第42話 幕間(ウサ)

 ミカミめ!ミカミめ!ミカミめ!ミカミめ!ミカミめ!ミカミめ!ミカミめ!ミカミめ!奥歯を噛み砕く勢いで歯軋りしている。でなければ

「ミカミのくせにっ!」

喚きだしてしまいそうだ。そうならぬように地を踏み躙るようにして足を進める。宮都がざわつく今宵ばかりは行合う人もあるが、白拍子姿に振り返るもののその顔の険しさに目を逸らす。参皇子様に同行を禁じられた時、

見限られた

と思った。女である身を慮ってくれたのであろうが、役に立つとは思えないミカミを連れてゆくのにだ。

(ミカミより劣っているとでも?)

イツキ様もアキラコ様も、サジは兎も角、父や祖父である長までも、参皇子様や無王殿もそうだ。神世の知識があると皆から気に入られ、頼りにされてきた。それはミカミが神人だからの一言に尽きる。

(神人だからと言うて)

 ミカミに何ができる。獣を狩る事も畑をやる事も山での採集すらできなかった。足は弱く、力もさして無い上に、都様の振る舞いもできぬ。

(しかも阿呆)

それなのに神人だからと作法を求められることもなく、日々飯を喰らい、今この時も役を与えられている。

 立ち行かぬような山村でも長の一族として誰よりも、時に大人よりも役に立っていた自信があった。大人になれば村のために何処かと縁を結ぶ、或いは強い子を産むのだと言われてきたし、そういうものだと思ってきた。

(それなのに)

だ。ミカミが村を訪れた事で風向きが変わった。村の有様に変化をもたらし、長はミカミの子を成すのもいいとまで言い、宮都へ赴くミカミに付き従うよう命じられた。

(ミカミなんかにっ!)

 勿論それは一つの案で、宮都で後ろ盾になるような他の縁をつくってもよいとされていて、イツキ様/アキラコ様にお仕えしている。それがまた神人同士のミカミの縁によるものであったから、余計に面白くない。結果だけを見ると全てミカミの手柄のようではないか。

 このままそれでいいのか。唇を噛む。参皇子様に言われた様にフジノエらのもと、アキラコの館へ向かっていたが、

(…いや、まだだ)

まだ様々な事が決着した訳ではないのだ。ずんずんと音を立てるようにして動かしていた足が落ち着き、やがて止まった。月を睨む。

(神人でなくとも)

大御神が月明りで機を織ると言う蒼と橙の月が双であがる双の晩。

(機の杼など打ち折ってくれるわ)

方を違えて走り出した。


「ニシナ殿は居られましょうや?」

 走り込んだのはチハラの館。ゴジョウ坊はここの部屋住みになる。裏手から伺う。宮都に来てから何度か使いに出向いた場所だ。門番は白拍子姿に目を白黒させたが

「先程までニシナ殿に同道しておりました。仔細あってこの姿」

と言えば、館主等の職務、行動に通じている使用人らしく納得して奥へ下がる。ニシナが姿を現した。

「手を貸していただきたいのです!」

縋るように言った。イツキ様はニシナの手も借りたがっていた。そのニシナをイツキの元へ連れてゆく。それが出来れば、この宮都の災厄からただ身を隠すよりも役立つに違いない。

「どうか、どうか」

手をすり合わせる。慌てて出てきた様子のニシナは館内へとついてくるよう言った。

 使用人同士裏手で話すのかと思いきや足を拭わされ館に上げられる。

「もしや、ゴジョウ坊殿がお戻りで?」

踵から爪先をゆっくりと床に付けるように歩く。視線は向かう先、きょろきょろ見回すのは無作法。ニシナの大きな背中に遮られているので上手くできているか分からない。

「使いはすでに出しましたが」

まだ、と。ゴジョウ坊は宮都を留守にしている。ニコの村まで出ているのだ。チタ家の火事場からアキラコ様の館へ戻る道すがら聞いた。何故ならコレトウ等がそこまで来ているのだ。村に対する先の勅状の件で宮城とのやり取りをしている所だと聞いている。が、ニシナのこの慌て様、それだけではないのか。幾つか廊下を渡った先でニシナが止まり膝をつく。慌てて同じく膝をついた。御簾越しに誰やら。

「失礼いたします」

 向こうへ声をかける。首を垂れたままニシナが囁いた。

「この館にカブラギ様が居られる」

(!)

ここにカブラギが居るという事は、迎賓館にいるミカミはカブラギ様を連れてくることが出来ない。

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