第5話 おはらい町

今日は目的の伊勢神宮めぐりをする。

朝早くにタクシーで出発して外宮に到着。

表参道火除橋をわたると手水舎があるので手を清める。

清めの水は夏の暑さで、ほてる手を冷やしてくれた。

楓たちは鳥居に吸い込まれるようにくぐり自然の音に耳を傾けてみる。

風が吹くと木が揺れてキシキシと響き鳥が鳴いて飛び立つ羽の音が聞こえる。

ここだけが時間がゆっくりと進んでいるように感じ不思議な感覚だった。

正宮に着くと凛とした気持ちになり感謝の気持ちを込めて参拝した。

ここをゆっくり回りたいが内宮も行くので、またタクシーに乗り10分くらいで内宮に着く。

内宮の大鳥居をくぐり宇治橋をわたると五十鈴川の音が聞こえて一瞬で空気が変わり神聖な地に足を踏み入れたと実感する。

楓は叫ぶ。


「外宮も内宮も空気がうまい! マイナスイオンって言うの? よく分からないけど……とにかく空気がうまい!」


呆れた顔で中島が言う。


「感想が小学生レベルですね」


「え!感想なんて分かりやすく簡単で良くない?それから……この空気は二日酔いにもきくね!」


中島が笑って歩きながら言う。


「 万能薬ですか?」


楓は深く深呼吸してから歩き出した。

内宮の参拝も終えて。

楓たちはおはらい町を観光する。

楓は独り言を言う。


「暑いし赤福で期間限定のかき氷を食べて、それから伊勢うどんかな?」


楓はもう食べ物に夢中だった。


「 楓先生! お久しぶりです!」


ショートヘアの綺麗な女性が声をかけてきた。

その女性は楓が小説で賞をもらった時にインタビューをしたアナウンサーだった。

楓は返事をする。


「 あっお久しぶりです。今日は青木さん観光ですか?」


「いえ、今から食レポの仕事です。楓先生は、お仕事中でしたか?」


「いえ、旅行です!」


中島が話しを割って入る。


「いえ! 仕事です! 小説のネタ探し中の!」


楓は目を泳がせて呟く。


「ネタを探してたかな?」


「楓先生……」


中島は楓に殺意の目を向けていた。

青木は質問する。


「じゃあ先生は忙しですか?」


楓は汗が出ながら答えた。


「暇してるつもりですが監視の目がありましてねぇ」


青木が顔色を伺いながら言う。


「 あの急なお話ですが、先生に食レポのゲストに出演して頂きたくて……」


楓たちは驚いた顔をする。


「私!? 無理です! 無理です!」


青木はガッカリした顔で言う。


「 やっぱり急でダメですよね……楓先生のファンの方は喜ぶと思いましたが……」


中島は興奮しながら言う。


「是非やらせて下さい!」


「やってくれますか!」


青木は嬉しそう。

楓は困り顔で中島に言う。


「あの本人無理って言ったよね!?」


中島は営業に燃えていた。


「楓先生! 小説を売るチャンスです!前回はインタビュー後に凄く小説が売れました! 今回も宣伝しましょう!」


「中島ちゃん!? 目がお金になってない? 中島ちゃーん!?」


担当の中島の意向に従い小説が売れる為にも食レポに出演する事になった。

食レポのスタッフは前回インタビューを受けた時のスタッフと同じでアナウンサーの青木佳奈とディレクターの神崎浩人、カメラマンの富永賢治、音声の日野学、照明の狩野洋一、メイク衣装の朝倉菜々の6人だった。

朝倉菜々は青木が雇っている専属のメイクさんで前回も楓にもメイクをして今回もメイクをしてくれた。

楓らたくさんのメイク道具に興味津々で全ての化粧品を触っている。

メイクの朝倉さんが話しかける。


「急なお仕事のお誘いに対応して頂き、ありがとうございます。青木さん決めたら突っ走るタイプだからビックリしたでしょ? フリーアナウンサーになって更にパワーアップって感じだから……ごめんなさい」


楓は苦笑いをしながら答えた。


「いえ、小説の宣伝になるって担当の方も強引で……」


「そうなの。お互い仕事のパートナーには苦労させられますね」


世間話をして笑いながらメイクをした。

中島が楓を見て驚きながら言う。


「楓先生! メイクいい感じです!」


「お褒めの言葉をありがとう。こうなったのは中島ちゃんのせいだからね! もうどうなっても知らないよ!」


不機嫌に楓は答えた。

楓は中島の耳元に近づき、そっと話した。


「ねぇそれより……このメンバーで大丈夫なのかな? 嫌だなぁ……」


前回のインタビューの時に騒動が起きていた。

青木佳奈は綺麗で賢く、たまに見せる天然なボケで広い層に支持されている人気フリーアナウンサーである。

音声の日野学がアナウンサーの青木佳奈に片思いをしていたが、青木が楓たちやスタッフの前で日野を振ったのだ。


「アンタみたいな男に私がOKしないわよ!冗談はやめてくれない!」


「なんだと! この性悪女!」


それを見ていたディレクターの神崎浩人は青木を睨んでいた。

照明の狩野洋一は殴りかかりそうな日野を落ち着かせるのに苦労をしてるのにカメラマンの富永賢治は面白がってカメラをまわしていた。

メイクの朝倉は空気が悪くなった事を青木に代わり全員に謝っていた。

良い面だけを表にだして悪い面は裏でやる事は人間によくある。

仲間内の空間で青木は気兼ねなく悪い面を出したのだろうが楓たちを忘れていたのだ。

後から楓たちに青木はいろいろ言い訳をして謝っていたがギャップがありすぎて楓たちの頭の整理が追いつかないくらいの驚きな場面であった。

中島が思い出しながら話す。


「まぁ驚きましたが青木さん恋愛はバッサリ派なんですよ!」


楓は苦い顔をして答えた。


「でも人前でバッサリはないでしょ!」


中島が楓の肩に手を乗せて言う。


「今回はきっと何もないですよ!」


そんな不安の中で食レポが始まった。

一軒目は赤福本店で赤福の定番はこし餡で包んだ餅菓子の赤福餅だが夏になると赤福でもかき氷が登場して夏の風物詩なのだ。

赤福のかき氷は抹茶蜜がたっぷりかけてあり、かき氷の中にはお餅と餡子が出てくる。

つまり冷やし赤福餅なのだ。

そのかき氷を青木と緊張している楓が食べるところを撮影する。

青木が感想を言う。


「夏は冷たいかき氷が最高ですね。」


楓も感想を口にする。


「あっさりとした抹茶と甘い餡子を交互に食べる事で飽きがこない味わいです」


青木も盛り上げる。


「更に餅のモチモチ食感を楽しめますね」


楓が笑顔で言う。


「 美味しいかき氷です」


ディレクターの神崎の指示でカメラが止められる。

楓は緊張がとれると余りのかき氷をパクパク食べる。

食べながらも楓は二度とTV撮影はごめんだと強く思った。

中島は口大きく開けて驚いて言う。


「楓先生のまともな食レポに驚きました」


楓は冷たい目で中島を見ながら言う。


「戦場に送っておいて酷い言われようだな」


次に伊勢うどんの店に移動して食レポをする。

撮影前にメイク直しが入る。

メイクを待ってる間に他のスタッフは食べ物の単品撮りをしている。

朝倉はメイクの前にサプリを青木に渡し、それを青木は飲んだ。

朝倉は青木の唇に口紅をハケで塗り更にリップグロスを塗り綺麗に仕上げている。

楓はTVに出る人は大変だと他人事に思いながら見ていたが楓にもメイク直しがあった。

新しいハケをだし楓の唇にリップを塗ろうとした時に青木が苦しそうにベンチに横たわる。

中島が声をかける。


「青木さんどうしました?」


青木は苦しそうな声をあげる。


「……ぐあっあっ……あっ……」


「青木さん?」


中島の呼びかけに青木は何も答えない。

ディレクターの神崎が叫ぶ


「 おい! 救急車! 救急車!」


店の店員が救急車を呼んでくれたが青木はすでに息がない。

楓の悪い予感が当たってしまった。

あの人に会う事になりそうだ。

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