第8話 天罰

 借りてからは、毎日のようにその本を読んでいた。一回だけでは全くと言っていいほど覚えられなかったので、何度も何度も見直した。


魔界こっちには慣れたか?」


 私が本を読んでいる最中、前に座っているルシファーが話しかけてきた。


 私は今、彼の家にいる。現在はアスモデウスはおらず、ウァサゴは別の用事があると言って、私を預けてどこかへ行った。


 別にそれ自体はいいのだけれど、沈黙が流れるのはどうにかして欲しかった。いや、どうにかしなければならなかった。


 何を話せばいいかなどわからず、ルシファーは仕事をしていたために、何も言えずにいた。

 けど、突然彼の方から話しかけてくれた。


「一応。まだ慣れないところはいっぱいあるけど」


「そうか、それは良かった」


 また流れる沈黙。何か言わなければならないとわかってはいるものの、やはり話す内容は思い浮かばず。


「––––結羽は、理不尽だと思うか?」


「なにが?」


「魔界に落とされたことだ」


 そう言われ、少しばかり考えた。確かに、理不尽であろう。人間界であの石を拾ってしまったばかりに、悪魔が住まう場所に行ってしまったのだから。


「まあ、思わないことはない……のかな。でも、きっと罰が当たったんだよ」


「罰……天罰のことか」


 ––––ああ、そっか、罰は悪魔たちが使う言葉ではないのか。


「うん、天罰が下ったって思ってる」


「なぜそう思う」


「欲望に溺れて生きてたんだもん、天罰が下ってもおかしくないでしょ?」


 言うと、ルシファーは少し俯いてしまった。あまり良くないことを言ってしまったのだろうか。

 よくよく考えたら、彼は神様の元に仕えていたんだっけ。なら、やっぱり良くなかっただろうか。


「確かに、欲に駆られるのは良くない。なら、溺れてしまった分、持ち直せばいいさ。結羽ぐらいの罪なら、すぐにゆるされる」


 彼の言葉は優しくて、温かかった、嬉しかった。けど––––


「きっと、私は赦されない」


「ん、何か言ったか?」


 自分にしか聞こえない声量だったからか、彼には聞こえていなかったらしく、訊いてきた。


「––––ううん、なんでも」


「そうか」


 そう言うと、ルシファーはまた書類に目を落とした。

 先程から気になっていたけれど、あれは一体なんの仕事なんだろうか。気になるけど、当の本人は集中しているため、すごく聞きづらい。


「どうかしたか? そんなに見て」


「えっ、あ、いや、なんの仕事かな……って」


 ––––悪魔は視線に敏感なのかな、すぐに気づかれる。


 初めてウァサゴに会った時も、私は彼女の後ろにいたのに、すぐに気づかれたし。


「過激派の悪魔が、魔界で起こした騒動に目を通してる」


「え、魔界でも問題を起こすの?」


 私はてっきり、人間界で、人間にしか悪さをはたらかないと思っていた。それがまさか、魔界でも悪さをしているとは。


「ああ。人間界向こうに行くまでに我慢が出来ず、結果欲望に負けて暴れ回るなんぞ、日常茶飯事だ」


 彼曰く、魔界で問題行動を起こさなければ、欲望の発散する場は人間界となり、もっと悲惨なことになっているのだとか。


 それを考えただけでも、背筋が凍る。


「さて、そろそろ来るかな」

 

「……ああ」


 私が小さく言うと、ドアがノックされ、開かれた。

 ドアを開けたのは、私を迎えに来たウァサゴだ。用事が終わったのだろう。


 私は立ち上がり、彼女の方に歩いて行った。


「いい子にしてましたか?」


「失礼だな、変なことはしてないよ」


「ずっと本を読んでいた。大きなことは起こってないから、安心しろ」


「それは良かったです」


 彼女が心配していたのは、私自身か、はたまた私が粗相をしてしまうことか。一体どっちだろうか。


「では、帰りますよ」

 

「はーい」


 ––––ん? なんかこれ、私が幼稚園児みたいじゃない?


 いやしかし、ここにいるのは悪魔だ。何千何万と世界を生きている。……いや、生きていると言えるかはわからないけど。


 けれど、そんなに長いこと生きていたというのであれば、彼女たちにとって、私は赤子同然なのかもしれない。


 ––––だとしても、ヘコむものはヘコむ……。


「どうかしました?」


 廊下を歩いている最中、ウァサゴが不思議そうな顔をして訊いてきた。

 なんでもないと言うけど、彼女の頭にはハテナが浮かんでいた。

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