第41話 大国主神の物語(ミカミ)

 この宮都の混乱を鎮め、戦禍を避け、そして僕が元の世界へ帰る(これ重要)ための策をイツキが出したことで、僕らは二手に分かれてこれに当たる。イツキ達は火災の鎮圧に尽力すると言い、その為の準備もしてきたらしい。僕の側はイツキ兄の参皇子、無王の所の手練れ五人+クソガキのメンバーで、

「カブラギの確保?ウソでしょ?無理無理!」

任務は迎賓館に居るカブラギを連れ帰る事なのだ。が、ちょっと待ってくれ。迎賓館は避難の呼びかけに応じず門を閉ざしてるって言ってたよね?そこに居るって事は、カブラギは隣国、シオニとツルんでる可能性もある訳よ?それで、無王に手練れをつけろって言った訳?泣くよ?

「私達が火勢を押さえている間にカブラギを確保すれば、「型式」の展開上、終息に向かう筈」

本当かよ、と言う気はしなくもないが、

「仮に型式が関係なくても宮都の全焼は避けたいし、隣国との関係悪化の中で武門として功を成してきたカブラギの確保は重要ね」

 イツキのいう事にも一理ある。そしてイツキの側もかなり危険な訳で、僕だけが逃げる事は出来ないし、したくはなかった。決して最後のセリフにだけ動かされた訳じゃないって事は言っておきたい。

「ミカミが宮都を救うのよ」

 イツキの話では、僕の側の「型式」は現在進行形らしい。これを利用するのだと。これまでの状況を鑑みるに、僕の周りで展開されているのは出雲の神話、大国主神の物語、らしい。しかも僕が、この僕が主役だって言うんですよ?そこが一番信じられないところ。そもそも大国主神の物語については『因幡の白兎』くらいしか知らない。向こうの世界でそれに気付いたイツキは下調べしてきてくれたらしいが、詳細は「あんたたち待ってる間に兄様とウサに話しておいたから、道中聞いてちょうだい」時間が惜しいと切り上げられた。「型式」に乗っ取っているということは「オートモードだから多分そうなる」と言う。何その扱い? そんなんでいいの?


 イツキらと別れ、目くらましのために大路を東に入る。騎馬は参皇子、イツキ兄とその護衛の三騎。僕とウサはイツキ兄を挟んで早足で従う。これから先、僕らがどうなっていくのか、予測が立つのと立たないのとでは随分違う。イツキに言われた様に向こうへ辿り着く前に確認しておきたかった。

「ねえねえ、これから起こる物事の元になった話ってどういう話なの?」

 自分が生まれた世界の神話なのに異世界人に教えを乞うという恥を曝しながらも、期待はなくもない(大アリ)。ふふ。苦節一八年。ようやく僕にも輝く時がキター!じゃないの?主役なんだから活躍しちゃったりするんじゃないの?ちょっと不謹慎だがワクワクする。参皇子はちらりと僕を見下ろして口を開いた。

「…『イナバのシロウサギ』の物語でヤガミヒメを手に入れた事で兄八十神に妬まれオオアナムジは命を狙われることと為ったそうだ」

 これは神話としてはメインの物語の前日譚になる。大穴牟遅神こと大国主神は『因幡の白兎』でも兄神達の鞄持ちさせられていた最下層カースト。そいつが皆の狙っていた美人の彼女をゲット!である。そりゃ、ヤられるわ。しかも本当に死んじゃって母神に生き返らせてもらうってのがヒデぇ。これが主役で僕!…ああ、皮剥がれた兎ってのがウサギだからウサ。じゃあ、ヒメはどこに?ってイツキ/アキラコちゃんか。一人の人物が複数の役をこなす、逆に複数の人が一人の役割り果たすこともあるのだそう。これは僕が都に来るまでに起こった出来事、主に御用牧の温泉村で起こった出来事に当たるとイツキが言っていたそうだ。あれ?でも僕パシられてるだけで、嫁ゲットとかそんなオイシイ思いしてないんですけど?

「迫害から逃れた先、ネノカタス国でオオアナムジはスセリヒメと出会うが、父神スサノオノミコトはこれを良く思わない。蛇の部屋、百足、蜂の部屋にオオアナムジを泊めて試すが、スセリヒメの助けによりこれを乗り越える」

 亡命した先で出来た彼女(二人目!)のパパからパパチェックを受ける話だけど、イツキ曰く異世界転移して来た僕が辺境の山村で過酷な生活を送っていた事に対応しているのだそう。ウサが口を挟む。

「オオアナムジはアシハラシコオと呼ばれたそうな」

芦原中つ国は国の名前だから芦原醜男は国一番のブサメンってことね…クソガキが!そんな注釈いらん。過酷の半分くらいはお前の所為なんじゃ。百足と蜂も山奥の所為だし。

「次にスサノオノミコトはオオアナムジに野に放った矢を拾ってくるように命じる。オオアナムジが矢を探しに野に入るとそこに火を放つ」

「オニかよ!娘はヤランどころの話じゃねぇぞ!」

ヒドイ、ヒド過ぎる。虐げられた主人公が力をつけて見返すというのはよくあるが、これはちょっと可哀そう過ぎる…って、この主人公が僕だっていうのね?僕そんなに可哀そうだったのかよ…。イツキのプランは宮都のこの火災をスサノオが放った野火に仕立てるというものである。


 主人公が酷い目に遭うその先が僕らの任務に関わってくる部分だ。物語、「型式」通りに事を終息させるには、万が一にもそれを外れてしまわぬようにその展開を知っておきたい。宮都の火災を押さえ込み、隣国との戦での敗戦を回避し、僕が元の世界へと帰る方策。で、どうなるか、よ。

「矢を探すオオアナムジが」

 須佐之男命が野に放った矢は鳴鏑。風を切って飛ぶときに音が鳴る矢だ。『因幡の白兎』で白兎がウサに対応しているように、鏑矢とカブラギが対応していそうだというのがイツキの言。仮にそうではなくともカブラギはアキラコの願い/イツキの帰還条件に関わって来るので回収しなくてはならない。

「火に囲まれ困っていると、鼠が現れ」

無王のまたの名は鼠の王。鼠は河原の人達の蔑称だから、無王の手下が助けてくれるという訳だ。ふむふむ。

「「うちはほらほら外はすぶすぶ」地中に穴があると教えてくれる」

呪文みたいね。ほうほう、それで?僕は何をすればいい?

「地中の穴に隠れている間に鼠が矢を拾ってきてくれるのだ」

(…ん?)

「試しを乗り越えたオオアナムジはスセリヒメに言われた様に振舞い父神に気に入られる」

 須佐之男命の頭に付いた虱をとるように言われたがそれは百足だった。大国主神は須勢理比売に言われた様に椋の実を噛み、赤土を口に含んでは吐き出しそれを噛み潰しているように見せたのだ

(……?)

「そのスサノオノミコトが寝入った隙にオオアナムジはスセリヒメと宝物、天詔琴、生太刀と生弓をを手に逃げ出す。追って来れぬように父神の髪を柱に結び、大石で部屋の入り口を塞いでだ」

それって泥棒だよね?そんな相手からは逃げるのが正解だけど…。

「スサノオノミコトは国の境まで追ってきたが、生太刀生弓を用いて国を平定し、スセリヒメを妻とするように言う。オオアナムジは八十神を追い払い国を建て、オオクニヌシノミコトの名を得た。建国の神物語よな」

え?終わり?

「ここまで全部他力本願?」

主役何にもしてねぇじゃん!姫と鼠に助けられただけで活躍してないよね?イツキが「ミカミはカブラギを迎えに行くだけね」と言う筈である。確かに『トロイアの木馬』の戦争展開より遥かにマシだけど…人生初の主役って言うのに何か釈然としねぇっス…。


 東街は三本程東に入ってから南下していたが、四条を過ぎた辺りで参皇子は手綱を引いて馬を止めた。

「私が正面から行く」

カブラギを確保する。が、その安否は知れない。迎賓館は今は閉ざされ警護の名目で軍から兵が出てこれを取り巻いている筈だ。が、火事見舞いと称して皇子が出向けば対応せざるを得ないだろう。参皇子とカブラギは叔父甥の関係でもある。そこを狙う。対応できないとあればその時点で怪しんで力に任せてもいい程だ。それでカブラギを連れ出せれば良し。そうできなかった場合、参皇子が迎賓館正面に人を引き付けている間にカブラギの動向を確認する。それが僕の役割だ。裏手からでも敷地に侵入できれば尚いい。ここからはまた分かれての行動になる事を頷きあう。

 そしてもう一つ。参皇子がウサを振り返る。

「ウサ」

「はい」

「其の方はここまでだ」

 ウサは何を言われているのか分からないという顔を上げた。

「え?」

「何が起こるか分からぬ。イツキの元に戻るのもならん。あちらは火じゃ」

参皇子も僕と同意見だったことに安堵する。が、ウサは抵抗した。

「主の命でございます。せめてイツキ様の側に」

「キヨカをつけた。其の方の主はアキラコだ。事が成るまで身を隠せ。フジノエ、マツカゼも案じているだろう。館に戻ってもいい」

「そんな…ミカミ!私はお前なぞより余程役に立つと言うてくれ!」

僕もウサの方が役に立っていると思う。だけどさ、役に立つ立たないじゃないのよ。ウサはクソガキだけど子供で女子なのだ。平等主義者にはお叱りを受けそうだが、僕は僕が危ない目に遭う事はあっても、ウサを危険に曝したくはない。まあ、簡単に言うとカッコつけな訳だけど。

「ウサぁ、その恰好すごく目立つの判るよね?あ、脱ぐのもダメよ。別の意味で目立つから」

ウサごときにそんなの理解できる訳がない。いつぞやの白拍子姿のウサが「覚えてろ!」とでも言いたそうな顔で歯噛みする。

「アキラコに仕えてやってくれ」

 重ねて参皇子が言うと、ウサはぐっと言葉を飲み込んで、漸く膝をつき一礼。その身を翻して夜に消えた。

「では、参るか」

 正面へ向かう参皇子と分かれる。参皇子は僕にも二言三言。これは安請け合い出来ないので保留。僕が元の世界に戻れたらの話ですから。


 参皇子とも別れ東街をさらに東へ、東市を回り込む。宮都の空には不穏な空気が漂っている。昼間の火災現場の一帯はまだ焦げ臭く、衛士が立っていた。それを視界の端に止めながら行く。路上に出ている者も多いので、夜間とは言え然程目立つことはない。この辺りでは西街で起こっている火災も遠いせいか、不安気に囁きあうばかりだ。

 宮都は計画都市らしく条と坊で構成されている。社寺等公の建物の場合、条坊で区切られた一つの区画丸ごとが敷地となる事が多いが、宮都の迎賓館は常住する者が居ない性質からか、都大門に近い警備上の理由からか、その一画である保が迎賓館を整える使用人のための区画と、衛士らの詰め所、生活の場となっているそうだ。その大路に面した三方に構えられた門には警護か包囲かは分からぬが相当数の兵がでていた。宮都の治安を守る衛士ではない。軍が動いていると鼠が言う。レンガと漆喰で出来た宮都らしい小洒落た塀の向こうに目は届かない。梯子があれば越えられぬことは無かろうが、取りつけばそれが直ぐにも兵士らが飛んでくるだろう。僕ら二人は衛士舎の門をたたいた。

 昼から続く火事騒ぎの最中である。衛士舎への出入りはちょろちょろあるが、舎内に残る者は多くはない。

「どうした?」

 呼出してもらった衛士の一人と喋っていると、同僚だろうか外から戻ってきた男に声を掛けられた。

「昼間の火事で火傷を負った者があったろう。その家族じゃ。火傷を負いながらも何ぞ申しておるそうな」

「付け火を見たんんか!」

一瞬色めき立つ。

「いや、そうではないが、妙な臭いがしたとかで」

「なんじゃ」

そんなものは明日の昼間にでもしろと言いたそうに興味を無くした。

「顔見知りじゃけ、言うておこうぐらいなもんじゃ。ちぃと聞いてくらい」

僕等は平民らしく恭しく腰を折る。声をかけた方の衛士が背を向け歩み去った所で

「あ!痛たたたた!」

 声をあげる。

「どうした?」

「きゅ、急に腹がっ!出る!出るかも!あっ…」

センセー!トイレに行っていいですか!主演男優賞ものの演技で帯に手をかける。何しろ僕、主役ですから。

「お前昼からそればっかじゃな、拭いもんも無ぇぞ。何処ぞにありますやろか?」

相方もまたいい味出してくれる。

「裏!早う裏に回れっ」

 実はこの衛士、グルである。無王のところに賭博の負けがこんでおり従わざるを得ないのだ。彼に連れられて衛士舎の裏手に回れば案の定、塀に沿うように溝。そう。迎賓館が平民街区にあるという事はここにも保を区切る形で溝が走っているのだ。公の施設だからか溝も小路に敷かれたものと同じくレンガだ。それを跨ぐようにして便所、流石に小屋根が掛かり壁があるものが設けられていた。その溝を目で追う。

(あった)

 踏み固められた便所周辺からややも離れて、茂った草に隠れてはいるが、溝は分岐して塀の向こうへ。溝が塀に飲み込まれる部分は塀の厚みと重みに耐えることが出来るようレンガで小さなアーチに組まれている。恐らく壁の向こうも屋外便所。迎賓館は汲み取りだが、それは貴人が使用するもので使用人は別なのだ。柵などはない。生活排水も、少量ならば塵芥も流すから詰まったりしないようにだ。そう、僕らが人目に付かない侵入口として選んだのは、下水。

(…くっ、潜るのね(泣))

 ウサならば問題なく、へなちょこな僕にはギリ潜れなくはない。が、ココロはもうギリギリだ。

「ミカミ殿…」

 鼠の声が急げと言っている。協力してくれた衛士にも迷惑はかけたくないし、僕よりややデカいこいつが溝に嵌ると難儀するのは確かだが、こいつ「私が先に」とは言わねえな。因みにイイ身体した残りの四人は騒ぎになりそうな危険を冒して使用人区画からの侵入にチャレンジ中。

「…一人にしないでくださいよ」

「後から必ず」

本当だな?異世界来てから一番の覚悟。ああ今、僕の本気が試されちゃってるよ。「内は洞洞外は搾搾」中に入りさえすれば大丈夫だからと自分に言い聞かせる。流れているのか居ないのか、細やかに水が揺れる溝に入り手と膝をつく。ぅああああああ、何か堆積してるし、ヌルっとするぅぅ(泣)。音はしないから大丈夫だろうが、どうか向こうがダイレクトに便所(使用中)じゃありませんように。万が一にも飛沫が入らぬように口を引き結び、

潜った。

 ダイレクトではなかったがすぐ目の前に便所の囲い。魂がヤラレタ気がします。今すぐ水浴びさせてほしい。無理矢理に近い姿で身体を押し込んできた鼠に手を貸して引き出すと身を低くしたまま辺りを確認。橙の方の月が雲間から顔を出す。瞬間、何かが草に紛れた地面近くで白く浮かび上がった。塀の上から覗き込んでも目に触れない辺り。目を凝らす。

掌だった。

 おかしな形でこちらに向いたままの掌には、当然その続きがあり、袖と肩と頭がついた身体があった。

「!」

人が倒れている。あの格好ではもう息はしていない。迎賓館内ではすでに何事かが起こっているようだった。

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