると、弓矢を手にした狩人の姿で現れる。

 戦いと論争を生み出し、矢で傷を癒すことができる。が、同時に敵を壊疽えそにさせることもできる。


「…………わお」


 可愛い見た目に反して、案外おっかない能力をしている。この子が、穏健派に位置しているのは、少々不思議である。


「あはは、穏健派こっちにいるのが不思議?」


「え、あ……いや…………」


 顔を急激に詰められても、苦笑いをすることしかできない。


 でも、不思議なことには変わりない。能力だけ見たら、過激派だと勝手に思ってしまう。


「傷をつける能力だけど、人間が嫌いなわけではないからね」


「そう……なんですね、すみません」


「気にしてないよ〜」


 そうは言うけど、気にしてしまう。元はと言えば、私が嘘でも否定しなかったことが原因で、この話になったのだから。


「あまり思いつめないでください。本人は本当に何も気にしてないので」


 気遣いか、本心か。どちらにせよ、私はまだまだ人間としても未熟なのだと悟る。


「……そういえば、今日は何しに?」


「え? おしゃべりしに来ただけだよ?」


「なら、お茶でも用意する。待ってて」


 そう言ってウァサゴは私の部屋から出ていった。彼女を待つ間、長い沈黙が流れる。

 先程のこともあり、何を言えば良いかが一切わからない。


「–––––ウァサゴから結羽ちゃんがここにいる理由は聞いた。災難だったね」


「ああ、でも自業自得だと思ってるので、正直そんなに気にしてはないというか」


「自業自得かあ、結羽ちゃんは考え方が大人だね」


 レラジェの言葉に、少し戸惑った。


「大人……?」


 自分では自分の考え方を大人だなんて思ったことはない。むしろ、子どもみたいで、いつも––––。

 いや、今考えるべきことではない。


「うん、大人。だいたいの人間はさ、落ちたのは全部悪魔が悪い、自分は悪くないって言う。けど、結羽ちゃんは全然そんなことない。いくつ?」


「今年二十歳はたちになります」


「まだ半分も生きてないのに、すごいなあ」


 そっか、人生百年としても、今の私は5分の1程度しか生きていない。八十が寿命だとしても、半分の歳になるにはあと20年生きることになる。


 ––––私が長生きするのは、いいことかな……、違うかもなあ。


 そんなことを考えていると、ドアが開いた。


「お茶の用意、終わりましたよ」


 そう言われ、私たちはダイニングに行く。そこに用意されていたのは、クッキーと紅茶。紅茶からは湯気が出ていて、淹れたてなのがわかる。


 いただきますと言って、クッキーを口に運ぶ。そこら辺のお店のものより美味しかった。ただ、二人から視線を感じた。


「なんか変なことしちゃった……?」


「すみません、食べる前に言った言葉が気になって」


「え? ああ」


 そういえば、西洋文化が好きな友達が、向こうには「いただきます」という言葉がないと言っていたっけ。

 ついいつもの癖で言ってしまった。


「ね、それどういう意味?」


「えーっと……」


 なんて言うのが正解だろうか。もう染み付いている言葉だから、いざ説明しようとなると、少し難しい。


「命に感謝の意を述べる言葉……って言えばいいのかな」


 言うと、二人は黙ってしまった。


「命に……考えたこともなかったな〜」


「ニホンの文化は独特ですね」


「そうかもね」


 その後は話が弾んだ。日本にはどういうものがあるか、他にもどんな文化があるのかとか。


 久しぶりに、時間を忘れるぐらい楽しかった。


「あれ、もう夕方だ」


 レラジェの言葉で、ようやく太陽が沈みかけていることに気がついた。傾いた太陽の日差しが、窓に直接差し込んで眩しい。


「んじゃ、もうそろそろ帰ろうかな」


「わかった。玄関まで見送る」


 二人が立ち上がったので、私も立ち上がって玄関に行く。


「二人とも、またね〜」


「また」

「またね」


 レラジェが行ったのを見届けると、私たちは家の中に戻った。


「楽しかったですか?」


「うん、すごく」


 私が言うと、ウァサゴは笑ってくれた。

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