第43話 ヘタレ出雲の再起(ミカミ)

 それが起こったのは何処やらの遣い人が来た後で、陽も中点を過ぎて傾き始めた頃だったそうだ。三方の門が閉ざされていることを確認してからそれは始まった。迎賓館には隣国からの使節団、木馬の使者が随従を併せて二五人ほど、この接待警護のために同数かややそれを上回る人数が宮城から遣わされてきていた。まずは平民の使用人がそれぞれに呼び出され、塗籠に押し込まれた。門衛の姿すらない閑散とした館内に異変を察したのだろうが、遅かった。使節の内十数人、ほぼ三分の二が同じ使節である筈の者達に襲い掛かったのだと言う。襲われた側は年嵩の文官が多かったし、宮城からの警護に付けられた者はまさかその対象から襲われるとは思わなかったろうから随分と呆気なかったらしい。使用人を含め逃げ出した者も幾らかはあったが、それは僕が見たように敷地内で切り捨てられるか、傷を負ってほかの者と一緒に籠められていた。襲った側は宮城が何か言ってきた場合に応対が出来るばかりの僅かな人数を残して、市中に出て行ったそうだ。

 遺体を発見して動揺していた僕を物陰に隠した無王の手下等(下水以外からの侵入組!下水じゃなくても良かったんじゃん!)は裏手門にいた一人を人数で排除し「大事にございます!大事にございます!」門の外の兵を引き入れた。正門で足止めされていた参皇子等も迎賓館内に踏み込んできて、籠められていた者達からこれまでの経緯を聞き出した所である。容易く事が進んだようだが、恐らく立て籠もっていた方も守り切る気は無かったのだろう。迎賓館は少人数で守るには広すぎる。

(これは時間稼ぎだ)

 宮都の市中に混乱をもたらすため、そこに隣国の勢が到着するまでの時間稼ぎ。その意味ではある程度成功している。迎賓館内で衝突があった事はつい先ほどまで発覚していなかった。そして宮都は火災に右往左往している。使節らも一枚岩ではなかったらしいが、状況はますます『トロイアの木馬』的展開を見せていた。時系列に並べると

 ① 僕等が旧都でシオニを取り逃がし、

 ② チタ家と旧都の平民街が燃えて

 ③ 新都の平民街に火災が起こり

 ④ 迎賓館に市中の火災が伝えられたが、避難には応じなかった。

 このうち②はシオニがキヨカから逃げきるためか、事態の口火を切る合図かだろう。迎賓館での騒ぎは②と③の間。③は迎賓館を出た者たちの仕業と考えて矛盾はない。

 もしもここを隣国の軍勢から攻め込まれたら…その物語通りの結末を迎えてしまいそうだ。僕らにこれを何とかすることが出来るのだろうか。主役だなんて言われても『大国主神の物語』が広がってゆくとはとても思えない。ここまで筋書き通りに全部鼠の人達がやってくれたのは確かだが、これは話が違うじゃないかと思う。「内は洞洞」なんて状況ではない。そして一番の問題は

「カブラギ殿が居らぬようだ」

 僕等が『大国主神の物語』の「型式」を展開させるであろう一要素、カブラギを確保し損ねたことだ。


 カブラギと木馬の使節の使節正が居ないと参皇子が言う。込められていた者らの中にも、敷地内で倒れていた者の中にも。カブラギと同じく行方が分からない使節正は身内に切りかかられているのを小者が目撃しているそうだ。

(…市中に出た?)

「宮城への一報はすでに」

状況を知らせたところ、すぐに返答があったという。

「宮城ではカブラギ殿謀反の噂が流れている」

そのような状況で、もしもカブラギに翻意などなく襲撃を受けただけならば宮城に戻ってくる筈だ。ところがカブラギは宮城に戻らない。そうしないのは何故か。市中に散った隣国の者らと行動を共にしているからでは無いかというのだ。隣国の使節を連れてきたのもカブラギだ。国の内においては立太子も可能な立場血筋であるにも関わらず、現王太子とは利害の不一致を抱えている。確かにカブラギは怪しい。僕等だってカブラギがここに立て籠もっているのではないかと疑っていたくらいだ。

 が、引っ掛かった。

「…何で宮城でそんな噂が流れてるのよ?」

引っ掛かったのはそれがすでに噂になっているという点。

「カブラギに付けられていた護衛が宮城に戻っているそうな」

護衛は迎賓館の混乱の際、カブラギに切りかかられたと言っているらしい。

(それ可笑しいよね?)

「そいつ、宮城に戻ったの何時?」

 ここで騒ぎがあってすぐ宮城に向かったのならば、イツキや僕らが宮城付近にいた時にはすでに城内にいたことになる。そんな筈はない。宮城は迎賓館の騒動を知らなかった。参皇子も自分が城を出るまではそのような事はなかったと同意する。

「こんな時間までそいつ何をしてた訳?」

「逃げたカブラギ等を追っていたという事だ」

 僕はヘナチョコでヘタレだから分かる。それは噓だ。彼が言うようにカブラギが隣国の者と共に決起したのならば、護衛にとってはどう考えても多勢に無勢である。斬りかかられて危うい思いをしているのに、逆に大人数を相手に返り討ちにし、捕縛しようとしたのか?そんなスーパーヒーローが国一番の権力者ではなく落ち目のカブラギの護衛になんかつく筈が無い。それでもそういう人物がカブラギに付けられているのなら、それは別の意味を持つ。

「一人二人で?せめて応援を呼ぶべきでしょう」

 カブラギは宮城に逃げ込まなかったのではなく、逃げ込めなかったのだとしたらどうだろう。平民街と貴族街の間には堀河があり必ず橋を渡らねばならない。ここを見張るのは難しい事ではない。では逆に今になって宮城にそれを伝えた理由は何か。当然宮城に戻るとみていたカブラギが市中に身を潜め戻ってこないからだ。予め謀反の噂を流しておけば、後から現れたカブラギが何を言おうと疑わしく聞こえる。参皇子と視線を交わす。その不自然さに気付いたのだろう、頷いた。

「一度宮城へ戻る」

市中に散った隣国の手勢を追う手配を確認し、隣国の動向を早急に把握しなければならない。カブラギについての噂を何とか出来るかと問えば、そちらは難しかろうと参皇子は言った。

「僕は…」

 カブラギを確保し損ねた僕は何をすればいいのだろう。

 ここで待っていたら鼠が鏑矢を拾ってきてくれるのだろうか。物語のレールの上に乗っていれば正しい結末に当たり前のように、穏当に、順当に、フツーに導いてくれると言うのか。

(……)

 そんな事はないのを僕は知っている。正しい筈のフツー、フツーに暮らしてフツーにやる事やっていたらフツーに大人になる筈だった。が、経済的な問題を抱えている訳でもないのに、フツーに大学へ行くこともできなかった。武力無し、スキルなし、異世界来てもチートなんて欠片もなかった。そりゃそうだ。単に元からそうであっただけ。主役だなんて言われても、カブラギを確保できていない以上まだこちらのレールには乗っていない。望んだ物語はまだ手に入っていない。

(………)

 イツキは「『トロイアの木馬』そんな物語はいらない」と言った。そりゃ僕だって嫌だ。イツキはいつも明快で、皆が進む方向を示してくれた。だけど無能でヘタレな僕に何が…いや、だからか。異世界来ても無能なまんまの僕だから

(アホだしね)

待ってれば何とかなると言われても、無様に足掻いてみるのが似合いだろう。

動く、と決めた。

(まずはカブラギを確保する)

 市中にいるカブラギを、カブラギを狙っている奴より先に確保する。だが、どうやって?大声で呼んで回る?各戸訪問?まさか。身を潜めているカブラギがこの相手ならと安心して出てくる相手って誰だ?カブラギの父である王様爺?親子愛あんまり感じないのよね。今は不仲な異母兄弟の王太子?無理でしょ。カブラギを慕う同僚、部下とか?そんなの知らないし。

「…アキラコちゃんだ」

 では、どのようにしてアキラコちゃん/イツキがカブラギを信じて、案じて、助けたくて、探していると伝えればいい?それが伝わったとして、謀反の噂で炎上している中に出てくるか?炎上しちまったら、アカウント捨てるくらいしか…ん?

(炎上……いける、か?)

 一つ思いついた。絞ってもでない知恵でもカスは残るのよ。やはり鼠の手、それにイツキにも協力を請わねばならない。いや、ここは物語の通りに手を借りるべきなのだ。何しろ僕/大国主神は人の手を借りる事に関しては随一の男ですから。

「僕はイツキさんのところに戻ります」

 そしてその先を考えておかねばならない。カブラギを確保しただけで「型式」をこちらの展開に持ち込めるかは分からない。さらに先の展開を踏んでおこう。鏑矢/カブラギを持ち帰り父神の信頼を得たら、僕/大国主神は宝物を盗んで逃げなければならない。須佐之男命を足止めしてだ。そう言えば須佐之男命って誰の事?誰がその役割を担っているの?イツキ/アキラコちゃん/ウサが象徴する「姫」の保護者で、大国主神/僕に無理難題を押し付けた奴で、そのくせ最終的に結婚を許しちゃうようなって誰?一番相応しいのは…まあ、あの人になるだろう。ではその髪を柱に縛り付けて大石で押さえるってどうするのか…。そこは動きながら考えるか。ハッとした。

「ってか!嫁貰ってねぇどころか対象女子いねぇまんまじゃねえの?」

 イツキではないが切に「出会い」求む。

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